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「そうだ 京都、行こう。」キャンペーン30周年記念特別対談 【長塚京三×柄本 佑】

JR東海の京都キャンペーン「そうだ 京都、行こう。」がスタートしたのは1993(平成5)年の秋。今年で30周年を迎えます。2018年まで25年にわたり、テレビCMで旅人(ナレーション)を担当した長塚京三さんと、現在二代目をつとめる柄本 佑さん、映画やテレビ、舞台で活躍中の二人の俳優に、ナレーションについて、そして京都という街の魅力や旅人としての京都との付き合い方について、語り合っていただきました。(ひととき 2023年11月号より)
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「そうだ 京都、行こう。」の30年(右)
そうだ 京都、行こう。御朱印帳BOOK〔春夏版〕(左)
長塚京三(初代旅人)×柄本 佑(二代目旅人)

――お二人は、面識がおありなんですよね。初代と二代目として対面されていかがですか?

長塚:世代的には息子みたいなものですからね。なんか照れるな(笑)。過去3回ほど共演しているよね。

柄本:はい、最初は舞台でしたね。その後、映画とドラマで。僕、このお仕事をさせていただくにあたって、長塚さんがナレーションをされたすべての回を拝見したんですよ。

長塚:随分あったでしょう。当初は15秒と30秒の2パターンあったりしたからね。

柄本:京都の素晴らしい風景と長塚さんの声。もう永遠に見ていられると思いました。

長塚:ハハハ。僕が始めたのが48歳。終わったのが5年前だから、25年間もやらせていただいたことになります。

柄本:ということは、僕は7、8歳の頃から見ていたわけですね(笑)。

長塚:若ぶったナレーションだったけど、声の主は結構年配だった(笑)。やっぱり、もう若い人の京都じゃなくちゃね。

柄本:いやいや、そんなことはないです。僕が始めたのは32歳でしたが、長塚さん、そのとき「レッツ・エンジョイ(楽しもうよ)」というメッセージをくださったんですよね。

長塚:僕にとっては、非常に楽しい仕事だったからね。表現が平明な割に一筋縄ではいかないコピーばかりなので、役者にとっては心弾む挑戦だったんですよ。「よし、じゃあ、これで行ってみようか」なんて。言い方を変えれば、いい勉強をさせていただいた。

柄本:確かに、コピーが軽やかで面白いです。

長塚:無常観があるのに明るくて肯定的なんですよ。時々警句を発するようなものもある。

柄本:流される日常を戒める感じ、ありますね。

長塚:制作スタッフが声の主としての僕をプロデュースしてくれている部分もあってね。例えば「パリとかロスにちょっと詳しいよりも、京都にうんと詳しいほうがかっこいいかもしれないな」という初期のコピー。パリに暮らしたことのある僕に、ある程度照準を合わせて作ってくれているなと感じたので、これはしっかりやらないといけないなと思いました。

柄本:キャラクターがしっかり造形されていますよね。僕の場合は、若い旅人が京都に行って、いろいろなものを吸収し、感じたことを喋っていくという設定です。ただ、最初は長塚さんの長い歴史を思って、語りが少し重くなったりしました。

長塚:そうだったの?

柄本:はい。ちょっと大人っぽくなってしまって。どこかで長塚さんっぽさを取り入れなくてはというプレッシャーがあったのでしょうね。スタッフの皆さんに「もっと若く新鮮な感じで。佑くんの感覚で咀嚼して言ってください」と言われ、そこからはそれほど意識せずにできている気がします。長塚さんに言っていただいたように、自分なりに楽しんでやるのが一番だと思って。

長塚:それはよかった。

柄本:表現が適切かどうかわかりませんが、「日記」のように、そのときの自分の気持ちや感覚、喋り方を点として残していけたらなという気持ちもあります。

長塚:なるほど。「日記」と思えたのは大成功じゃないですか。

柄本:そうですか?

