傘がなくても自分の足で走る人を探して|山脇りこ『旅する台湾・屏東』より
「無傘的囡仔 要比別人跑卡緊」。直訳すれば、「傘を持っていない子供は、誰よりも速く走るしかない」。
2022年まで屏東県長だった潘孟安氏が自身の8年の任期を振り返るムービー(YouTube)を見ていて、雨の中を走る少年の映像にのせて語られるこの言葉が、とても気になった。
屏東県の南、東港出身の友人に聞いてみると、彼女は「これは屏東のことだと思う。台北から一番遠い県で、貧しいし、資源もない。注目もされず、国の支援も後回しにされがち。となると、自分たちで自分たちの価値を見出すしかない。だから自分で走ろう、そういう意味が込められた言葉だと、私は思う。いい言葉だね」と。
自分の足で速く遠くまで走ろうとする人たち。自分たちの価値を自分たちで高めようとする人たち。私は食の分野で、そんな屏東の人に会いたいと思った。
世界的に有名なフレンチのシェフの下で修業した後、自分が生まれた村に戻り、子供の頃から食べてきたルカイ族料理のレストランを開いたシェフ。マグロの水揚げで知られる東港でマグロに勝負をかけたキャプテン。ほぼすべて屏東の材料でピュアな醤油を作る醸造職人。山を滑り降りてくる風と強い海風がおいしくするこの土地でしかできないマンゴーを育てる夫婦。屏東発→世界のTREE TO BARチョコレートを生み出した若きカカオの担い手。
みんな、ここ屏東でしか見つけられない宝物を見つけ、追いかけ、自分の成長と共に、屏東の価値をも高めてきた人たちだ。
「ふるさとは何があっても変わらずふるさと。ここが私の生きる場所。だからこそ大変でも、屏東・恒春に戻り、新しい名物を生み出したかった」。恒春の人気スイーツ店「洋蔥田伴手禮」のオーナー張嘉芬さんの言葉だ。彼女は台北から帰郷し、台湾で一番おいしいと言われる“恒春玉ねぎ”を活かしたスイーツを生み出した。
しかし先の東港出身の友人は「屏東って、台湾ではすごく田舎だと思われてるの、みんなよく知らないし、興味もないでしょう」と言う。なんだか切なく、悔しくなった。
なぜなら私は、屏東に来るといつも、出逢った人から心に染みるギフトをもらっていたから。それはあえて言葉にすれば、裏表のない真心、まじめさ、一生懸命さ。コンビニや屋台のようなささやかなふれあいでも感じてきた。そして今回も、傘がない雨の中を走り抜ける彼らの真摯な思いを知り胸が熱くなった。
友人に「あなたの故郷屏東には底力がある、魅力的な人がたくさんいる。可能性は無限だ」と伝えたくてこの本を書いた。
この本が屏東へ旅立ちたい思いの背中を押し、ポッと足元に灯りをともせたら何よりうれしい。
文=山脇りこ
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