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終着駅に行ってきました

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終着駅という響きに、わけもなく惹きつけられる。この先にはもう線路がない、という最果てのロマン。そして一抹の哀愁。そこには、どんな街が広がり、どんな人たちが息づいているのか。憧れで… もっと読む
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良きものがいつまでも残り続ける、ひだまりのような街と鉄道(伊勢奥津・JR名松線)|終着駅に行ってきました#17

「これはいい写真だよ」  ここはJR名松線の伊勢奥津駅。  駅構内に貼られたポスターの前で腕組みをしていたミハラさんが、そう唸った。 「はあ、そんなもんですかねえ」 「そうだよ。下手なプロなんかよりよっぽどいい写真だよ」  キミにはわからないのかこの写真の良さが。  有名ラーメン店の野菜マシマシもかくやとばかりに言外の意味がたっぷり盛り込まれていることが一瞬で理解できる言い方だった。  たぶん、僕の相槌の適当さにムッとしたのだろう。  6年以上一緒に終着駅を巡

どこにでもある日常が営まれる、非日常をたずさえた下北半島の街(大湊・JR大湊線)|終着駅に行ってきました#16

文=服部夏生 写真=三原久明 「お兄さんたち、取材の人なのかしら?」  居酒屋のママは、ちょっと首を傾げ、僕の方をまっすぐ見ながら、そう言った。  図星である。だが多分、ママの考えているような、名店紹介とか名物女将に迫る風の「取材」ではない。では、どう説明すればいいのだろう。火の玉ストレートに、僕は思わず口ごもってしまい、ママはにこりと笑って、ごゆっくりどうぞ、と奥へと戻った。  まさに、台無しである。ミハラさんが無言のまま、ぐつぐつ煮える味噌貝焼きの豆腐をつついて、

豊潤な自然と大事なものを知る人々がつくった”生きた”街(枕崎・JR指宿枕崎線)|終着駅に行ってきました#15

文=服部夏生 写真=三原久明 「がんばれー」「がんばれー」  永吉川の河口のそばにクルマを停めて降り立つと、高校生たちの歓声が鳴り響いていた。  見ると、石造りの人道橋を高校生たちが走っていた。沿道の生徒たちが彼らに声援を送る。  橋のたもとの河原には天幕が張られていて、教師たちも立っていた。聞けば、鹿児島交通の廃線跡を利用した遊歩道などを30km近く走破する、地元の高校の恒例行事とのことだった。  早さを競うものではないらしい。歩く生徒もいるし、自販機に行儀よく並

醸し出すあたたかな空気に酔える酒場と「城下町」(浜川崎・JR南武線 浜川崎支線)|終着駅に行ってきました#14

文=服部夏生 写真=三原久明 「え、それだったら、この前出た本に書いてあるから」  食した料理の名称の由来を聞いたら、返ってきたのは、けんもほろろな言葉だった。声の主である女将は、こちらをちらりと見たあとは目すら合わさない。  ああ、来たぞ。この感じ。  僕は心の中でつぶやいて、どう言葉を継ぐべきか、頭の中をフル回転させた。  ここは神奈川県の浜川崎駅のそば。鋼管通りという大通り沿いの中華料理店である。 * * *  年末だった。岡山から新幹線と在来線を乗り継い

息遣いが伝わる鉄道と町と、“頑張っている”人たち(阿下喜駅・三岐鉄道北勢線)|終着駅に行ってきました#13

「こんなに積もったの、半世紀以上ぶりなんですってよ」  風呂上りのミネラルウォーターを購入した僕に、レジの女性は、そう声をかけてきた。 「藤原の方では60cmも積もっているんですって」  ここは、三重県にある阿下喜駅。その斜向かいにある温泉に隣接した売店である。  窓越しに見える空は、痛いくらいに青かった。冬の透明な陽光が、雪を溶かして、軒先からぽたぽたと水滴が落ちている。朝一番に訪れた時は、建物へのアプローチも雪に覆われていたが、今は濡れた路面が姿を見せている。山間

どこにもない”郷愁"を持つ町の、やさしい夜(岳南江尾・岳南電車)|終着駅に行ってきました#12

「あー、だから日本はダメなんだよ!!」  店内に大声が響く。声の主は、ついさっきまで地元話に興じていた隣の常連氏である。  何ごとかと、彼の視線の先にあるテレビ画面を見ると、サッカー日本代表のディフェンダーたちが自陣でゆっくり球を回しているところだった。  革命レベルの切迫した声だっただけに、スポーツが根源的に内包する平和さが心にしみた。少し落ち着いて観察すると、開始まもない時間帯で、双方無得点である。焦る局面ではなさそうだ。  攻撃を組み立てるための時間とってんじゃ

港町の飾らぬ人々が織りなすひととき(仙崎・JR山陰本線)|終着駅に行ってきました#11

「おいしかったです」  中学生のその言葉に、それまで仏頂面しか見せなかった居酒屋の大将が、なんとも嬉しそうな笑顔をこぼした。隣で女将が、またおいで、と語りかけて、夜更けの長門市駅前の居酒屋が、やさしい空気に包まれた。  今回の旅は、中学を卒業したばかりのわが息子を連れてきた。終着駅の旅で、仙崎に行くことが決まり、軽い気持ちで「君も行くか?」と尋ねたら、「行きたい」と返してきたのである。 「誘っといてなんだけど、意外だな」 「一度、ミハラさんにも会いたいしさ」 「仕事