長塚:僕はそういうふうには考えられなかったからね。素晴らしい映像と、手を替え品を替え用意される音楽がいやが上にも盛り上げてくれるし、素晴らしいコピーもある。だから僕は、哲学的に掘り下げることもなく、ひたすら明るく楽しくやることを考えていたな。佑くんのナレーションになって、音楽が非常に引いている感じがするね。

柄本:あ、確かにそうかもしれないですね。

長塚:僕みたいに調子に乗っている感じはなくて、非常に内省的だよね。

柄本:長く長塚さんが続けられてきたCMで、京都の素晴らしい映像があって音楽がある。そこに「おれ、柄本です」って出ていくことはやめようっていう気持ちはいつもどこかにあります。作品の良さを引き立てられたらそれが一番ですけど、せめて邪魔はしないように声を載せられたらいいな、と。声だけだとどうしても足し算しがちだけど、そこを引いて、引いて、すっと入り込めればと思っています。

――ご自身でナレーションをされて、特に印象に残っている回はありますか?

長塚:やっぱり「パリとかロスにちょっと詳しいよりも……」かな。スタッフが一丸となって僕をプロデュースし始めてくれたことを強く感じた回だから。長く外国生活にどっぷりだった人間が京都に目覚める、という感じがね。

柄本:僕は初回の「『まだ知らない京都がいいな』と言ったら……」ですね。やはりこの回は特別です。

長塚:あの回、よかったよね。

柄本:今夏の六波羅蜜寺編もうれしかったですね。というのも、一時期よく行っていたんですよ。撮影で京都を訪れる度に赴いて空也上人の像を見ていたので、その場所を自分の声で伝えられるのがやっぱりうれしくて。

長塚:僕にとっては最終回となった一休寺編も印象深いですね。実は最後の「そうだ 京都、行こう。」って、ここで初めて言うんですよ。

柄本:なるほど!

長塚:結局これなんだな、隣町に行くみたいに京都に行く、その軽さがいいんだよなって思ったんですね。「そうだ パリ、行こう。」とはならないでしょ? だから僕は軽い感じで閉じたくて、そういうナレーションにしました。楽しい仕事だったなとあらためて思いましたね。

柄本:僕は2019年に始めましたが、その翌々年は休止されていたんです。そういう経緯もあって2022年秋の「『秋が待ち遠しかった』そう語る人、今年はきっと多いと思う……」は印象に残っていますね。コロナ禍を受けての言葉だと思うし、そのときの状況や思いもあって、特に気持ちが入りました。

長塚:その回、僕も、あーなるほどなと思いましたよ。これはなかなか重いことでね。洋の東西を問わず、エピデミックやパンデミックの後は、自ずと人心が哲学的にならざるを得ないんです。

柄本:世の中がこういう方向に進んでいくんだなって感じながら収録していたように思います。でも、この軽やかなコピーをまた自分が喋れる喜びのほうが大きかったかな(笑)。あのスタッフの方々とまた一緒に仕事ができるって。皆さん、明るいんですよ。前向きなものを作っている空気があって楽しい。

長塚:明るいよね。精神が闊達。僕、いつだったかの回で声がひっくり返っちゃったことがあったんだけど、それ採用されちゃったんです。「チャーミングさが出ている」とか何とかで(笑)。

柄本:ハハハ。

――あらためて京都はどのような場所だと感じていらっしゃいますか?

長塚:自分の住んでいる東京の街が今、再開発の最中なんですが、今日、車からその街を眺めたら、駅周辺などほとんど見覚えのない風景になっていて、なんだか人を排除しているような印象を受けたんです。生まれ育って暮らしてきた街なのに、歩いたら迷っちゃいそうだなって。でも、京都は道に迷うことがありません。それは変わらないからなんですよね。

柄本:変わらずそこにある。それはありがたいことですよね。長塚さんが25年続けてこられたナレーションは、時候の挨拶の役割も担っていたのかなと思います。「今年も桜が咲きました」と聞いて、人は京都にまた春が来たと思う。言ってみればただそれだけですが、実は非常に豊かなこと。

長塚:そうだね。人の都合はともかく、年はめぐり桜は咲く。なかなか幽玄です。CMが歳時記になっている感じもありますね。桜や紅葉の絶景もたくさん登場しました。円山公園のしだれ桜もきれいだったな。佑くんは京都で好きな場所はある?

