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Behind the Scenes of Honda F1 -ピット裏から見る景色- Vol.03

Honda F1の副テクニカルディレクター兼Red Bull Toro Rosso Hondaのチーフエンジニアを務める本橋が、エンジニアの仕事の一部を披露します。

こんにちは。Honda F1副テクニカルディレクター兼Red Bull Toro Rosso Hondaのチーフエンジニア、本橋です。私はテクニカルディレクターである田辺さんの下で(手となり足となり)、Toro RossoのPUオペレーションやHondaメンバーのマネジメント、さらにはFIAとPUに関するコミュニケーションを取る際の窓口担当として仕事をしています。ほかにも、開発に関連して当然ながらHRD-SakuraやRed Bull Technology/Racingとも仕事をしています。

―1000レース目のF1、現場では

今回の中国でのレースは、私が担当しているToro RossoについてはPUのトラブルやクラッシュなどがあり、難しく、かつ忙しいものになりました。それでも最後尾からスタートしたアルボン選手が数々のオーバーテイクを見せ10位入賞を果たすなど、最低限の結果は得られたように思いますし(ドライバー・オブ・ザ・デイにも選ばれましたね。皆さんの投票のおかげです)、中団ではいい戦いをできる位置にいるのではと考えています。Red Bullのフェルスタッペン選手は再度の4位で、表彰台には届きませんでした。ドライバーが速いことは間違いないですし、もっと上を目指しているので当然悔しいです。3レースを終えてパッケージのパフォーマンス差がはっきり見えてきており、PUとしてもさらなる前進が必要だと感じています。昨年一緒に仕事をしていたガスリー選手は今年に入って苦しんでいただけに、今回の6位入賞とファステストラップ獲得は、Hondaのメンバーとしてはうれしいですね。まだまだこんなもんじゃないと思うので、ここから調子を上げていってほしいです。

中国GPは1000回目の記念レースではありましたが、私たちエンジニアにとってはいつものレースと同じく勝利を目指して仕事をするのみで、大きな違いはありませんでした。でも、こういった場にメンバーとしていられたことはうれしいですし、光栄なことだと感じています。

―エンジニアとしてのキャリア

私は入社直後の2001年からF1に携わり始め、田辺さんとはサーキット業務の担当になった2003年からの付き合いです。田辺さんは当時すでにF1やインディの経験が豊富なレースのプロ。いい意味で昔ながらの「レース屋」という感じで、入社3年目でほぼ新人だった私にとってはとても怖ろしい人でした・・・。第二期の常勝チームで叩き込まれただけあって、レースへの取り組み姿勢と進め方はプロそのもので、私にはとても厳しかったです。

実は、同じ現場に長谷川祐介前総責任者もいましたが、長谷川さんはまた別の意味で厳しい人でした。エンジン制御が専門で、社内では「制御屋さん」と言われる人なので、データや数字に関して求められる精度が非常に高かったんです。私はエンジンの開発が専門の「ベンチ屋さん」といわれるグループですが、長谷川さんに中途半端に案件を持っていってコテンパンにされた思い出があります(笑)

2人にはよく怒られましたが、その分色々なことを学びました。今は自分が若手を見る立場にありますが、そのときの経験が活きていますし、自分も若手にとって2人のような存在であれたらと思っています。あ、今では2人ととても仲良くしていますし、信頼してもらえていると自分では勝手に感じていますよ(笑)

―エンジニアとメカニック

さて、現代のF1に話を移しましょう。

サーキットにはさまざまなHondaのメンバーがいますが、マシンのテクニカル面に関わる人たちは、大きく『エンジニア』と『メカニック』の二つに分かれます。(他にも物流/IT/マーケティング/広報/ケータリングなどがいます)

よく混同されがちな『エンジニア』と『メカニック』ですが、簡単に言うと『エンジニア』は、サーキットではパソコンの画面に向かってデータを睨んで仕事をする人、『メカニック』は実際に工具を持ってパワーユニットに触り作業をする人たちといったところでしょうか。それぞれに異なる技術が求められ、仕事に臨む上での難しさも異なりますが、限られた時間で瞬時に判断を下し、一つのミスも許されない緊張感は双方に共通しています。「自分のミスひとつでクルマが止まる」というプレッシャーは、そうそう味わえるものではないですね。

―エンジニアの仕事

今日は私の仕事である、エンジニアの話をさせてもらいます。自分は元々、HRD-SakuraのテストベンチでPUの開発をしていました。上で「ベンチ屋さん」と「制御屋さん」に触れましたが、他にも設計をする「設計屋さん」、電気系統を見る「電気屋さん」、現代F1のキーの一つである「バッテリー屋さん」などといった人たちがいるんですよ。初めて聞くと変な感じかもしれませんが、Honda F1では長年使い続けられている通称です。

サーキットにいるエンジニアは少し役割が違っています。元々はみんな上のような○○屋さんたちですが、主な仕事は「レース状況/チーム戦略に合わせてセッティングを考え、最大限のパフォーマンスを出す」というパフォーマンス担当と、「PUがきちんと異常なく機能しているかどうか」を司る信頼性担当がそれぞれデータを見ながら戦っています。

データを見るための知識、PUの挙動に対する理解、チーム/ドライバーとのコミュニケーション能力のほかに、瞬時に判断を下す能力が必要です。経験が必要な仕事ですし、入念な事前準備も欠かせません。欧州出身のメンバーとSakura出身の比較的若いメンバーが混ざっていますが、それぞれに努力と経験を重ね、チーム/ドライバーからの信頼を勝ち取って働いています。仕事中は画面を眺めているだけに見えますが、走行中は脳ミソをフル回転しているので、セッション後は、みんな頭の中がクタクタになっています。

「サーキットにいるエンジニア」と書きましたが、実はレース週末中はサーキットのみでなく、日本のHRD-Sakura、イギリスのHRD-UKでもリアルタイムでデータを見ているHondaの仲間たちがいます。

第三期はこういった体制ではなくサーキットのみでしたので、その当時に比べると2台のマシンのPU(エンジン)を管理している人数は、トータルで3~4倍ほどになっています。通信環境の向上はもちろんですが、それ以上にハイブリッド機構を持つパワーユニットの複雑さによるところが大きいです。その分管理すべき数値が多いですし、制御が非常に難しいため各分野の専門家たちが、それぞれの領域を見ることになります。

例えば、信頼性を担当しているメンバーは、時にレース中に異常に気付き、「自分でPUを止める=リタイアする」判断を瞬時に下さなくてはいけない場合があります。一瞬のタイミングの遅れがPUへのダメージ度合いを大きく変えますが、ダメージを小さくすることでPUの一部を再度使用可能にしたり、問題の原因が突き止めやすくなったりというメリットがあります。

一方で、チーム/Hondaともに大きな投資を行い、この2台をレースで走らせるためにそれぞれに数百人規模の仲間が働いているわけですから、1レースをリタイアするインパクトはとてつもなく大きいです。

ここではリタイアを例に上げましたが、ファクトリーのメンバーも含め、それぞれの役割が順位の上下に直結し得るため、みんな大きなやりがいとプレッシャーを一緒に抱えながら仕事をしています。2週間ごとに自分の仕事が結果として現れるというのは、怖さと楽しさの両面がありますね。

F1というと、ドライバーがレースをしているだけにも見えますが、裏側にたくさんの人たちが携わっていることが少しでも伝わればうれしいなと思っています。

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