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クソみたいな世界を生き抜くためのパンク的読書【第5回】


『あの素晴らしき七年』


「ペンを握り、ユーモアで闘う」

戦後70年以上が過ぎ、日本で暮らすわれわれにとって「戦争」とは教科書で学ぶ過去の出来事であり、また、最悪な未来にならぬ様、絶対避けなければならない事態のひとつである。しかしながら、今もなおこの地球上に「戦時中」の国があるということは忘れてはいけない事実の一つだ。

『あの素晴らしき七年』(新潮クレスト・ブックス刊)という本は「戦時中」が続くイスラエルに住むユダヤ人作家が書いたエッセイである。最愛の息子が生まれる日から、ホロコーストを生き延びた父親が死ぬまでの七年間を綴ったもので、イスラエルのテルアビブで家族と暮らす日常がユーモアたっぷり記されている。

2016年に「この世界の片隅に」という映画が話題になった。戦時中の派手な戦いや兵士の勇ましさを描いたものではなく、戦時下の日本に暮らす人々の日常が徹底的に描かれていた。少ない食料、もんぺ、防災ずきん、防空壕。日本人にとって「戦時中の日常」はそのようなイメージであるが、現代のイスラエルにおける「戦時中の日常」はだいぶ様子が違う

本書の冒頭、妊娠している妻が破水し、タクシーで病院にかけつけ、息子が生まれてくる瞬間を病院のロビーで待つシーンから始まるが、その病院には数時間前に起きたテロによる負傷者が次々に運ばれてくる。忙しそうな看護士がガムを噛みながら「テロリストの攻撃にはホントうんざり」なんてぼやいたりしている。

またある時は、ケータイ電話の会社に料金の件でクレームの電話をしたら「われわれの国は今戦争をしているのに恥ずかしくないのか?」とカスタマーサービスの担当者に諭されたり、警戒体勢が発令している中、仕事帰りにおむつを買って、ビデオ屋に寄ってDVDを借りて帰ったりしている。
iPhoneだってみんな持っている。

ニュースで報道される凄惨なテロ現場、複雑さを増していく社会状況。
画面を通して見る遠くの中東の国での出来事にはリアリティが伴わないが、そこで暮らす人々には我々と変わらぬ日常があり、大切な家族と過ごす毎日がある。

そんな毎日の中で時に空襲警報がなり、時折、遠くで爆撃の音がする。

その様な日常を脅かす戦争をおこなう国や社会情勢に対して、著者は本書において何一つ政治的なメッセージを発することなく、ユーモアを交えながら愛おしい家族との日常を記す。時に笑い、時に感傷に浸りながら読後に覚えるのは、何気ない毎日への愛おしさと、それを揺るがす戦争や差別は「あってはならない」というごく当たり前の感情だ

愛すべき日常と家族への優しさから浮き彫りになるのは著者の反戦、NO WARという姿勢だ。

著者はペンを握り、ユーモアでもって闘っている。

著者であるエトガル・ケレットはイスラエルで「もっとも作品を万引きされる作家」、「囚人の間でもっとも人気の作家」と呼ばれているらしい。

現代イスラエルにおける最もパンクな作家。


今日の一冊
『あの素晴らしき七年』
著:エトガル・ケレット
訳:秋元孝文
出版社:新潮社
発行年月:2016年4月

※本コラムは2018年10月発売予定の『クソみたいな世界を生き抜くためのパンク的読書』(地下BOOKS刊)の掲載内容からの抜粋です。

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