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クソみたいな世界を生き抜くためのパンク的読書【第6回】

『人間滅亡的人生案内』(著:深沢七郎)


やりたいようにやれ。てめぇ一人で

かつて青春パンクという音楽が流行したことがあった。
その代表的なバンドの歌詞に、こんな一節がある。

「アップライトに生きてきたやつの明るいポジティブな仲間意識なんかより考え過すぎの美学を持ってる奴の方がいいのさ」

暗くてネガティブで考えてばかりの童貞高校生だった私は当時、この歌詞に共感した。

それから十年以上経ったいま、私はそのことを思い出し、嫌な気持ちになっている。誰も読まない日記をノートに書きつけていたことを思い出し、その記憶自体を頭から消し去りたい気持ちになっている。

なぜなら深沢七郎(1914ー1987)の『人間滅亡的人生案内』(河出書房新社刊)を読んだからだ。

本書は十代から二十代前半の若者の悩みに深沢七郎が答えるという悩み相談の形式をとっているのだが、若者の悩み相談の文章が赤面するほど酷い。ポエム調だったり、散文調だったり、リズミカルな口語体だったりする文章からは自意識が溢れまくっていてウザイ。
そして、そのウザイ文章が、どことなく私が十代後半の頃に書いていた日記の文章に似ているような気がして、いたたまれない気持ちになる。

様々な悩みが投稿されているが、全ての悩みの根底には「退屈」と「孤独」があり、何もない自分、何も成していない自分に焦り苛立ち、考えすぎな程自分のことを考えていて、そんな自分に実は陶酔している。

そんなウザイ悩み相談に対する深沢七郎の痛快な回答が本書の最大の魅力だ。

例えば「自分には何もない。すべきこともない。これから先どう生きればいいのかわからない」ということを難解な散文で投稿してきた十九歳の童貞に対し、「なにも考えないこと。十九歳ですから1日1回のオナニーをすること。オンナを探してキスや性行為をすることに時間をかけること」と回答したり、「生きるに値するなにかを見つけたい。孤独になるのが不安」と悩む二十四歳の処女に対し、「生きるに値するなにかを見つけるなどとんでもない思い違いだ。孤独になれるのは恵まれているんだ」と怒ったりしている。

深沢七郎は、人間的に頭を使って考えることを否定し、動物の様に欲望に従い植物の様になにも考えずに生きることを良しとした。生活程度をあげるために勤勉に働くことを否定し、食べていける分だけ働いて仕事にそれ以上を求めないことを良しとした。寂しさを埋めるために群れることを否定し、孤独であることを良しとした。

シニカルな考え方の様に思えるが、実際はその逆だ。
要は「欲望の赴くまま生きろ、やりたいようにやれ。てめぇ一人で」ということだ。

深沢七郎は本書の中で、十九歳の少年からの「青春は一度きりなのか」という青臭い問いに対して、

「青春なんてのは自分で考えて価値づけるものではなく、20歳の青春もあれば、25歳の青春もあり、40歳、50歳の青春もあるのです。生きてることは青春ということです」

と、さらに青臭い回答をさらりと返す。

深沢七郎にとっての青春とは、明るくポジティブに仲間と過ごす時代のことでもなく、考え過ぎの美学でもって暗い自意識を膨らませる時代でもなく、ただ死ぬまで生きたい様に生きることなのだ。
青春パンクの流行は過ぎ去ってなくなるが、パンクはなくならない

さて、青春パンクを聴き、考え過ぎの美学を持っていた奴も三十代にもなれば「生きるに値するなにかを見つけたい」なんて考える暇もなく日常、仕事、生活に忙殺される。そんな暮らしを続けていると、ふと「わたしは一体なんのために働いているのだろう」と思ってしまい、身体は疲れているのに中々寝付けなくなる。

そんな時に私は本書を読んで、

「仕事は食うためのものだから給料さえもらえればいいのです。仕事は、その人の人生に何の関係もないのです。」

という一節を読み、「仕事なんてメシ食うためやん、オナニーして寝よ」と思ってすんなり寝れた。

「人間滅亡教」などと嘯き、地球上から人類がいなくなればいいなどと嘯く深沢七郎が、本書の中で最もヒートアップしているのは、当時の学生デモに参加する人々のことを「これみよがしにヒロイックに装い、行動している」と否定的な見解を述べた投稿に対する回答だ。
深沢七郎は、デモに参加する学生をロマンチックであると肯定し、「私は戦争に反対です。他国の戦争で経済がよくなるなら、いつまでも戦争が続かなければなりません。そうして、他国の戦争のために、富み、栄えるという考えが平和を破るのです」といい、投稿者のような思想の先には「真っ暗な社会、恐ろしい世の中」が待っていると断言する。

シビれた。

今日の一冊
『人間滅亡的人生案内』
著:深沢七郎
出版社:河出書房新社
発行年月:2016年1月

※本コラムは2018年10月発売予定の『クソみたいな世界を生き抜くためのパンク的読書』(地下BOOKS刊)の掲載内容からの抜粋です。

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