華と料理の競演で命の移ろいを表現|笹岡隆甫 花の道しるべ from 京都
桜の季節が近づくと、なぜかソワソワする。花も鳥も虫や獣たちも、長い冬を乗り越えて、春の太陽を今か今かと待ちわびる。花も、春の予感に満ちたものになる。
先日、大阪の福島にある「日本料理 楽心」で、ご主人の片山心太郎さんとコラボイベントを開催した。私が出したお題に即して、計9品のお料理を提供してくれるという試みだ。私の設定したお題は、「種子~兆し~」「発芽」「根~大地~」「葉~太陽~」「蕾」「開花」「結実」「凋落」「種子~再生~」。いけばなが大切にする命の移ろいをお料理で表現してもらいたい、という私からの挑戦状に心太郎さんが応じる。例えば、蕾というお題に対して、刺身をつぼみのように盛り付けて蕾菜を添え、氷をあしらって提供する。私もカウンターの中に入り、氷の上に、私が紫蘇の花穂を散らせるという形で協力する。根ならセリの根を使う、発芽なら筒の中からアスパラガスをのぞかせる、などといった具合に難しいお題に柔軟に応えてくれた。
空間演出は私の担当。エントランスは、壺に力強い黒松の枝と金柑の実。普段、松には花ものを添えることが多いが、今回は敢えて実を添えた。熟した実が落ちて、種子が散り、発芽する。そんな命の兆しを感じとってもらいたいと考えた。
続く廊下には、金属のようにも見える焼き物の変形花器に、枯れた秋色アジサイの花。枯れた植物の扱いは、難しい。心太郎さんは、以前、枯れた蓮の葉に八寸を盛りつけたことがある。朴葉焼きのような色合いになるわけだが、青々とした蓮葉の方が好きだ、とお客様に怒られたという。華道家にとっても、朽ちの美の表現は永遠の課題だ。今回は、蕾と開花を備えたヤブツバキを添え、蕾が綻び、満開を迎え、凋落を迎えるまでの命の移ろいをこの作品の中に秘めた。瑞々しい花と合わせることで、朽ちの美は一段と際立つ。
奥には、背負い籠。籠の中に枯松葉を敷き詰め、そこから薄紅のツバキの蕾をのぞかせた。朽ちた枝葉が養分となり、そこから新たな命が生まれる。筒からアスパラガスが飛び出した「発芽」のお料理も意識しつつ、ここで表現したのは命の循環だ。
蕾のお料理が供された後、「開花」をテーマにした、いけばなパフォーマンスを披露した。大壺に太い黒松を寝かせ、枝ぶりのよい木蓮を添える。反対側には河津桜を高く立ち上げ、器の口をヤブツバキ、ベニノキの実、とりどりの菊で引き締める。今回、お料理も、緑と白を意識したものが多かった。緑と白の組み合わせは、上巳(桃)の節句の菱餅を連想させる。菱餅の色目は、下から緑、白、桃。雪の下には新芽が芽吹き、来るべき春の到来を待つ。そして、ふと空を見上げると、いつの間にか花のつぼみがほころんでいる。花は、桃だろうか、桜だろうか。そんな期待に満ちた、春の情景を描いた。
京都で早咲きの河津桜を愛でる場所
早咲きの河津桜の見ごろは、2月から3月にかけて。車折神社や平野神社といった桜の名所でも楽しめるが、伏見の淀水路が有名だ。約200本が淀緑地の水路沿いに咲き誇る。この桜並木は、地元住民が主体となった取り組みによって整備されたもの。2002年に河津桜発祥の地である河津町を旅行したときに桜並木に感銘を受けた地域住民の方が植樹したのが始まりだという。京都でどこよりも早く味わえる桜並木。濃いピンクの桜並木を眺めていると、春への期待がひときわ高まる。
文・写真=笹岡隆甫
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