レトロな建物で味わう幻想的なアートの世界|『旅する台湾・屏東』より
ぼくが訪れた屏東のアートスポットやテーマパークのなかで、ここ以上に驚き、感動した場所は他にない。元は1936年に操業したタバコ工場で、当時は「専売局屏東支局葉煙草再期乾燥場」と称していた。タバコ工場をリノベーションした文化施設では台北の松山文創園区がよく知られているが、シックでエレガントな大人の雰囲気漂う松山に対し、こちらはファンタジックで、小規模ながらも斬新さと迫力がみなぎる。
入園は無料で、園内で展示館の入場券を販売している。常設展と企画展のセットで199元だった。常設展の建物は1階が「屏東菸葉館」、2階が「屏東客家館」。ありきたりな名前だったので、若干高いなと思いつつ、さしたる期待もしていなかった。ところが、中に広がっていたのは、ため息をつくほど幻想的な、光と音とコンピュータ・グラフィックスが織りなす夢幻の世界だった。どれも屏東客家の歩みと文化を伝えるインスタレーションだが、客家に関心がない人でも、そのヴィジュアルの圧倒的な美しさに、誰もが魅了されるにちがいない。
まるで映画館の銀幕のようなスケールで、通路の両サイドの壁に映し出される、開拓史を天上の視点からたどるアニメ映像。樹木の下に設けられた伯公(守り神)の祠と周囲に飛び交う無数の蝶。花嫁の輿入れ、降りしきる花びら、黄金色に輝く稲田。山から吹き下ろす風に揺れるバナナ、檳榔、カカオの木々……。日本の農村で暮らすお年寄りがもしこれを見たら、きっとぼく以上に、心を揺さぶられるにちがいない。
陶酔から醒めやらぬまま1階に移ると、こちらもまた、建物の地味な外観からは想像もつかない、まるでSF映画のような迫力満点の世界が広がっていた。
高々とそびえ立つ、歳月の流れを金属の肌に染みこませた巨大な機械や設備の数々。無数の管が絡みあう機械の隙間には空中廊下が架かっていて、ダンスホールのようにハイテンションで変化に富む光と音の演出が、歩く者をすっぽり包みこむ。かつてここが現役だった頃は、けたたましい騒音とうだるような熱気に包まれていたに違いない。知識だけでなく、そうした雰囲気をも、芸術に昇華されたかたちで来訪者たちに伝えようとしている。3Fにある原住民を題材にした常設展「屏東原民館」や、企画展も必見だ。
文・写真=大洞敦史
◇◆◇ 本書のご紹介 ◇◆◇
『旅する台湾・屏東』
一青妙 , 山脇りこ , 大洞敦史 著
2023年11月20日発売
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