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フラワーアレンジメントのルーツとされる花・睡蓮 ─モネの絵画といけばな|花の道しるべ from 京都

花にまつわる文化・伝統芸能などを華道家元の笹岡隆甫さんがひもとく連載コラム『花の道しるべ from 京都』。第13回は、古代エジプトでは太陽の象徴であり、フラワーアレンジメントのルーツとされた睡蓮です。笹岡さんは安藤忠雄氏が設計した庭園「京都府立陶板名画の庭」でモネの陶板画「睡蓮・朝」を前に睡蓮をいけました。

 古来、洋の東西を問わず愛されてきた睡蓮。花の形が太陽に似ており、朝に開き夕方に閉じることから、古代エジプトでは、睡蓮は太陽の象徴と考えられていた。古代エジプトの壁画を見ると、睡蓮のガーランド(植物を繋いで綱状にしたもの)を首にかけた様子が描かれている。宗教的な儀礼の際に花を用いた例で、フラワーアレンジメントのルーツと考えられている。

 日本原産の睡蓮は、白い小さな花を咲かせるひつじぐさひつじこく(午後2時)に花が閉じることから、この名がつけられたと言う。漢名の睡蓮(ねむる蓮)も、同じく花が夕方に閉じることからつけられたもの。学名のNymphaeaは、水辺の妖精ニンフ(Nymph)に因んだものであり、この花は物語に事欠かない。睡蓮は、日本庭園にもよく似合う。平安神宮のびゃっいけや蒼龍池、龍安寺の鏡容きょうようなど、夏の間、神社仏閣の庭を美しく涼やかに彩ってくれる。

睡蓮と蓮の違い モネの絵画から分かること

 睡蓮は、蓮とよく混同される。同じ「蓮」という字が付き、ヨーロッパなどでは両者を総称してlotusと呼ぶこともあるが、植物学上は異なる種として分類されている。蓮と睡蓮の違いは、それぞれの群生地を見れば明らかだ。蓮は、花や葉が水面から背高く生育する。葉が繁茂して足もとの水を覆い隠し、はすばたけと言う言葉がよく似合う。これに対して睡蓮は、花や葉が水面近くに浮かぶように生育する。モネの睡蓮も池に浮かぶように描かれ、水面がしっかりと見えている。華道家は、こうした自然の出生を大切にし、蓮は高く立ち上げて立体的に、睡蓮は水面に浮かべて平面的にいけあげる。

「陶板名画の庭」の池の底に配されたモネの陶板絵画「睡蓮・朝」 (オランジェリー美術館蔵)
写真提供:京都府立 陶板名画の庭

 睡蓮の茎は中が詰まっているが、蓮の茎はその断面を見るとたくさんの穴があいている。穴のある蓮根の延長線上にあるのだから、蓮の茎にも穴があるのは考えてみれば当然だ。蓮の花には、蜂の巣のようなたく*があるが、睡蓮にはない。また、蓮の葉は綺麗な円形だが、睡蓮の葉は半径部分に切れ込みが入っている。蓮の葉には撥水性があり、葉の上に水をこぼすと、玉のような丸い水滴となって転がるが、睡蓮の葉には撥水性はない。

花托* 花びらやめしべ、おしべなどを支えている部分

撥水性のある蓮の葉

 さて、睡蓮に話を戻そう。睡蓮のがくは、花首の少し上で色が変わっている。下の方の白っぽい部分は、そこまで水に浸かっていた証拠なので、いける際には、できるだけそのラインまで水につける。そうしておかないと、花が開かないこともある。

 より重要なのは、葉の扱いだ。「」と「なが」で構成する。2枚の葉を、切り込みが向かい合うように合わせいけるのが組み葉で、その間に花を入れる。一つの根元から2枚の葉と1輪の花が出ている様を再現する。これに対し、流し葉はへい*を10㎝ほど残し、流れるような風情を表現する。「静」の組み葉に対して、流し葉は「動」を象徴する。

花柄* 茎から枝分かれして、花や葉を支える部分

右側はスイレン科の河骨こうほねの「組み葉」。一番左の葉は花柄が残された「流し葉」

モネの名画「睡蓮・朝」といけばなの競演

 4月から、朝日新聞大阪本社版夕刊で「笹岡隆甫の華やぐじゅうつき」の連載がスタートしている。いけばな作品のビジュアルがメインなので、カメラマンさんと相談しながら、花が引き立つ空間を選んで、楽しみながらいけている。自分たちで撮影するのとは一味違った、深みのある写真が見どころだ。4月 藤、5月 杜若、6月 紫陽花、7月 檜扇ひおうぎと続き、今月は睡蓮。

 そこで、機会があれば一度花をいけてみたいと考えていた「京都府立陶板名画の庭」で撮影したい、と申し出た。名画を再現した陶板画を安藤忠雄氏設計の空間に展示したもので、屋外で鑑賞できる世界で初めての絵画庭園。コンクリートとガラスによって構成された彫刻のような空間で、滝が配され、流れる水が印象的だ。見どころの一つが、池の底に配されたモネの「睡蓮・朝」(オランジェリー美術館蔵)。この池に睡蓮をいけて、モネの睡蓮との対比をご覧いただこう、と考えた。

ミケランジェロ作「最後の審判」(バチカン・システィナ礼拝堂)
写真提供:京都府立 陶板名画の庭

 紙面への掲載は、第1(もしくは第2)木曜日の夕刊。写真はデジタル版でもご覧いただけるので、ぜひチェックしていただきたい。

▼笹岡さんの記事・写真(朝日新聞デジタル版)はこちら

文=笹岡隆甫

京都府立 陶板名画の庭
京都市左京区下鴨半木町 (京都府立植物園北山門出口東隣)
TEL 075-724-2188
Instagram https://www.instagram.com/toban_meiga/?hl=ja
http://kyoto-toban-hp.or.jp/

笹岡隆甫(ささおか・りゅうほ)
華道「未生流笹岡」家元。京都ノートルダム女子大学客員教授。大正大学 客員教授。1974年京都生まれ。京都大学工学部建築学科卒、同大学院修士課程修了。2011年11月、「未生流笹岡」三代家元継承。舞台芸術としてのいけばなの可能性を追求し、2016年にはG7伊勢志摩サミットの会場装花を担当。近著に『いけばな』(新潮新書)。
●未生流笹岡HP:http://www.kadou.net/
Instagram:ryuho.sasaoka
Twitter:@ryuho_sasaoka

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