柄本:選ぶのは難しいですけど、最近行ってよかったのは蓮華寺ですね。狭い路地を行ったところにひっそりとある小さなお寺で、精神統一なんていう大げさなものではないのですが、いるだけで心が柔らかくなります。

長塚:僕は、同じところに何回も繰り返し訪れます。青蓮院なんかは、定宿の近くだったりするのでよく行きますね。

柄本:僕も一緒で、行ったことのないところに行こう、という発想がないんですよね。

長塚:変な言い方だけど、京都って何か昔の自分に会うような気がするんです。あの角を曲がると、向こうから見覚えのある支度をした10年前の僕が出てきて鉢合わせしそうになる感じ。それは、パリでも同じでね。エドガー・アラン・ポーの小説『ウィリアム・ウィルソン』のような、怖くないホラー(笑)。それで、「あー俺、何やってんだろう」って思うんです。

柄本:昔の自分にふっと出くわしそうな感じ、わかります。以前来たときの気持ちもまざまざと思い出しますし。

長塚:知恩院や東寺もよく行きますが、「調子に乗っていい気になってるんじゃない」「それでいいの?」って叱られている気になります。それで「そうだな、しっかりしなくちゃ駄目だな」「また来ます」って(笑)。特に冬の東寺周辺には言葉が充満している気がしますね。

柄本:映画好きだった僕にとっては、撮影所の印象も強いです。10代からずっと通っていますけど、いまだに17歳くらいの自分に会っているような気がして。「何でそんなとこ立ってんだ!」「着方もわからんのか」って散々怒られたので、京都には、映画が根ざした街の緊張感を感じます。

長塚:京都には僕なりのドレスコードのようなものがあってね。京都訪問の骨子には参詣参拝があるでしょう? 遊びに来てはいるけど遊びとはちょっと違う。1200年の時間を生きた場所が電車でほんの何時間かのところにあるありがたさもあって、知恩院なら知恩院の風景に抵抗なく溶け込める支度でいるのがいいのかなと思うんです。自ら京都の風景になるための最低限のドレスコードといったらいいかな。堅苦しく考えているわけではないのだけど、礼を失したくなくてね。

柄本:京都に失礼があってはいけない。そんな気持ちになりますね。

長塚:なかなかこういう場所はないです。

柄本:本当ですね。この京都が変わらずいてくれることの意味は大きいと思います。

長塚:これからもナレーション、楽しみにしていますよ。

柄本:はい、がんばります!

構成=佐藤淳子 写真=佐々木謙一
スタイリング(柄本 佑)=坂上真一(白山事務所)
ヘアメイク(柄本 佑)=星野加奈子

▼「そうだ 京都、行こう。」のYouTube公式チャンネルにて、CM動画がご覧いただけます。


◉30周年記念書籍刊行のお知らせ

写真集『「そうだ 京都、行こう。」の30年』(ウェッジ)が刊行されました。携帯に便利なミニ写真集と特製の御朱印帳がセットになった『そうだ 京都、行こう。御朱印帳BOOK〔春夏版〕』もおすすめです!


長塚京三(ながつか・きょうぞう)
俳優。1945年、東京都生まれ。早稲田大学文学部を中退、パリ・ソルボンヌ大学留学中に俳優デビュー。テレビドラマ「ナースのお仕事」シリーズ、「金曜日の妻たちへ」「篤姫」、映画「瀬戸内ムーンライトセレナーデ」「東京夜曲」など出演多数。演技の幅が広く、冷徹な役、コミカルな役、どちらも得意とする。1992年「ザ・中学教師」「ひき逃げファミリー」で毎日映画コンクール男優主演賞を受賞。

柄本 佑(えもと・たすく)
俳優。1986年、東京都出身。2003年、映画「美しい夏キリシマ」で主演デビュー。2018年公開の映画「きみの鳥はうたえる」「素敵なダイナマイトスキャンダル」等で毎日映画コンクール男優主演賞、日本映画批評家大賞主演男優賞等を受賞。今秋には映画「春画先生」「花腐し」が公開される。京都を舞台にした2024年のNHK大河ドラマ「光る君へ」で紫式部の「生涯のソウルメイト」藤原道長役を演じる。

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