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Labの男26

 Labの男26

敷居なく広く間取られたこのスペースは
おそらく食堂だろう。
沢山のイスと長机が所狭しと並べられ
100人位は優に収容できる広さだ。
スキーヤーがカレーだとか肉まんだとか
食べたりホットコーヒーで一服
と賑わいが想像できる。
万次郎の座っている位置から
奥に厨房らしき空間が見える。
その厨房をバックに来栖は話している。
監督が選手たちにレクチャーするように

 「身体は、脳が動かしているって思ってるだろ?
  ジョンっそれはまったく、違うんだな。
  運動がダメだって聞いてるから
  説明してるんだけど、
  そんな種類の人間は、大体の場合
  頭でっかちタイプにカレゴライズされる」

 「脳はあくまで、指令を送ってるだけだ。
  私の能力は身識【しんしき】
  比較的動ける部類の肉体派な能力だ。
  だからこのことは経験則と肌感覚で分かる」

 「私の場合
  身体機能がUPするのはもちろんだが
  それはオマケで真の能力は体感が上がる所だ。
  空気のツブを皮膚を介して肌身に感じるくらい
  感覚のボリュームを上げることができる。
  そうだなぁ〜例えるならスローモーションに
  感覚だけで結界を作れる感じに近いかな。
  あまり意識はしたことが無いだろうが
  我々ニンゲンは気体におおわれて生きているが
  小さな気流の変化
  近づいてくる人の温度だとか
  気体に重さがあり水中の臨場感で感じられる。
  空気も水もツブだからな。
  そのツブの振動が微妙な変化を感じとれたりと
  水の中をかきわけて身体を動かす感度だ。
  普段はオフってるけどね」

身識【しんしき】根本は体験を楽しむ 身の心
どの識であっても楽しむのが近道だ。
逆に愉しめているなら余裕がある証拠だから
得意分野なはずだ。
感覚的に説明がなくても解るというのは能力で
センスの話に近いが
感覚の話は第三者には伝わりづらい。
体感を語るしかないから、経験していないと
第三者には全くもって響かない。
解るか 解らないか の二択しかない。
他人に理解してもらえるか?もしくは
説明できるか?は別問題。
元々のキャラクターとしての発展系が
『なんとか識』として表れる。

  橘【明智】の眼識【げんしき】
アイツは意外と繊細だから何をするにも
確かめてから動く。だから眼なんだ。
逆にいうと視覚的に惑わされやすい
ってのもある。
非常にオスっぽい点でもある。
視覚的に興奮を得るってところがな。
よく稽古をつけてた時に言ったよ。
「目で全て追うんじゃない、感じるんだよ!」

  野口【玄白】の耳識【にしき】
アイツは兎にも角にも知りたいんだな。
アイツのいい所は情報を得ても
支配しようとしない
コントロールしようとしない所だ。
だからナニかに付けて受信するんだ。
色んなモノからの波長を感じることが出来る。
が、判ってしまうと冷たくなる節がある。
釣ったさかなには、エサをあげない感じだな。
旦那の、奥さんの扱いが悪くなるのに似ている。
ただでさえ興味の対象じゃないモノには
耳をすまさんから、からっきしだ。

そこで、ジョンは何識なのか?
私のカンだと意識【いしき】なんじゃないかと
踏んでいる。どの形にのびるかまでは解らんが
おそらくそうだろう。
一緒にいて分かるくらいダダ漏れだからな。
頭から電気が漏電してる位に
色々漏れてるからな。
オマエの悪いクセであり得意技だ。
勝手にやってのけてるからな。
何で身体の話から、したかというと
脳が動く前にカラダは動くからだ。
なんだったら、思う前に動いている。
想いがあって
想いは脳を介さずに動かせるからだ!
イメージが大事だから言っておくぞ。
脳が人間の1番大切な器官だと思われているが
そうではない!
どのパーツも等しく大事でどの器官も等しく
素晴らしいパフォーマンスをしている。

