パズルのピースを集める旅|大洞敦史『旅する台湾・屏東』より
喪失を乗り越えて
ある土地が描かれたジグソーパズルのピースを集めたり、つなげたりする営みを、旅と呼んでみたい。
ぼく自身も含め、旅人はしばしば限られた時間のなか、あれも見ておきたい、あそこにも行っておきたいと、ピースを少しでも多く集めようとしてやっきになるものだ。けれど、数は少なくていいから、訪れた先で興味をもったピースを拾い上げ、それをいろんな角度からじっくり鑑賞するような旅のほうが、より味わい深く、記憶にも残ることだろう。
台湾に移住したばかりの2012年夏、50ccのスクーターで恒春半島をめぐった。道すがら拾い上げたピースは、牡丹社事件、映画「海角七号」、水牛、恒春民謡、それに山中で出くわした新築の木造住宅群など。これらについては著書『台湾環島 南風のスケッチ』(書肆侃侃房)に書いている。
10年後、屏東県政府の後押しを得て、再び屏東各地をめぐった。文化という資源が無尽蔵に眠るこの一大鉱床で、海・山・アート・客家という4つの鉱脈を、小さなスコップで掘ろうとするぼくに、大勢の現地の方々が、温かい手を差し伸べてくれた。おかげで少なからぬピースを掘り当てられた。本書に記したのはそのごく一部に過ぎない。
手持ちのピースが増えるにつれて、各個のつながりに気づいたり、全体像がおぼろげながらイメージできるようになる。ぼくが今回得たピースには、通底する要素が2つあった。「喪失」と「復活」だ。
屏東は世界有数の多民族社会だが、どのエスニック・グループも多かれ少なかれ、住み慣れた土地や、親しんできた生活様式、伝統文化、言語、信仰、自然、生物などの喪失を経験してきた。そのうえ、今日でも多くが存続の危機に瀕している。山の章で書いた2009年8月の八八水害は近年最大の天災で、今も川原を覆い尽くす灰色の土砂は、その天変地異のすさまじさをありありと物語っている。10年前に見かけた新築住宅群は、これにより住処を失った人々のために建設されたものだった。
このほか、工芸家のギビさんが教えてくれた経済活動の負の産物たる生態系破壊、原住民服飾デザイナーの阮志軍さんが語った伝統文化と現在の間に広がる断層、客家の歴史研究者・曽喜城さんが示唆した純朴な農村生活、石板屋集落の保全に努める淑美さんから聞いた原住民古来の信仰であるアニミズム(汎神論)、それに原住民コミュニティの遷移の歴史なども「喪失」の一例だ。先祖代々暮らしてきた土地が彼らの存在と不可分のものであることを、ぼくは瑪家村の村長夫妻から教えられた。しかし日本統治期から戦後にかけて、時の政府により、管理上の都合や安全上の理由から、強制的に村ごと別の土地へ移転されることがしばしばあった。人間国宝の織匠・ミーヤン師も当事者の1人だ。
こうした痛ましい喪失を幾度となく経験しながらも、屏東は「復活」への力強い歩みを続けている。天災の爪痕が残る土地にとどまる人々も、別天地に移り住んだ人々も、それぞれの場所で懸命に生きている。
それにまた、自然環境、伝統文化、歴史、思想などの、失われかけているものや忘れ去られようとしているものたちに、再び形と力を与え、その尊さを広く知らしめようとする動きが、各地で非常に活発になっている。上に名を挙げた人々に加えて鼻笛奏者のサウニャウさん、トンボ玉工芸家の施秀菊さん、小琉球の生態教育者・蔡正男さん、霧台の彫刻家・ダオバさんなど、みなそうした活動に従事している人々だ。いずれも長い年月を都市部で過ごしたのち、使命感をもって帰郷した人物である。
屏東には、ぼくの知らないパズルのピースが、まだまだたくさん散らばっていて、あなたに見つけられる日を待っている。
文=大洞敦史
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