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Behind the Scenes of Honda F1 -ピット裏から見る景色- Vol.08

2019年のF1第9戦、オーストリアGPで、Hondaは2015年のF1復帰以降初優勝を飾りました。広報担当のスズキが、今回の勝利を振り返ります。

―ついにやりました!復帰後の初勝利

みなさん、お久しぶりです。2回目の登場となるHonda F1広報のスズキです。

いきなりですが、Honda F1復帰後初勝利という記念の回に、このコラムに一体だれの言葉を載せたらいいものか、非常に悩みました。田辺テクニカルディレクター、HRD-Sakuraの浅木センター長、山本マネージングディレクター、チーフエンジニアのジョージさんや本橋さん、それに担当エンジニアやメカニック、Sakuraとミルトン・キーンズのファクトリーで懸命に開発を続けるエンジニアなどなど。皆さんに声を届けたい人たちの姿が、ぐるぐるぐるぐると巡りました。そして、それならいっそ僕自身の言葉で語ってみようと。そんな風に考えた次第です。
「こんなときに広報の話なんて誰も聞きたくないよ」と言われることを覚悟しつつ、ここまで一番近くでHonda F1の苦闘と進歩を見てきた僕の目線から、今回の勝利にまつわる話をさせてください。

―多くの人と喜びを共有できました

まず改めて、どんなときでもHonda F1を信じて温かい応援を下さるファンの皆さま、いつも本当にありがとうございます。皆さんの声や想いは、ファクトリーやサーキットで戦う僕の仲間たちにちゃんと届いていますし、いつも力をもらっています。田辺さんのレース後コメントにもあったように、「ようやく本当の意味での一歩を踏み出せた」ところですので、まだまだここからというところですが、それでも皆さんと喜びを分かち合えたのは僕たち全員にとって本当にうれしいことです。

前回のフランスGPの結果もあり、簡単なレースにはならないと思って臨んだ今回のオーストリアGP。オーストリアはRed Bullの母国で、スタンドはマックス(フェルスタッペン)のサポーターたちによってオレンジに染まっていました。紛れもない大舞台で、あのように後方からライバルをオーバーテイクして、自分たちの実力で勝利をつかみ取れると思っていた人は、チームの中でも少なかったかもしれません。(山本さんは金曜日から僕に「今週は勝つから、きちんと準備しておけ。レースにはそういう流れみたいなものがあるんだ」と真顔で言っていました。すごいですよね)

表彰式の後、ガレージからフェンスを隔てたコース上はすごい盛り上がりでした。ストレートを埋め尽くす「オレンジ色のカーペット」たちにサッカーのような「Hondaチャント」を唄ってもらい、その声援に田辺さん、山本さんが応えていた姿には、鳥肌が立ちました。

―全員で勝ち取った勝利

もちろん、神がかった走りを見せたマックスとマシンをきっちり仕上げたチームには感謝してもしきれません。誰の目から見ても明らかな、トップドライバーとトップチームの仕事でした。
でも、僕がここで触れておきたいのは、それを支えた僕の同僚エンジニアたちのことです。

「エンジンモード11 ポジション5」という無線がTVでも流れたようですが、彼らは常にレースとパワーユニットの状態、チーム戦略などを注視しながら、その都度最適なエンジンモードを選択し、ドライバーに出来る限りのパフォーマンスを提供しています。その彼らが信頼性とパフォーマンスを天秤にかけ、どこまでリスクをとるかといった部分は、田辺さんやSakuraにいるエンジニアの決断が関わってきます。そしてそれ以前の大前提として、ファクトリー側から十分な信頼性とパフォーマンスが保証されたPUが提供される必要があります。その意味で、今回はこれまでHonda F1に関わってきた人たち全員で勝ち取った勝利だと思っています。

僕個人としては、2017年に1年間一緒に戦った長谷川祐介元総責任者から届いた、レース後の「おめでとう」のメッセージに、込み上げてくるものがありました。僕は当時担当として1年目で「広報として十分に守れなかった」という悔しさに似た思いもあります。みんなで一緒にお祝いできたら、こんなにうれしいことはなかったでしょう。


―トライと失敗の末に

「技術は嘘をつかない」。エンジニアからよく聞く言葉ですが、僕自身この3年間、身に染みてそれを実感してきました。例えばサッカーの世界では、格下のチームが番狂わせを起こす、いわゆるジャイアントキリングというものが存在します。その多くはひたすら守りを固めて、一瞬の好機を逃さず得点するというものです。それも立派な戦術ですが、ことF1に限っては(ライバルが全員クラッシュでもしない限り)そういったことはほとんど起こりません。後方でゆっくり走っていても勝ちは巡ってきませんし、なにより必須条件として、レースを走りきる万全の信頼性が必要になります。