ほら、バンドではリードボーカルが目立つが
ギター、ベース、ドラムスと等しく
パフォーマンスしているのと同じだ。
あくまで腸だとか心臓だとかと同じで
上下関係は、ない同等の器官だ。
生命維持に関わってくるのは
脳だが目立っているだけだ。
もちろん脳が無いと指令は送れないんだけれど
現代人が思うほど重要ではない。
物質を凌駕するところの方が
よっぽど大事なんだ。
現代ではニンゲンは元々
マルチタスクが不得意だと判明している。
1度に沢山のことをこなすことだな。
効率よく合理的になんて
カッコつけてよく言ってるだろ?
マルチタスクの実情は
手を止めて別の事をやってまた次やってと
ひとつひとつ分けてやっているだけで
1つのことを終えてから次をする方が
パフォーマンスのクオリティが高いそうだ。
エネルギー効率が悪いってこと。
そんなに都合よくできてないって事だな。
日々の下らないルールがあるだろ。
社会だとか金がいるだとか歯をみがくだとか
どうでもいいの。
とてもマルチタスクしすぎてナニが何か
訳がわからなく
こんがらがってきてんだ現代は。
そこで自分にフォーカスをあてる練習が
今回の修行内容となる。
自身の内側に聴くアプローチ方法だな。

今、ここ、現在に集中するクセを付けてもらう。

考えない練習だ。ジョンが1番苦手な奴だな。
考えるのが悪いんじゃなくて
集中の邪魔になるんだ。
阿頼耶識【あらやしき】の 末那識【まなしき】
自分の都合ばかり考えるクセ
エゴ発想の切り離し方だな。
ジョンのいい所は
興味の対象には恐怖を抱かない
無意識に集中できてるって事だな。
居酒屋で話してよくわかったよ。
善悪関係なく見るだろ。
まぁ 実際、善悪なんて無いんだけどな。
おもしろければ結果オーライ的な発想。
そっかっ!その感覚さえないだろうな。

運動音痴に典型的なのが、なまじ頭が働くから
これはできないって明確に想像してしまうのが
ストッパーになる。動きを重たくする。
大小関係なく
日常に潜んでいるコレが厄介なんだ。
可能性の芽を摘んじゃう事にも繋がる。
まずヒトが最初にぶち当たる壁は
あやつる、操縦する、自身の体だ。
それがそのまま自身の
環境にも発想にも影響がでる。
そう考えると
とんでもない差が出てしまうのも仕方がない。

元々脳の電気信号を体に伝え上手じゃない
口下手ならぬ身体下手は存在するが
ヒトが思っている以上にカラダは機能する。
ただ本人が望まない限りは動かんがな。
説明はこれくらいにして
身体に聞いていこうじゃないか。
と言って来栖は外へと手招きをした。
廊下を歩いてる途中で考えている万次郎に
話しかける来栖

 「運動が苦手なんだな。ジョン
  思考がダダ漏れだな。
  まだどんな事をするか解らんのだから
  考えても〜仕方ないじゃない?」

と言って肩をたたく。
おっしゃる通りだ。
全く点眼するようになってから
すこぶる思考が止まらなくなっている。
楽しんでいる時は一切おしゃべりが無くなるのが
不思議にっ、と思い出した。
 「メイデンさん、忘れ物を取ってきます。
  眼薬するの忘れてました」

「ああ、クリスタル粉のことか。
 外で待ってるよ」

部屋に戻ってポケットに入ってる
点眼薬を取り出し
眼球に刺さらないように ブスッ 痛っ!
ちょっと刺さっているが
気を取りなおして左右3回ずつ噴射
しばらくすると
右後方に引っ張られる感覚を確かめてから
 「よし、行くか」
いよいよ修行が始まるのを実感する万次郎。

建物を出てすぐにゲレンデへと繋がっている。
と言っても今は長い上り坂になっている。
前で待っていた来栖
 「あらためてジャージ似合ってるな!
  わざわざ家に帰って取ってきた
  甲斐があったな。
  それじゃ〜履き物を脱いで そうそう
  靴下も脱いで裸足で地面に立ってくれ」

