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Laboの男4

 Labの男4

土足で入っていいカーペットじきのフロアー
なんの飾り気もない無機質な壁
シンプルな家具、落ち着いた色のベット
1人用の机と椅子。天井には大衆浴場にある様な
大きなファンが回っている。
ショールームにしては広過ぎる
壁一面マジックミラーの無機質な部屋に
1人座っている男 工藤 アキラこと 
ジョン 万次郎は重苦しい扉が閉まってから
そのままの姿勢で座っている。
しばらく動きはない。
マジックミラー越しに眺める2人。

そうそうと、思い出したように
自分のコードネームが明智 小五郎になったと
野口に伝えると笑っていた。
ちなみに、彼はジョン 万次郎だから
と伝えるとさらに
のけぞって笑う。
ひとしきり笑った後
中指でメガネを上げながら
カーリー野口
 「そろそろ薬の効果が出てくる頃かと」    

 明智
  「彼は若いから反応も早いだろうな」

 「よくあんなレア被験者見つけてきましたね。
  我々が望むような実験結果を
  もたらしてくれるかは別なんですけど
  期待しちゃいますよね。
  ちょっと引っかかるのが
  あの年齢ではもっと数値が不安定でも
  おかしくないのに不思議なんですよね」

七三分けをかき上げながら明智
  「そこなんだよ〜。ただでさえ若いのに
   彼女に振られて少しは動揺していても
   おかしくないんだけどなぁ
   数値のブレがなさ過ぎだ」

  「それにしても
   何にも考えないで生きてたな〜あの頃
   ショックな事があったら、そりゃ〜
   少しは投げやりになって
   片輪走行の荒んだ生活になっても
   おかしくないんだけどね」

メガネを拭きながら野口
 「ある意味、すでに幼い頃に劇的な経験を
  しているからなのか
  早い段階から人格パターンが
  成熟しているのかもしれませんね。
  個人と他人の分け方、もしくは見え方が
  幼少の頃から少し違うのかもしれません」

頰づえをついて万次郎を眺める明智
  「確かにね。色々あったのかね〜。」

メガネをかけ直し野口
 「人科は不思議な戦略を選択した動物。
  産む側の効率と肉体的に未成熟で
  産まれるせいもあるのか
  脳の機能は20歳にはほぼ全て成熟すると
  言われるんですけど成長は継続」

 「前頭前野は未成熟で
  総合的判断、衝動抑制、行動結果予測の
  高次機能を司るエリアは絶えず更新される。
  ニンゲン界で生活を円滑に過ごせる様に」

思い出した様に野口を指さして
  「あの頃だと衝動抑制なんて効いてたのか?
   行動結果予測は発動していたのか?
   と言わんばかりの
   快楽に溺れる毎日だったな〜。
   取っ替え引っ換えのダブルブッキングを
   気合いでかわす日々よね〜」

「明智さんは
 そっち方面の【人でなし指数】が
 高いですもんね〜。だって
 女性全般、ヒトとして見てないですもんね」

 「なにを言ってるんだっ
  オレにはまだ見ぬ
  プリンセスが待っているんだよ!
  オレの目を覚ますべく!キスをしてくれる
  お姫様がさぁ〜」

野口のメガネが光っている。 フッフフフッ

「知らなかったですよ!明智さんって
 眠れる森のおじさんだったんですね〜ははは
 イバラに絡まったおじさんっ〜だっははははっ
 まだ明智小五郎のシークレットガーデンは
 閉ざされたままなんだ。
 だっははははっ」

  「うっ うるさいよ!ほっときなさい!」

大きな羽が3枚ゆっくりと回転している。
ファンが回っている音だけが
繰り返しリズムを刻んでいる。
軽く瞳を閉じて首をまわす。
目を開けて、まわりを一通り眺めてみる。
万次郎は
それといって特徴がない部屋に安らぎを感じた。
目線を足元に没収されなかったカバンから
あらかじめ用意していた本を取り出す。
手元に本を取って膝元へ置く。
白と紫のカプセルを服用してから数分
突然、
右後頭部方向に引っ張られる感覚に襲われるも
実際にはカラダは動いていないみたいだ。
ふと立ちくらみを感じた途端
口の中の違和感、もたつく舌、乾きを感じる。

 「これのことか?副作用?」

ふ〜っため息をついて視線を本の方へ
ハードカバーの古い絶版の本。
読むのに億劫になっていた本を
このために用意した。
「無意識の発見 上」
アンリ・エレンベルガー著 昭和55年発行
約500ページのまず誰も手に取らない
ハードカバーの本
力動精神医学の歴史の本である。
現代の精神科医は知らないかもしれない
力動精神学という古い言い回し。
深層心理学の名著らしい。
ふぅ〜〜っ呼吸が深くなっている。

カーリー野口
 「懐かしい本持ってるね〜。さらに興味
  惹かれるね〜万次郎いい趣味してるよ。」

自分でも驚いているのが
普通に日々を暮らしてしまっているところだ。
いつもより酒の量が増えたり,
寝付きが悪くなるだとか、食欲が落ちるでもなく
炊事、洗濯、掃除、
なんの苦なしにこなせている。
かといって、悲しくない訳ではない。
なんの脈絡もなく、
悲壮感漂うドラマチックなシーンが
彼女の悲壮感あふれる悲しみの表情が
手ブレ映像で流れるんだけれど
感情の水面は波立たない。
彼女がどう感じたまでは分かりかねない。
むしろ、何かをしている方が気楽なのかというと
そうでもなく、1〜2時間ボーッとしたりもする。
昨夜もグッスリ寝れている。
なんなんだろうか?

