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本当に今さらですみません(その1)〜平野啓一郎に辿り着いた「マチネの終わりに」

Amazon Audibleに平野啓一郎の作品がアップされていることを発見した。ずっと気になっていたが、読めていない作家の一人である。聴き始めたのは「ある男」(2018年)。進むにつれ、これは凄い小説だと思い、書籍版を購入し並行的に読んだ。

今まで、どうして彼の作品を読んでこなかったのかと後悔。いや、“過去は変えられる“。すぐに感想を書こうと思ったが、その前に代表作の一つ「マチネの終わりに」(2016年)を読んでからにしようと思った。

ほとんど完璧な小説と言える「ある男」の前に、なにかがあったはずだ。そのカケラをつかむためにも、前作でありベストセラーとなった「マチネの終わりに」を読まねばならないと。

「マチネの終わりに」は、こう始まる。

<ここにあるのは、蒔野聡史と小峰洋子という二人の人間の物語である。>(同書より、以下同)
そして、著者が<出逢った当時、彼らは、「人生の道半ばにして正道を踏み外し」つつあった。>

名前の字面に何かを感じるとともに、恐らく恋愛であろう、男女の関係を描いた小説であることが想像される。

小説は幕を開け、蒔野がクラシック・ギタリストであること、そのコンサートの後、小峰洋子と出会うことが記される。洋子は通信社の記者であるが、その父は蒔野も好きな映画《幸福の硬貨》の監督イエルコ・ソリッチであることが明かされる。

蒔野は洋子にこう話す。<「人は、変えられるのは未来だけだと思い込んでる。だけど、実際は、未来は常に過去を変えてるんです。変えられるとも言えるし、変わってしまうとも言える。過去は、それくらい繊細で、感じやすいものじゃないですか?」>

交響曲の主題のように、小説の第一章において提示される言葉である。そして、その後の二人の歩みはどのように展開・変奏していくのか。。。。

「ある男」を先に読んでいたせいもあって、「マチネの終わりに」を読みながら、村上春樹の「ノルウェイの森」(1987年)を思い出していた。

私は幸いにも村上春樹を第一作「風の歌を聴け」(1979年)からリアルタイムで読んできた。第三作「羊をめぐる冒険」(1980年)に感動し、続く「世界の終わりのハードボイルド・ワンダーランド」(1985年)に圧倒された。

1987年に上梓された「ノルウェイの森」は、これまでとは打って変わって、シンプルな小説になり、それは多くの読者を惹きつけてベストセラーとなった。

「マチネの終わりに」は平野啓一郎にとっての「ノルウェイの森」ではないか。世に出した時の年齢を調べると、村上38歳、平野41歳。平野は史上最年少の23歳で芥川賞を受賞しており、作家としてのキャリアは平野がはるか上ではあるが。

村上春樹にとって「ノルウェイの森」はターニング・ポイントになったように思う。その後の彼は、「ハードボイルドワンダーランド」的な独自の世界と、「ノルウェイの森」のような“現実“を書くスタイルの双方を追求していく。

平野もそうなるのではないか。私にとっては、二作目の平野啓一郎作品であったが、そんな感じを受けたのである。

そう言えば、「ノルウェイの森」は赤と緑、「マチネの終わりに」は青と黄色だ。

そして、「マチネの終わりに」を通過した平野啓一郎が次に送り出したのが「ある男」である

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