言われた通りにする万次郎

 「次に手のひらを外返しに表に向けて
  深呼吸の動作前、手の位置を、そのまま
  息をする。すぅ〜〜〜っ しばらく息を止めて
  できるだけ長く息を吐く〜ぅ そうそう
  吐けるだけはいてぇ〜〜っ」

これが基本の呼吸法 2吸って 1止める 7吐く
いつ何時でもやるように。現代人は
吸ってばっかの身体が緊張しまくってるからな。

呼吸の
  吸気の方はファイティングの臨戦態勢に傾き
  呼気の方はリラックス状態に傾く。

緊張と緩和のバランスが悪くなると
ため息ってカタチで息を吐く。
呼気を自然にするってことは
肩に力が入ってリラックスが足りない状態だな。
ヒトは生き死にを感じなくても生きれるように
なったからどうでもいい事に過剰に
対応してたりするんだよ。
臨戦態勢の神経が仕事から溢れちゃって
無駄に機能しようとしてる訳だ。

脱力はいい発想を生むんだ。
過緊張が
ネガティブな発想を生み出しやすくなる。
未来のことは
未来になってから考えればいいんだよ。
呼吸はそのまま続けて聞いてくれ。
その状態で目をつぶって
意識を足の裏に地面に立っている自分
その足の裏が接地している
地面から根をはやすイメージ。
接地している足の裏は
地球の上に乗っているとイメージ
足の裏から伸びた根っこで地面からさらに奥
地球のコアからエネルギーを吸い込むイメージ
呼吸はゆっくりと
吐く息をできるだけ長くするように意識しろ。
真剣にイメージするんだぞ!ちょっと雑念が
入ってきてるぞ。すぅ〜〜っはぁ〜〜〜〜〜〜っ
そうだ持ち直して来たぞ!そうだ!

点眼したのも手伝い、穏やかな集中
言葉が素直に入ってくる。
何の疑問もなく全開でヨーガしている万次郎。
とてもすこやかな気分に
なってきているのを身体全体で感じる。

このヨーガの方法は地球から
エネルギーを分けてもらう奥義だ。
真剣にコレができるようになると
恐ろしい程、回復が高まるプラス邪念が飛ぶ。
瞑想なんて言い方をするから大層に聞こえるが
たったコレだけだ。
環境を味方に生きるって、こ〜ゆ〜ことよ。
いたってシンプルなんだ。
誤解が多いのは、集中=他を遮断する
じゃないんだわ。研ぎ澄ます
むしろ環境と共にたたかうってな感じだな。
自身の身体にも味方になってもらって
さらに環境にも助けてもらう。
それがいつでも可能になれば無敵だろう!
忘れてはいけないのがヒトは限りなく独りだが
ヒトはいつでも繋がっている。
今なら空気を介して世界と繋がってるだろう。

よく見ると万次郎が泣き出している。
 「どおしたんだよっ ジョン!」

「あまりにも世界を遮断して生きていたんだなぁ
 って思うと、申し訳なく思えてきて
 それまでも、あらゆる方向から
 メッセージもたくさんあったんだろうけど
 聞き入れてなかったんだろうなって」

 「シンクロ率が高すぎる
  PSYCHO-PASS野郎だな。
  はははっ 魂の戦士にも涙かっ、
  段階があるんだよ。ひとによっては
  じいさんになってから解ったり色々さ。
  ジョンの場合は1人遊びが上手だっただけで」

 「ん?少し邪念が入ってきたぞ。
  呼吸への集中は怠るなよ!そうかっ
  母子家庭だったのかジョン?なるほどな!
  だからか!」

グスンと鼻をすすりながら万次郎
 「クリスタルマンでなくても達人の域に達すれば
  同じようなことができるんですね?グスン
  驚きました」

 「違うちがう
  ジョンの思考が漏れすぎなんだって
  もちろん鍛錬すれば可能ではあるがな」

なんでもバレてしまうんじゃないか?と思ったが
どうも自身の思念は真っ直ぐ過ぎて
そこまで漏れているのかと
少し恥ずかしくなってきた万次郎であった。

凄く性癖はバレないのだろうかが心配だ。

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