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心弾む“街のメロディー”|啓蟄~春分|旅に効く、台湾ごよみ(18)

旅に効く、台湾ごよみは、季節の暦(二十四節気)に準じて、暮らしにとけこんだ行事や風習などを現地在住の作家・栖来すみきひかりさんが紹介。より彩り豊かな台湾の旅へと誘います。今回は、待ち焦がれた春の訪れに心を弾ませつつ、台湾の地に祀られた様々な神様を知る意味について思いを巡らせます。

台湾の“土地”を守る神様

 旧正月の行事もあらかた終わり、旧暦2月2日(今年は3月4日)は「トオテエコンセェー」といって台湾で最もたくさん祀られている神様「土地公(福徳正神)」の誕生日で、今年一年のお祭りはじめでもある。土地公は、漢民族の古代神話の君主である「ぎょう」の帝のころに農業を司る官吏であったといわれ、人々に農耕牧畜をもたらした。

 台湾では街を歩いても山に登っても、あちらこちらに土地公の祠や廟を見ることができる。媽祖様が台湾を取りかこむ海を護る神様とすれば、土地公は道や田畑の畔、地域の境界を護ってくれる日本でいう道祖神のような存在だ。

ほこら

 毎月旧暦の2日と16日に行われる土地公への”拝拝パイパイ”*を「ゲエ」というが、この旧暦2月2日の事はじめを「頭牙タウゲエ」と呼ぶ。土地公は商売繁盛の神様でもあり、商家では特にこの「牙」を大切にする。

*拝拝:先祖や神様にお供え物をし、線香を手にお祈りをする祭事

 今年は「頭牙」翌日の西暦3月5日から、二十四節気は「蟄居ちっきょ」にはいった。冬のあいだ眠っていた大地が目覚め、土のなかの虫たちがうごめきだす。本格的に春のトビラがひらく季節だ。

今も残る“呪いの言葉”

 ところでダイニングの机のうらを見たら、うっすらとカビが生えていた。むりもない。もう一か月ぐらいお日様を見ていなかった。雨水から啓蟄けいちつにかけて、台湾は雨季である。

 土砂降りではなく、しとしとしとしとと止むことを知らないこの季節の雨を台湾語で「ツァーボオホオ」というらしい。「ツァーボオ」は女性を意味し、シクシクと泣き止まない女性の涙のように降るからだそうだ。

 そこで何人かの台湾友人に尋ねてみたが、「査某雨」という言葉を知っている友人はひとりも居なかった。たしかに今どきシクシク泣くのは女だけと限らないから、この言葉が廃れるのも無理はない。しかし、アジアで最もジェンダー平等が進んでいる台湾といえども、時代錯誤とも思えるような伝統的な部分も少なくない。

 例えば、新郎新婦に贈られるお決まりの言葉「早生ザオシェン貴子グエイヅ」。早く健康な子供を(特に男児を)授かるようにという意味をもち、結婚して初めてこの言葉を掛けられた時にはギョッとして心が石化するかと思った。現代のジェンダー観でみれば究極の「呪い」の言葉にしか思えないが、台湾では「決まり文句」として形骸化し、違和感を覚えることなく使っている人もおおい。

心弾む“街のメロディー”

 長雨があがり、お日様が出ているだけで満ち足りた気持ちでウキウキと路地を歩く。じゅうぶんな水分を蓄えた路上の植物たちから生命力がしたたり、日光をもとめてひろげた葉がかがやく。

 台湾の建物にはよくベランダに鉄製の柵が付いているが、そこに幾つもの植木が並ぶ。五線譜のような鉄製の柵のうえを植物たちが音符のように踊っているのを、わたしは「街のメロディー」と名付けた。

メロディ

 街を歩けば、見知らぬ住人が丹精したメロディーがあちこちから流れだす。今の季節ならそこに、管楽器のごとく台湾ザクラが頬紅をさすような濃いピンク色をリズミカルに奏でる。八重桜に見紛うモモイロノウゼン(紅花風鈴木)はサンバのレビューショーのように華やかだ。

花々の誕生日

 旧暦の2月12日は「百花ひゃっか生日せいじつ」または「花朝節かちょうせつ」とも呼ばれる花々の誕生日で、花木を植えるのに最もふさわしいとされ、今年は3月14日がそれにあたる。

 人と人とのあいだの情感を自然のまま仔細に描写し、台湾でも根強い人気のある清代の傑作小説『紅楼夢』の、凛とした美しさと儚さをたたえるヒロイン・林黛代の誕生日でもある。

 台湾の農家では、この日に雨が降れば向こう一年は不作であると言い習わすそうだ。

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台湾の神様を知る意味

 3月から4月にかけて「春分」のころになれば、雨の後にはシロアリが一斉に飛び立ち、街路灯や看板に集まる。旧暦の2月25日(今年は3月27日)は、清の時代に台湾へと多く移住した客家(きゃっか/ハッカ)人の守護神のお誕生日で、「三山サムサン国王祭コッオンツェー」の日である。

 三山国王とは、中国の広東にある三つの山「明山」「独山」「巾山」のことである。かつてこの地域で何度も洪水が起こった際、三山に祈りを捧げたところ雨は止み、その霊力が称えられるようになった。

 命からがら台湾海峡を渡った移民たちは、故郷の神様を心の拠り所として自分たちの土地に廟を建てた。台湾各地の土地に祀られる郷土神をみれば、何処の出身のどんな背景の人々がその地を切り拓いたのかわかる。

 台湾の著名な映画監督の王童ワントンさんにインタビューしたときのこんな言葉が心に残っている。

「“原郷(ホームランド)”とは、そこにたどり着いた先祖が疲れ果てて、もうそこから一歩も動けなくなった場所のことなんだ」

 台湾の神様を知り旅のなかで出会うことは、血と汗を流してその地を拓いた人々の「原郷」にまで、こころの旅をすることでもある。

文・絵=栖来ひかり

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栖来ひかり
台湾在住の文筆家・道草者。1976年生まれ、山口県出身。京都市立芸術大学美術学部卒。2006年より台湾在住。台湾に暮らす日日旅の如く新鮮なまなざしを持って、失われていく風景や忘れられた記憶を見つめ、掘り起こし、重層的な台湾の魅力を伝える。著書に『台湾と山口をつなぐ旅』(2017年、西日本出版社)、『時をかける台湾Y字路~記憶のワンダーランドへようこそ』(2019年、図書出版ヘウレーカ)。

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