僕たちのレースでは、どれだけ徹夜して血の滲むような努力とともに開発しても、それが完璧に作られていなければ(もしくはネジをひとつ締め忘れていれば)、パワーユニットは容赦なく壊れます。嘆いても願っても直りませんし、明確な解決策が必要になります。技術の前では、プライドや根性、プロセスや努力といった類のものはあまり意味をなしませんし、「技術力」がそのまま結果に現れるという意味で、非常に冷淡で残酷な世界だと感じます。魔法みたいなものは存在しないので、前に進むためには答えを見つけてそれを形にするしかないんです。

特に、2017年はそのことを強く実感しました。「これだけみんながんばっているのにダメなのか」と。自分が憧れ、信じてきたHondaのF1が苦しむ姿を間近で目にし、それに対して広報という立場の自分が何も貢献できないことも歯がゆく、くやしい日々でした。「俺が憧れてきたのはこんなHondaじゃない」と思ったときもありますが、今思うと、そうやって泥臭く苦しみながら進む姿こそ、僕の大好きなHondaという会社なのかもしれません。

そして、もう一つ感じることは、間違いなく「あのときがなければ今はない」ということです。あの頃にトライと失敗の末にたどり着いた小さな発見の積み重ねにより、今のHonda F1がありますし、もっと言えば、この先の進歩もその積み重ねでしか得ることができません。「技術は嘘をつかない」というのは時に厳しいものですが、一方で、確実に積み重ねればそれに見合う成果が得られるものなのだと、最近思うことができるようになりました。もちろん、僕はそこに関わることは出来ないので、そんな彼らの姿をきちんと伝えていくことが自分の仕事だと思って毎日を過ごしています。

―みんなへの感謝。そして、さらなる一歩へ

長くなってしまっていますが、今回のサーキット風景をランダムにもう少しだけ。
まずは田辺さんの表彰台。「あんなに大きなボトルでのシャンパンファイトは初めてだったけど、想像以上に出てくる勢いがすごかった!」そうです。そして恐らく、泣いていましたよね。シャンパンでよく分かりませんでしたが、あれはきっとそうなんだと思います。普段サーキットでは難しい顔をしていることが多いだけに(外では違いますよ!)あんなに楽しそうに感情を露にする姿を見られたことが嬉しかったです。ここまで僕たちを連れてきてくれて、本当にありがとうございますという思いです。みんな同じではありますが、抱えてきたプレッシャーの大きさは計り知れません。かつて担当していた元ドライバーの(ゲルハルト)ベルガーとのハグも、きっと感無量だったと思います。

そしてマックスがHマークを指して喜んでくれたこと。これはみなさんも同じ想いですよね。ありがとう。君はすごい!そして次もよろしく!(笑)

マックスの信頼性担当エンジニアで米津玄師さん似と噂(?)の彼。若手ですが鋼のようなメンタルを持っている彼も、最後の方はデータを見ながら感極まっていたそうです。「スズキさん。勝つって、いいですよね」と。その言葉を聞けて僕もうれしい。ありがとう。

一方でガスリー担当の湊谷エンジニア。同世代で同じような想いを持ってHondaに入ったので、一番この喜びを分かち合いたかった相手です。でも彼はとても複雑な表情で、「Hondaの一員としてはうれしいけど、担当としてはとてもくやしい」とのこと。僕は自分ひとりで喜んでいることに申し訳なく、彼と一緒にこの想いを共有できないことが残念だったのですが、それはガスリーが表彰台に登る日まで待つことにします。彼の強い想いはきっと報われると思っています。

そして一緒になってたくさん喜んでくれたToro Rossoのみんな。あなたたちがいなければ、僕たちは間違いなくここにたどり着いていません。苦しんでいた僕たちを、イタリア人らしい明るい笑顔で迎えてくれて、一緒に前進してくれたことに本当に感謝しています。

ということで、届けたい姿がたくさんあった週末でしたが、とても書ききれそうにありません。
僕自身で言えば、間違いなく一生忘れることのできない一日になりました。Hondaに憧れてここまで来た自分ですし、信じていればいつか夢は叶うものなんだと。

これが僕たちの"The Power of Dreams”です。

なんだか体よく締めてしまいましたが、Honda F1、まだまだこれで終わりではありません。
ここからも皆さんと一緒に進んで行ければと思いますので、よろしくお願いいたします!


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