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地獄の門のひらく鬼月に、亡き人たちを想う。|立秋~處暑|旅に効く、台湾ごよみ(11)

この連載旅に効く、台湾ごよみでは、季節の暦(二十四節気)に準じて、暮らしにとけこんだ行事や風習、日台での違いなどを、現地在住の作家・栖来ひかりさんが紹介。より彩り豊かな台湾の旅へと誘います。

 大暑のあと、太陽が黄道を135度の位置までくれば、立秋である。古代中国で生まれたこの季節の七十二候は

初候:涼風到(すずかぜいたる)
次候:白露降(しらつゆふる)
末候:寒蝉鳴(ひぐらしなく)

 太陽はまだギラギラと頭に近い場所から照り付けてくるが、影に入ればひとすじの風が頬をなでる。台湾ではこの季節、午後早めの時間には急に空が暗くなりゴロゴロと雷が鳴って、スコールが降る。外で急に降られることもあるので、台湾では日傘と兼用できる雨傘を持ち歩くのが常である。

 或いは、街のあちこちにある居心地の良さそうなカフェに飛びこみ美味しいドリップコーヒーを注文する。バケツをひっくり返したような豪雨の音を聴きながら雲が過ぎゆくのを待つのは、シェルターにいるような安心感をもたらしてくれる。雨が止んで外に出ると、気温も下がってうんと過ごしやすくなっている。

「秋」という字は、古代中国の甲骨文字でコオロギなどの秋の虫の姿を現す象形文字であったらしい。「陽」の極まる夏の盛りを過ぎ、だんだんと増す「陰」の気を好む寒蝉、つまりヒグラシやツクツクボウシが鳴き始める。

収穫を祝う台湾のお祭り

 秋とはまた、「万物が成る」という意味をもつ。大昔から台湾に暮らしてきた原住民族(先住民を表わす台湾での正式名称)にも、この立秋から處暑にかけてのお祭りが一番多いのは、彼らの農耕文化の中心であった「キビ(小米)」の収穫がこの季節であるからだ。

 キビの収穫を祝い神様に感謝をささげるアミ族の「豊年祭」、キビ収穫への感謝や男子の成人儀式など総合的に祝うルカイ族の「小米祭」のほか、パイワン族では一年の区切りをつける年越しの祭りとして「収穫祭」をおこなう。また漁業と関わりの深いサオ族は、ウナギを模った白いお餅を祖先にお供えし、子孫繁栄を守ってくれるよう願うという。*

*ほかにも、収穫への感謝と同姓コミュニティの結束をはかるツォウ族の「小米豊収祭」や、タイヤル族の「祖霊祭」などもこの時期に行われる。

 お祭りといえば、わがふるさと山口県山口市では「ちょうちん祭り」が毎年8月に行われる(昨年と今年はコロナ禍のため中止)。ルーツは室町時代、大内盛見による盂蘭盆行事までさかのぼるという。戦後より旧暦の七夕行事と合体して8月6,7日の両日開催となったこのお祭り。山口県のお隣は広島であるし、この提灯の燈りを見ながら原爆の犠牲となった友人、知人や親せきに想いを寄せてきた方も多かったかもしれない。

 笹竹につるした提灯の中には本物のろうそくが使われるため、ユラユラと赤い燈りが震える幻想世界に浸っていると、時にはちょうちんが燃え落ちてきて頭に灰が降ってくる。一時はLEDになったりもしたらしいが、やっぱり風情が無いと、ろうそくにもどった。奥へ奥へとゆらめく無数の燈を見ているうちに、確かに向こう側の人に通じて行くような気がする。

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台湾のバレンタインデー

 旧暦の七夕は台湾では「情人節」といって恋人たちの日、日本でいうバレンタインデーのような意味をもち、今年は8月14日である。これは織姫と彦星の伝説から来ているが、台湾南部では子供を護る七人の女神「七娘媽」(チンニョーマー/七仙女)の誕生日であり、女の子のためのお祭りの日でもある。

 また伝説によると、七人姉妹「七娘媽」の末っ子が織姫であるとか、おうし座の頭にある7個の小さな星団(プレアデス星団)であるともいわれる。ギリシャ神話ではこの星団を「プレアデス七姉妹」と呼び、やはり女の子を指す。ちなみにこのプレアデス星団、日本では「すばる」と呼ばれ、清少納言も枕草子で「星はすばる……」とその美しさを称えている。

