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短編 | 浮雲⑩ 最終話

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いつまで経っても止まないデマと誹謗中傷は、
痛みが心を蝕んでいく。
信頼できるフォロワーだと思っていても、ザンスが流すデマを信用し、私はブロックされる。

ブログには書かないが、やはり傷ついた。

仕事をしていても考えるのは、ザンスが流したデマや誹謗中傷について。
「こうまでしてブログを続ける意味って……」
私はエッセイストになる夢があるのではなく、
ネット依存症かと自分を疑った。


失望へ堕ちた私は、
サイト管理人の母親が殺された衝撃的なニュースをテレビで見ていたのを思い出し、
その時と同様の恐怖や怒りが込み上げる。

サイト管理人はコミュニティを守ろうと努力していたのに、無情な結果を迎えてしまったのだ。



ザンスからの嫌がらせがそろそろ1年を迎える。

私は創作やブログ活動に対する考え方が変わってしまった。
「他人のことなんて、どうでもいい」

私はK子も同様に感じているのではないかと考えた。自分の身を守ることが最優先だと、心の奥底で確信していた。

K子に連絡を取り、私は言った。
「私たち、もう誰にも気を使う必要はないんです。
自分のことだけ考えればいいと思います」
K子も頷き、
「そうですね。私たちの安全が一番大事だわ」

割り切って、他のブロガーたちのことを気にせず、自分たちのブログを充実させることに集中することにした。

ザンスのような存在に対しても、無関心を装うことで、自分たちを守る方法を選んだ。
誹謗中傷や攻撃的な言動は、もはや私たちの関心の外にあった。

しかし私は、心のどこかで今の状況が本当に正しいのか疑問を抱いていた。

私やK子がザンスを無視し、無関心でいると、
私たち以外のブロガーが、ザンスによって攻撃の的になり、誰か傷つくのが常態化していた。

「誹謗中傷はやめよう」などの声もなくなった。

人間だもの。みんな自分さえ良ければいいのよ。

みんなはサイト管理人の母親やサイト運営会社の社員の死をきっかけに、他人へ冷酷になってしまったのだろう。



今日も私は、ブログ記事を更新することにした。
「私たちのブログは、私たち自身のためにある。
誰かに気を使ったり、無駄な争いをする必要はない!」
言葉は、私自身の叫びでもあった。

K子も同じく自身のブログを更新し、
「他人の評価なんて気にしない。
私たちが楽しむためにサイトへいるのだから」

私たちは自分たちの世界に閉じこもるのを選んだ。

次第に私は孤独を感じるようになる。
自分を守るために人を無視することが正しいのか。
私の中で葛藤が生じる。

K子も同じ気持ちを抱えているのではないかと思ったが、私たちはお互いにそのことを口にすることはなかった。

私はふと実母を思い出し、
母はいつも「人との繋がりが大切」と言っていた。私が求めているものは何なのかを考え始めた。

「私たち、どうするべきなのかしら?」
私はK子にLINEで問いかける。

K子は少し時間を置いた後、
「私たちが大切にしたい物事を見つける必要があるかもしれないわ」

悔しさと寂しさは、涙の粒でしか表せない。

「私たちは他のブログサイトや創作を公募に出すのがいいかもしれないわね」
このサイトを見限り、心機一転するのが最善だと考え始めた。



取引先へ向かう車内で、隣に座った後輩が
「イヤッ」息を吐くような悲鳴を上げた。

「どうかしましたか?」
「亜希子さん。見てくださいよ、これ」
後輩がスマホを差し出し画面を見せ、
馴染みのlimiterは大炎上している。

私は自分のスマホで炎上先を確認すると、
ザンスの『なぜなぜブログ』が世界のトレンド1位にランクインされていた。



ザンスのブログは
『チクりん一周忌』のタイトルで
沢山の画像が貼り付けてあった。

住宅から炎が出ているもの。
地面に横たわる女性を救急隊が囲むもの。
焼けた住宅の前で20代に見える男性が座り込んでいるもの。

白地に
『故 竹林静子 儀 葬儀会場』の看板。
祭壇には遺影と戒名が花に囲まれて、
布団の前でピースサインする男。
頭部と顔半分が包帯に巻かれた老女の青白い顔。


「オレやチクりんから名指しされるまで分からないのは、例えば幼稚園の先生から、
お名前は言わないから反省しなさいと
みんなに伝えても、己れだと理解しない、
最終的にお前のことだよと
廊下に立たされるバカのことザンス🇫🇷」

「IQが20違えば話にならないザンス🇫🇷」

「合掌(^人^)ザンス🇫🇷」

「Ω\ζ°)チーンザンス🇫🇷」

通夜の晩。心霊写真が撮れたザンス🇫🇷

商談を終えてスマホを開くと、
既にザンスのアカウントは削除されていた。

だが、limiter民がスクショした画像は、
永久にネットの海を彷徨う運命にある。



『私はその時に書きたいことを書いてきました。
空に浮かぶ雲のように、心の形は常に変わっていきます。

頭に浮かんだ着想は、その瞬間に書き留めておかなければ、もう取り返しがつかないような気がするからです。

毎日見る雲の形は、どれひとつをとってみても、
まったく同じということはありません。
しかし似ている雲の形というものはあるものです。

たくさん雲を見ているうちに、ある程度、類型化されます』

ここまで書いて下書き保存にする。

私の心は厚い雲に覆われていて、
また青空が見えてきたら浮かぶ雲に形を与えるべく、ブログを更新する。

もう、志のある私は居ない。

         ー完ー

この小説は、山根あきらさんとの共作になります
連載物ですが、1話ごとに単独の短編小説として読むこともできます

作中の「私(=亜希子)」は
山根さんやももまろの人格ではありません

フィクションです

「浮雲」は、こちらのマガジンに収録していきます