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Labの男6

 Labの男6

なんてことない日
適度な天気 適度な気候
適度に不便な町
緑に恵まれたのどかな住宅街を
新聞配達員はカブで走り回っている。
コンビニ行くのに徒歩で10分ほど
かかっちゃう田舎町。
万次郎が住んでいるハイツは
3階のよく西陽が当たる位置に部屋がある。
カーテンも付けていない野ざらしの窓から
ダイレクトに西陽が浴びせられる。
いくら眠っていても眩しさで
夕方には必ず目が覚める。
昨夜は酒を呑んでいないからか
すこぶる寝覚めがいい。
もう夕方なんだけどね。
時折りココロがしな垂れて
水を求める花のように傾くけど
よく眠れているのか
思いのほか気持ちを切り替えれるのに驚く。
寝る子は育つなんて言うけれど
投薬実験からは、ことの他
頭が働き過ぎて考えが定まらない。
それは、どうでもいい下らない事柄でも
考えだすと歯止めが効かなく
エネルギーを持て余している感覚に近い。
考えが毛細血管を一気に駆けめぐり
細部にまで展開されてしまう。
昨日あたりからか、ようやく
考えがひとり歩きしない様になってきた。
段々と思考の暴れ馬に手綱をつけて扱える
ようになりつつある。
勝手に目に飛び込んでくるモノ、景色に
いちいち反応、あふれてくる感想にも
見て観ぬふりが上手になった。
今更だけど、コレを日常的にオートマチックに
こなしていたのかと思うと人間のポテンシャルと
人体の素晴らしさに感動すら覚える。
この漏電しそうなエナジーを以前は
どのように対応していたのかが分からなく
何がなんだか頭はすこぶる絶賛稼働中。
日常にこなしてきた事柄を再起動 再確認
している気分だ。
もう以前のことなんてもう
どうでもよくなってきている。
とはいえ
どうにかなっちゃうかもしれない恐怖は
時折り顔をのぞかせるが
次回の実験が楽しみで仕方がない。

しばらく実験日までは何もない………
どぉ〜したのもか……
大学のさらに小高い丘を登った所には
いい景色が望めるスポットがある。
運動がてら登ってみるか。
今から行けば黄昏時の景色が堪能できるぞ。

少し肌寒いかもしれないがそのまま出かけた。
思っていた以上に、いい風が吹き抜けていく。
山の裾野から丘に向かって上がってゆく。
いざ登り始めると気持ちがいいモノだ。
季節が移り変わろうとしているのが肌身に分かる。
2〜3日前なら
そんな事にも気が付かなかっただろう。
投薬実験の副作用で
もしかすると、以前のように感じられなく
なるのではないかと要らぬ不安がよぎるが
むしろ新鮮に物事を感じるようだ。
陽の光を浴びて地面を感じ歩みを進めつつ
以前には感じとれなかった空の広さに
雲がちぎれてゆったりと流れてゆく。

  あの子にも教えてあげたいな……

なんて事は置いといて、歩みを進める。

そろそろ絶景スポットに差し掛かろうとした
辺り、ふと盛り上がった起伏に目がいく。

 「んっ〜と、あんなのあったっけか?」

どうやら 祠【ほこら】があるみたいだ。
少し山なりになった裏側に穴を見つける。
子君味が良くない雰囲気に恐るオソル覗きこむ。
朽ちている穴の縁から中を見ると
両側に白い木製の狐が巻物を咥えて
鎮座している。
中に立ち籠る湿気と
漂うナニかの重さが感じられる。
互いのキツネは紺色と朱色の首巻きをしている。
ちょうど祠に入る手前に鳥居の痕跡があり
鳥居があったであろう場所には
朽ちた朱色の木が倒れている。
白いキツネの奥には神棚らしき石台があり
中央に丸い鏡が祀ってある。くすんでいて
分かりづらいが年代物の銅鏡であろう。
鏡手前にはこれまた年代物のとっくりが2つ
小皿2つ、とぐろを巻いた白い水玉【まずたま】
トグロ部分がフタになっている丸い器。
鏡の後ろには稲妻型の四角の紙が
4本釣られている。
四出【しで】神聖である事を表し
悪きものを寄せ付けないためにある。
紙の劣化具合くすみ方から
相当時間が経っているのだろう。
その後ろに木製の小さなお宮が祀ってある。
それはそれは立派で
ミニチュア版の建物そのもの。
厳かに門は閉ざされている。
手入れも行き届いていないのは
鳥居が朽ちてしまって
誰も気が付かないからだろう。
所縁のある、土地神さんなんだろうな。
急に祟られるんじゃないの?がよぎり
背中に冷汗がじんわり
少し気味が悪くなったところで
そそくさと手を合わせて絶景スポットへ。

