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ブック・スコーピオン(Book-scorpion)と呼ばれた虫

古本まつりで本を買うと、いろんなものが挟まっている。
一番よく見るのが栞。挟まれるのが仕事なのだから、当然である。次に、栞がわりに使われている"何か"。ただの紙切れだったり、映画のチケットだったりする。あとは、草花が挟まれているのを、見かけたこともあった。「以前の持ち主はどんな人だったのだろう」と想像が膨らむ。
また、不幸にも挟まれてしまったものたちもいる。
小さい虫である。
もはや挟まれたというより、潰されたといってもいい。完全にプレスされた虫の跡を、ページの一点に見つけると、思わず手を合わせてしまう。

古代ギリシアの哲学者で、「万学の祖」と称されるアリストテレスも、本の中から「虫」を見出したうちの一人である。

「鋏のあるのはサソリと、本の中に発生するサソリに似た虫である」(第4巻第七章)
「書物の中にもまた別の虫が発生し、(中略)或るものは尾のないサソリに似ていて非常に小さい」(第5巻第三十二章)
[以上、アリストテレス『動物誌』より]

「本の中からサソリに似た虫?」……あまりにも熱心に勉学に励むあまり、とうとう虫を幻視するまでになったのだろうか? 勝手に心配したが、色々調べてみるとどうやら幻視ではないらしい。

農学者である佐藤英文は、上記の『動物誌』の記述を紹介した上で、この「本の中に発生するサソリに似た虫」は「カニムシ」であると指摘する。カニムシとは、四対の歩脚をもつ捕食性動物である。

「ギリシャ・ローマ時代の書物は今日見られるような紙ではなく、粘土板や羊皮紙あるいはパピルスなどであった。これらの書物の間には餌となる他のムシも多かっただろうから、それらを食べていたに違いない。図書館で勉強しているとき、アリストテレスが開いた本の間からカニムシが這い出したのだろう。」(佐藤英文『カニムシ 森・海岸・本棚にひそむ未知の虫』築地書館、P17)
「書物がパピルスや羊皮紙から紙に代わってからも、古い書物の間からしばしば発見されていたようだ。そのためカニムシは、英語でブック・スコーピオン(Book-scorpion)とも呼ばれる。サソリに似ているところからスード・スコーピオン(Pseudo-scorpion)またはフォース・スコーピオン(False-scorpion)という名称もある。どちらもニセモノという意味だから、ニセのサソリというわけだ。昔の人はどうやら尾なしサソリのように認識していたらしい。」(佐藤英文『カニムシ 森・海岸・本棚にひそむ未知の虫』築地書館、P17)

ブック・スコーピオン! なんともイカした名前である。気づいていないだけかもしれないが、私は一度もお目にかかったことはない。我が家の蔵書の中にも、ブック・スコーピオン=カニムシは生息しているのだろうか。ぜひ一度、顔合わせしたいものだ……いや、遠慮したい。


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