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頑張って極限集中に入れるわけがないのに未だに根性の呼吸。

僕は頑張らない。頑固に踏ん張らないし、我を張らない。ストレスはかかってしまうのが社会的動物であるけれども、アイドリングなくらいが丁度いい。

日本のステレオタイプ的なスポーツに限りなく寄っていくと、なんだか根性と瀕死感で突っ走る苦行になっていく。「崖っぷちでやれ。」みたいな。でもなんか違和感だらけなのは僕だけだろうか。

Heart beatしていないとたどり着けない領域もあるだろうが、極限状況のいわゆるゾーンとか没入とかって実は根性の先にはない。チクセントミハイ先生のいうフローは適度の緊張感とリラックスの間であるというのは最近ではご存知の方も多いのではないでしょうか。最適体験とも言いう。

子供達を見ていても思うのは、遊び心満載の子達は一生懸命頑張ってやる子よりも伸びが大きい。というより集中の度合いが違うのかもしれない。

“ゾーン”に入っている人を離脱させる方法で1番簡単方法を皆さんご存知でしょうか?

それは「それもう一回やってみて。」です。

禅でいう、雑念というやつだ。流れ(フロー)を止めるには最適な状態から離脱させる方がいい。今この瞬間から過去へ戻す。

一生懸命やる行為は素晴らしい。何かに向かって積み重ねるのは。しかしなんだかスポ根とか熱さとか崖っぷち感が足りないのが否である、という結論には僕は非常に違和感しかない。それで生きている人はそれでいいかもしれないけれど。でももう科学も心理も、本気でクリエイティブだったり世界への接続感(ゾーン)であったりするには目指す方向が違うとはお節介ながら言っておきたい。

ちなみに「死」を意識するとパフォーマンスが一時的に上がるそうだ。


最後の結びに、禅と死とフローに関連して、このやりとりを選ぶ。

「生死交謝の時如何」(人が生死の岐路に立った時はいかにしたら良いでしょうか?)

和尚が答えた。

「両頭ともに裁断すれば、一剣天に倚つて寒し。」(お前の二元論を断ち切れ。一本の剣だけを静かに天に向かって立たせよ。

出典





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