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パズルのピースを集める旅|大洞敦史『旅する台湾・屏東』より

台湾リピーターの日本人にもまだあまり知られていない屏東。そんな屏東に魅せられた3人の作家が語り尽くす貴重な旅エッセイ&ガイド『旅する台湾・屏東』より、第3部をご執筆された大洞敦史さんのまえがきを抜粋してお届けします。

旅する台湾・屏東
一青妙, 山脇りこ, 大洞敦史 著
2023年11月20日発売

喪失を乗り越えて

ある土地が描かれたジグソーパズルのピースを集めたり、つなげたりする営みを、旅と呼んでみたい。

ぼく自身も含め、旅人はしばしば限られた時間のなか、あれも見ておきたい、あそこにも行っておきたいと、ピースを少しでも多く集めようとしてやっきになるものだ。けれど、数は少なくていいから、訪れた先で興味をもったピースを拾い上げ、それをいろんな角度からじっくり鑑賞するような旅のほうが、より味わい深く、記憶にも残ることだろう。

台湾に移住したばかりの2012年夏、50‌ccのスクーターで恒春半島をめぐった。道すがら拾い上げたピースは、牡丹社事件、映画「海角七号」、水牛、恒春民謡、それに山中で出くわした新築の木造住宅群など。これらについては著書『台湾環島 南風のスケッチ』(書肆侃侃房)に書いている。

10年後、屏東県政府の後押しを得て、再び屏東各地をめぐった。文化という資源が無尽蔵に眠るこの一大鉱床で、海・山・アート・客家という4つの鉱脈を、小さなスコップで掘ろうとするぼくに、大勢の現地の方々が、温かい手を差し伸べてくれた。おかげで少なからぬピースを掘り当てられた。本書に記したのはそのごく一部に過ぎない。

手持ちのピースが増えるにつれて、各個のつながりに気づいたり、全体像がおぼろげながらイメージできるようになる。ぼくが今回得たピースには、通底する要素が2つあった。「喪失」と「復活」だ。

屏東は世界有数の多民族社会だが、どのエスニック・グループも多かれ少なかれ、住み慣れた土地や、親しんできた生活様式、伝統文化、言語、信仰、自然、生物などの喪失を経験してきた。そのうえ、今日でも多くが存続の危機に瀕している。山の章で書いた2009年8月の八八水害は近年最大の天災で、今も川原を覆い尽くす灰色の土砂は、その天変地異のすさまじさをありありと物語っている。10年前に見かけた新築住宅群は、これにより住処を失った人々のために建設されたものだった。

このほか、工芸家のギビさんが教えてくれた経済活動の負の産物たる生態系破壊、原住民服飾デザイナーの阮志軍さんが語った伝統文化と現在の間に広がる断層、客家の歴史研究者・曽喜城さんが示唆した純朴な農村生活、石板屋集落の保全に努める淑美さんから聞いた原住民古来の信仰であるアニミズム(汎神論)、それに原住民コミュニティの遷移の歴史なども「喪失」の一例だ。先祖代々暮らしてきた土地が彼らの存在と不可分のものであることを、ぼくは瑪家村の村長夫妻から教えられた。しかし日本統治期から戦後にかけて、時の政府により、管理上の都合や安全上の理由から、強制的に村ごと別の土地へ移転されることがしばしばあった。人間国宝の織匠・ミーヤン師も当事者の1人だ。

工芸家のギビさん
原住民服飾デザイナーの阮志軍さん
客家の歴史研究者・曽喜城さん
石板屋集落の保全に努める淑美さん
老七佳村の勇士
人間国宝の織匠・ミーヤン師

こうした痛ましい喪失を幾度となく経験しながらも、屏東は「復活」への力強い歩みを続けている。天災の爪痕が残る土地にとどまる人々も、別天地に移り住んだ人々も、それぞれの場所で懸命に生きている。

それにまた、自然環境、伝統文化、歴史、思想などの、失われかけているものや忘れ去られようとしているものたちに、再び形と力を与え、その尊さを広く知らしめようとする動きが、各地で非常に活発になっている。上に名を挙げた人々に加えて鼻笛奏者のサウニャウさん、トンボ玉工芸家の施秀菊さん、小琉球の生態教育者・蔡正男さん、霧台の彫刻家・ダオバさんなど、みなそうした活動に従事している人々だ。いずれも長い年月を都市部で過ごしたのち、使命感をもって帰郷した人物である。

鼻笛奏者のサウニャウさん
トンボ玉工芸家の施秀菊さん
小琉球の生態教育者・蔡正男さん
霧台の彫刻家・ダオバさん

屏東には、ぼくの知らないパズルのピースが、まだまだたくさん散らばっていて、あなたに見つけられる日を待っている。

文=大洞敦史

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<本書の目次>
第1部 屏東に息づく日本(一青妙)
 第1章 懐古の街を訪ねて
 第2章 何者かになりたくて
 第3章 屏東のなかの「日本」
 第4章 歴史を知り、未来を考える

第2部 屏東の食を訪ねて(山脇りこ)
 第5章 屏東で食べる
 第6章 屏東の味を支える調味料
 第7章 大地と海からの恵み
 エリア別屏東のおいしいお店

第3部 異文化に出会う(大洞敦史)
 第8章 海を愛する人々
 第9章 山に生きる人々
 第10章 土地に深く根差すアート
 第11章 客家の文化に親しむ

大洞敦史 (だいどう・あつし)
1984年東京生まれ、明治大学理工学研究科修士課程修了。在学中、台北での映像制作ワークショップへの参加をきっかけに台湾好きに。2012年ワーキングホリデーで台湾の古都・台南市へ移住。2015~20年そば店「洞蕎麦」を経営。その後翻訳事務所を設立、翻訳家としても活躍する。

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