歩みを進めてしばらくすると
吹き抜けてゆく風の流れが変わった。
広大に解放される視野と共に高鳴る気分が
みるみるうちにオレンジに染まってゆく。
パノラマに展開される足元には小さくなった
映画館と居酒屋
絶妙のオレンジに染まった街並みは
どこかの異国情緒を漂わせ
なんともいい塩梅に目にやさしい。
片田舎といえど
これほどの人達が生活を営んでいる。
ウソみたいに柔らかく穏やかな気分だ。
とても生かされている。そんな気がした。
ポケットのタバコを取り出しライターに火を
つけようとカチッ
ガスが無くなってる?カチッカチッカチッ
カチッカチッ火花は出ているが着火しない
ライターをブンブン振り回しては
風が当たらないように
左手でライターを覆い隠し
何度も何度もくり返す。あれっおかしいな
ツゥ〜ッ 頬を涙が伝っていた。
涙が溢れた途端、火が着くタバコ
やれやれ
スーーーッ、はぁ〜っ
煙が胸の隙間にモヤをかけてくれるのか
絶景が身にしみる。
オレンジの灯火がフィルターの根っこに
来る頃には
震える感情の細波は静かになっていた。

 「家に帰ろうかね」

独り言をつぶやいて
入れ替わりつつある景色に背を向けた。
少し小さくなった肩で夜風を切りながら
何事もなかったように歩き出す。
「無意識の発見」下巻でも読み出そうか
その前に記憶が定かでない上巻を
読み直してみよう
終盤の何ページかはまだ読めてなかった筈だ。
残りの持て余すであろう時間は
深夜番組でも観て、お茶を濁して眠ろう。
こころなしか
景色に何かをおしつけた分
帰路の足取りは軽く感じた。

自宅に戻った頃にはすっかり夜になっていた。
ハイツの入り口に差しかかって
少し胸が締めつけられる。
横並びの郵便ボックスに
白い紙が刺さっているのが視界に入ったからだ。
紛れもなく手紙。
すぐにでも手にしたい気持ちとは裏腹に
スルーして放っておきたい気分だ。
が、見つけてしまったものは仕方が無い………
手に取った途端ナゾの小走りで3階へ
部屋に飛びこみ、ちゃぶ台に置いてみる。
手紙の消印は無い。
直接郵便ボックスに投函されたモノだ。
ますますイヤな予感がする。
ハナからボックスに投函するだけのつもり
だったのか、
在宅していなかったから投函したのかは
分からないが
気持ちを立てなおしは、したものの
一旦そのままにして立ち去りたい。
家ではそれは叶わない。
 「お風呂に入ろう。」
浴槽にお湯を貯めている間も
ハードボイルドな顔で手紙とにらめっこ。
状況は何も変わらない
脱ぎ始めているが
お湯はまだ1/3も貯まっていない。
滑り込むように寝転んでお風呂に浸かるも
いても立っても居られない。
すぐさま蛇口をひねりお湯を止める。
裸のまま仁王立ち
ちゃぶ台に存在感のある手紙。
あらかたの想像がつく手紙。
意を決して置いてある手紙に手をのばす。
白い封筒の真ん中に ポツンと
 工藤  アキラ 様
そのほかには一切、何もないシルプルさ。
ビリッビリビリ、やっとの思いで開封。
すぐさま風呂場に駆け込みそうになったが
何とか封筒の中の便箋を取り出した。


 あなたは誰に対しても分け隔てなく
 屈託もなく笑い朗らかに話す。
 私のためだけに、私にだけ
 話しているのかと勘違いしてしまうほど
 私の胸の奥をノックする。
 私には貴方が眩し過ぎる。
 貴方が私を恋人だと思っていても
 私には貴方を恋人だとは思えないくらい
 罪悪感を隠し持っている。
 キラキラとしている貴方を前に
 私は立ちすくんでしまうんです。
 ずっと眺めていたいだなんて
 思ってしまうんです。
 出会って1年は経とうとしているのに
 私のココロはいつまで経ってもあの日のまま
 秋をグルグル回って一向に季節は巡らない。
 貴方に認めてもらおうと遠吠えようとも
 黙って貴方は、すべて受け止める。
 だから嫌いだ。

 もう安らぎを無責任に与えないでください。
 ダメになってしまう。
 泣いて済むくらいなら
 季節は止まってないだろうな。
 同じ歩幅で一緒に歩まないで欲しいんです。
 触って欲しいところを撫でないで欲しいのは
 痛々しい大事な所がぼやけてしまうから。
 だから私は
 旅に出ようと決めたんです。
 根腐れ起こさないうちにね。
 貴方があなたであるだけで充分なのに
 私は行こうと決めたんです。
 貴方と一緒の季節を過ごすために
 前に進もうと思ったんです。
 こころ変わりした訳ではなくて
 私は貴方のことが大好きです。
 一方的な手紙でごめんなさい。

 もし1年後くらいに会ってもらえるのなら
 とても嬉しいです。


初めて風呂に入ってタバコを吸った。

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