七姉妹

身寄りのない亡者が彷徨う「鬼月」の過ごし方

 日本各地でお盆行事が行われる8月だが、台湾では旧暦七月を「鬼月」といい、今年は8月8日から9月6日までの一か月がそれにあたる。この世と地獄を隔てる「鬼門」がひらき、あの世から亡者たちが戻ってくる。現代日本でいう「お盆」が主にあの世から先祖を迎えるのに対し、台湾の鬼月で迎えるのは好兄弟(ハオションディ)と呼ばれる身よりのない亡者の魂だ。

 地獄の門を見張り、悪さをする好兄弟を捕まえる将軍や武将といった神様(七爺八爺)は、この一か月のあいだ夏休みを取る。そんな訳で、亡者たちと共に暮らすこの鬼月は生者にとっても色々と気の張る時期で、多くの禁忌が伝えられる。

例えば、

・不動産や車を買わない、結婚式を挙げない
・海辺で遊ばない、夕暮れ以降の山にはいかない
・夜に洗濯物を干さない
・赤い下着をつけない
・傘をさしたまま家に入らない
・風鈴をさげない

といった具合だ。海辺や山には好兄弟が集まりやすいこと、赤い色はあの世と通じること、洗濯物の湿り気や風鈴の音色が持つ陰気に好兄弟が引き寄せられるなど、理由も様々である。

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七爺八爺——閻魔大王に仕え地獄の門を見張る将軍。台湾の廟のパレードでもよく登場する台湾でお馴染みの神様

 旧暦の7月15日は「中元節」といい、一年の中で一番盛大な法事(拜拜・パイパイ)をして、地獄から出てきて彷徨っている好兄弟をもてなし、紙錢を燃やして冥福を祈る。今年は8月22日が「中元節」である。

 道教の最高神・玉皇大帝には三人の兄弟がおり、中元の日は三兄弟のひとり、地官大帝の誕生日にあたる。身寄りのない寂しい魂を憐れにおもった地官大帝が「自分の誕生日は祝わなくて良いから、無縁仏の魂を祀るように」と仰せになったことから、この日は死者へのおもてなしの日となった。

 中元節に行う拜拜の特色は、たくさんのお供え物とともに水を張った洗面器とタオルを置くこと。鏡にクシ、石けんに歯ブラシ、美顔パックを供える人もいる。好兄弟に身づくろいして、疲れを癒してもらうのだ。スーパーやデパートのかき入れ時でもあり、米やお菓子の詰め合わせや洗面器、紙銭とお線香がレジの横に並んでいる。日本の「お中元」文化との共通性や、お盆行事の元にもなっている仏教の風習「盂蘭盆(うらぼん)*」との混じり合いも感じられる。

*お釈迦様の弟子である目連尊者が、餓鬼道に堕ちた亡母を供養したという伝説に由来する仏教行事。

洗面器

鎮魂と再生の季節

 もう一つ偶然なのは、日本におけるお盆の時期が、原爆の日や終戦記念日といったレクイエム——死を悼むシーズンということだ。

 二十四節気の「處暑」。處には、「止/停まる」という意味がある。燃え盛るような夏のエネルギーが頂点に達し、停まり、ゆるやかに下降していく。生きるものは、かならず死をむかえる。大河の流れのような悠久の「死」の連なりに、いつか自分も繋がっていくのをイメージし、残された日々を精いっぱい生き直そうとする。8月とはそんな、鎮魂と再生の季節でもあるのだ。

文・絵=栖来ひかり

栖来ひかり(すみき ひかり)
台湾在住の文筆家・道草者。1976年生まれ、山口県出身。京都市立芸術大学美術学部卒。2006年より台湾在住。台湾に暮らす日日旅の如く新鮮なまなざしを持って、失われていく風景や忘れられた記憶を見つめ、掘り起こし、重層的な台湾の魅力を伝える。著書に『台湾と山口をつなぐ旅』(2017年、西日本出版社)、『時をかける台湾Y字路~記憶のワンダーランドへようこそ』(2019年、図書出版ヘウレーカ)。


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