見出し画像

立川談志と談春・志らくをめぐる二冊〜「赤めだか」と「師匠」(その1)

立川談春の「包丁」を聴き、記事を書くために彼の著書「赤めだか」(扶桑社文庫)を取り出し内容を拾っていたら、再度通読したくなった。

談春の入門からの姿を描いた一冊、本書はドラマ化もされた。主役は談春本人だが、そこには常に師匠・立川談志の姿がある。

2008年の出版時に読んでいたのだが、改めて読み、立川談春に関する確認・再発見が色々あった。高校時代の談春は、談志の追っかけをはじめるが、そこにいたもう一人の名人は、もちろん古今亭志ん朝である。<弟子になるなら志ん朝か談志だ。志ん朝の落語は大好きだし、一所懸命修業すればきっと覚えられる。事実僕が落語を覚える時のお手本はいつも志ん朝だった。>(「赤めだか」より、以下同)

談春はこう考えたことを<汗顔の至りで汗ばむな>と書いているが、談志の「芝浜」を聴き、談志の下に入る。

談春の高座には、志ん朝がいる。「明烏」「夢金」などに、それが感じられる。

本書には「除夜の雪」を桂米朝に教わる場面がある。談志の表現を借りると、“作品派“の大家だろう。今年の芸歴40周年記念の独演会にも、「除夜の雪」がラインアップに並ぶ。4月13日の興行では「百年目」とのカップリング、まさしく米朝トリビュートである。

昨年の「牡丹灯籠」、本書でも何度か登場する「包丁」、これらは三遊亭圓生を受け継ぎ、聴くものは遠く大圓朝を想像する。

もちろん、「芝浜」では談志に挑戦し、「白井権八」や「九州吹き戻し」といった、家元が大事にした噺も受け継いでいる。その根っこにある談志との日々は、本書に濃密に書かれている。

こうして、多くの先人たちを吸収しようする一方で、一つ踏み外すと別の世界に行ってしまいかねない、“芸人“立川談春の姿がある。我々は、見たことのない、あるいはもはや見ることのできない名人たちの姿、談志・志ん朝・圓生らを、談春の中に求めているのかもしれない。同時に、世間とは相容れない“芸人“の姿をも。

先日の独演会で、談春は立川志らくのX(旧ツイッター)のコメントが炎上し、志らくと対比して談春の名前が挙がっていたことに言及した。「もう、談春・志らくと並べるのはいいんじゃないですか」と。

ただ、本書を読むとやはり並べたくなる。志らくは談春より年上だが、入門が後なので談春の弟弟子にあたる。しかし、真打昇進で志らくは談春を抜く。落語の世界には香盤という序列があり、これは真打昇進順に決まる。例えば落語協会のHPを見ると、名前はその順に並んでいる。

談春が抜かれたのは、自身にも問題があったのだが、かつて立川談志はくやしい思いをした。談志は年齢で2つ、入門で5年下の古今亭志ん朝に真打昇進で抜かれた。志ん朝は入門5年での異例の抜擢、病気に倒れた父志ん生を気遣ったという説もあったようだ。談志は志ん朝に「断れ」と迫ったが、志ん朝は「父への世辞もあるだろうが、自分の芸も悪くない」とはねつけた。

談志には、ライバルに抜かれた談春の気持ちが痛いほどよく分かっただろう。師匠の思いと、弟子の葛藤。そんなことも含め、本書の後半は、ちょっとグッとくる。

そういえば、立川志らくの書いた「師匠」、買っておいたのに未読だ。やはり、談春と対比したくなり、読み始めた


この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?