哀愁の街を通りすぎる人と、とどまる人(三角・JR三角線)|終着駅に行ってきました#10

明治時代の国策に基づいて開港した三角港に、直結する駅として作られた終着駅、三角。時は流れ、港の規模も小さくなった今も、観光地・天草への玄関口として、地元の足として大切に使われています。穏やかに広がる海でとれた魚をいただきながら、中年男性ふたり組の夜は、静かに流れていきます。〔連載:終着駅に行ってきました〕 文=服部夏生 写真=三原久明  春の光を浴びた海が、突然、車窓に広がった。向かいの席に靴を脱いで座っている小さな姉妹が歓声をあげる中、ディーゼルカーは海辺を快走する。煙を

赤い電車が連れていく、踏切が鳴る街(吉良吉田・名鉄蒲郡線/西尾線)|終着駅に行ってきました#9

かつては観光地への玄関口として名鉄特急もやってきた吉良吉田。三河線が廃線となった今は、その規模を幾分か小さくしながらも、地元の人たちに愛用されています。そんな終着駅のある、穏やかな街の食堂では、今宵も常連たちが贔屓球団の話で盛り上がります。〔連載:終着駅に行ってきました〕 文=服部夏生 写真=三原久明 「寺もあれば、自然もある。何を見たいか言ってもらわないと紹介しにくいのよ…」  吉良吉田駅前の喫茶店の女将は、幾分かの困惑とひと匙の憤慨が混ざった口調でそう言った。  苦

うず潮の街でつむがれる半生記(鳴門・鳴門線)|終着駅に行ってきました#8

かつては日本を代表する塩の生産地として隆盛を極めた、鳴門。その街にある小さな終着駅には、今も昔も人々を乗せた列車が発着しています。多くのお遍路さんたちも歩いたという、撫養(むや)街道。その一隅にたたずむ小料理屋で、夜は、温かくしっぽりと更けていきます。(連載:終着駅に行ってきました) 文=服部夏生 写真=三原久明 「終着駅は始発駅って言いますものね」  居酒屋のカウンターの内側で、ぼくたちがこの街に来た理由を聞いた女将は、しみじみと言ってうなずいた。北島三郎が歌った名曲の

夜更けの酒場で紡がれる、あの時の物語(仙台空港・仙台空港鉄道)|終着駅に行ってきました#7

東北を代表する政令指定都市、仙台。空の玄関口、仙台空港に隣接した終着駅は、東日本大震災による津波の被害を受けながらも、力強く復活をとげました。そこから出発する銀色の列車が連れて行ってくれる仙台の街は、今宵も皆の記憶を包み込んで、静かに更けていきます。〔連載:終着駅に行ってきました〕 文=服部夏生 写真=三原久明  個人的な話だが、ぼくは大学の5年間を仙台で過ごした。1年余分なのは、留年したからである。  仙台の街にはあまりいい思い出がなかった。何をしたいのかわからず、勉強

轟音を響かせ、日本最東端の“ハイカラな町”へ(根室・JR根室本線)|終着駅に行ってきました#6

道東を代表する漁港を抱える町、根室。進取の気質に富んだ町には、ハイカラな洋食と建物、心地よいジャズを流す喫茶店と、よそ者を快く受け入れる酒場。そして轟音を立てて走り続けてきた鉄路がありました。〔連載:終着駅に行ってきました〕 文=服部夏生 写真=三原久明 「すみません、ちょっといいですか」  ここは、北海道の根室港。硬く凍った雪の向こうには海が広がり、かなたにはうっすらと国後島が見える。港の突端では、海から戻ってきた漁船が水揚げを始めている。それを目ざとく見つけた海猫たち

開拓地の酒場に集う、心やさしき荒くれども(小島新田・京急大師線)|終着駅に行ってきました#5

工場地帯の入り口にある、昭和の香りを今もとどめる終着駅は、日本の産業を下支えしてきた京浜工業地帯に勤める人たちの玄関としての役割を今も果たしています。そんな駅のそばにある、スタンドの酒場には、ちょっぴりラフで、ほんのりあったかい空気が流れていました。〔連載:終着駅に行ってきました〕 文=服部夏生 写真=三原久明  小島新田駅に降り立った我々を出迎えたものは、風の音だった。  夕暮れ時。ミハラさんと待ち合わせて、京浜川崎駅から大師線の赤い車両に乗り込んだ。5キロにも満たない

“ちょうどいい”町へと連れて行ってくれる、奇跡の電車(勝山・えちぜん鉄道)|終着駅に行ってきました#4

かつて織物の産地として名を馳せ、近年は、恐竜の町として再注目される町、勝山。白山連峰からの雪解け水が流れる静かな町に、奇跡の復活を遂げて、コトコト走る鉄道で訪れるとそこには人との繋がりを大切にしながら、背伸びせず、いいものを作り出す人たちがいました。〔連載:終着駅に行ってきました〕 文=服部夏生 写真=三原久明  昼下がりのえちぜん鉄道の電車には、女性の車掌が乗っていた。車内を忙しく動き回り、乗客ひとりひとりに声をかけ、無人駅から乗ってきた客には切符を発行し、降りる際にひと