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5.ありえない

[これは全て私の過去の出来事です。]


結婚生活はそれなりに楽しかった。

新築のマンションはとても居心地がよかったし、
結婚後も変わらずフルタイムで働いていた私は、
仕事と家庭を上手く両立出来ている自分に酔いしれていた。


私の思い過ごしだったんだな・・・

しばらくは平穏な日々が続いていた。。。






夫には競馬の趣味がある。

毎週末、競馬新聞に『赤ペン』でびっしりと予想データを書き込み、
テレビ中継に張り付き、電話で馬券を購入していた。

そして私は、その時間夫に話しかけることを禁じられていた。

集中したいのだそうだ。

反抗してもよさそうな話だが、当時の私は、さほど気にしていなかった。




結婚から半年ほど過ぎた冬、夫の祖父が亡くなった。

東京に住んでいた私たちは、現地で着替える手間を省くため、喪服のまま新幹線で祖父の家へ向かった。

週末の東京駅は帰省客でごった返していた。

新幹線を降り、その後タクシーに乗り換え、
祖父の家へと向かう道中、


「ここで止めて下さい」

突然、夫が言った。

家はもう少し先のはずだけど、、、?

横に座る夫に訪ねようとしたその時、

「ちょっと待ってて」

と、
ドライバーに乱暴に言い、
慌てて公衆電話の方へ走って行った。
 
*その頃まだ携帯電話は普及していない*

何か急用かな?

もうすぐ祖父の家に着くのだから、そこで電話を借りればいいのに。

そう思ったが、夫なりに気を使っているのだろうと思い直した。

少しすると夫が走って戻ってきた。

そして…

「間に合った 間に合った」

「今日は重賞レースだからさー」


と、言い放った。

まさか、

競馬?


祖父の『通夜』の日に?

ありえない


私は言葉を失った。

そして翌日、
火葬場へ行く道中も、再び馬券を買っていた。

なんのレースだか知らないが。






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