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「コロナに負けるな」ってなんだろう

 巷で見かけるようになった「コロナに負けるな」というスローガンに少し違和感を覚える毎日を過ごしている。ストレートに考えれば、「コロナ禍にくじけず、みんなでがんばろう」という意味が込められていることは分かるのだが、勝ち負けで表現されるべきものなのだろうか?少々ひねくれ者の私は、「それでは、コロナにかかってしまったら負けなのか?クラスターが発生した地域は負けなのか?コロナ禍で廃業に追い込まれた企業は?」と捉えてしまう。

 新型コロナが流行し始めた頃、私は休職した。精神的ストレスが蓄積し、抑うつ状態と診断されたためだ。仕事上のストレスに加え、新型コロナに感染しないか、もし感染したら、周囲の人間にうつしてしまうのではないかという不安が積み重なってしまっていた。自宅で療養できることになり、その不安は軽減したのだが、TVや新聞、SNSなどの媒体で「コロナに負けるな」と類似する表現を目にした時、言い知れぬ悲しさ・悔しさが込み上げてきた。私は新型コロナの恐怖に負けてしまったのだろうかと…。こんなことを考えるのも心が弱ってしまった証拠なのだと実感する。そして、私だけでなく誰しもが何かしら苦しみ、つらい思いをしていることもわかっているため、「負けるな」には違和感を禁じ得ない。

 なるべく新型コロナのニュースは必要最低限触れるようにして対処し、心の平穏を保つよう心掛けているが、「コロナに負けるな」を意図せず目にしてしまうことがある。流行がピークアウトしていない現状で、士気を高め、一丸となり、みんなで感染予防をがんばろうという意気には大いに賛同するが、コロナ禍で身体的・精神的・社会的に傷ついている人々にも配慮した表現であってほしいと願う。

まだまだ収束が見えない中であるが、私は「人事を尽くして天命を待つ」の精神で、できる限りの感染予防をしながら、復職にむけて3密を避けながらも活動的に過ごすようになっている(写真は先日ベランダで収穫したリーフレタスである)。主治医から復職の許可をもらえないが、くじけず、前向きに過ごしていきたいと思う。まだまだ全力では難しいけれど、そんな自分を認めて「コロナと向き合う」を私のスローガンにしよう。

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