本を読むタイミングは決まって寝転がってが
お決まりなのだが読み進めているうちに
夢中になって忘れていた。
これは薬理効果なのか
恐ろしく頭の中が澄み渡っている。
活字がドンドン入ってくる。
思いつくスピードと書く手が間に合わない
みたいな事がゼロだ。
読んでいるスピードと自身が考えているスピードが
同時進行で混線しない
集中の次元を超えている気がする。
自身の感覚と体のディレイがほぼない。
目の前に広がる新たなる好奇心の情熱に
そんな感覚も活字の波に押し流されてゆく。
凄まじく頭が爽快な気分だ。
 森の中にひっそりと佇む湖
 その水は認識できないほどの透明度の高さ
 集中度と邪魔にならない
 多岐にわたる思考の鮮明さ
そんな考えも同時進行でこなせてしまう
もの静かな意識の鮮明さ。
それでも活字を読む目は止まらない。
部屋を探索したい気持ちが湧き上がってくるも
それでも瞳は活字を追い続けている。
しかも並列に楽しさも増してゆく。
こんなに本は面白かったっけ?
集中の深度の深さに驚きが隠せないのに
活字を追う速度は止まることを知らない。
自身の感情、感覚が背後に置いてかれるに近い。
思考のボリュームは下がってはいるが
拾おうと思えば拾える。
読解の楽しさのボルテージ
回転数は上がりっぱなし
言い表せない興奮が湧き上がっている。
幼い頃の没入感はこれくらい密度が高かったのが
思い出されるのと同時に
たやすい行為だったと記憶が甦る。
それでも活字の湖を潜り続けている速度は
止まらない。どうなっているんだ?

 ピチャン ピチャン
恐ろしい速度で振り返る万次郎。
ウォーターサーバーから水が一滴

 「なんて気持ちのいい音なんだ!」

ドルビーサラウンドのステレオフォニックに
耳の中へと届けられる。
感度が良過ぎるぞっ!と思った矢先に
自身の喉の渇きに気がつく。
おのずと足はウォーターサーバーへ
紙コップをおもむろに取りまず一口
のはずが一気に飲み干してしまった。
続けざまに2杯目に突入。
なんだこの喉ごしは?まるでビールの様に
五臓六腑にシミ渡る。
刺激ブツ、アルコールが混ざっていなくても
この破壊力の みず!
そういえば幼い頃は水で十分
それだけで満足だった事を思い出すも
ふと何をしようとしていたのかを忘れる。
そうだ本の続きを読もう。
椅子に置かれた本の方向にゆっくりと振り返る。

カーリー野口
 「一つ一つの事に感動してるみたいですね。」
明智
 「まるで生まれ変わったように感じるだろな」

「いかにヒトは日々の生活に追われて
 スイッチを切って生きているのか
 何度観ても飽きないものですね」

 「我々の研究方向が純粋に覚醒方面に
  向いてくれりゃ〜いいんだけどな
  現状では国家利用方面と軍事開発方面に
  しっかり進んじゃってるね」

「どう転んでもボクの出来ることは
 決まってますし
 風向きの舵きりはそっちの仕事です。
 腕の見せどころで
 明智小五郎先生にかかってますよ」

 「そこなんだよな〜
  誰か代わってくんね〜かなぁ
  部長に掛け合うしかないかぁ〜
  表情がちっとも変わらない
  アイアンメイデン部長
  知ってるだろっ部長苦手なの」

「どちらにしてもボクは研究するしか
 無いんですけどね。
 少しは融通を利かすことはできますけど」

こめかみを人差し指でトントン
 「かぁ〜
  一部の人間にしか利用できないから
  権力になるんだもんな〜」

 「開発は万人に役立って欲しいのは
  山々なんだけど、それじゃ〜
  相手を出し抜く事はできない」

 「事を有利に運ぶ為のツールとなると
  我々が思うようには研究は続けられなく
  なるだろうからな」

 「そうなると
  あとは我々サイドでないと
  コントロール出来ない既成事実を先に
  作っちゃうしかないか」

適当に話してるように見えて
しっかり真剣な明智小五郎

肩をたたくカーリー野口
 「さぁ〜お仕事っお仕事っ。」

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