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古代Amazonは新生代の夢を見るか?

ボールペンのインクが3本同時に切れた。

突然のインク切れはボールペンに付き物だ。だから私は“普段使いのボールペン”、”予備のボールペン”、そして“予備の予備のボールペン”を常備しているのだけど、そうした対策は往々にして無駄な努力に終わるものである。

幸いにも今回はペンケースに替芯のストックがあり、それを使って事なきを得たが、このストックすらも切らしていたらと思うとゾッとする。

そんな状況に陥ったら、私は数十円の替芯を買うために徒歩20分以上もかけてコンビニへ行くハメになっていただろう。しかも、最近そこそこ日差しが強くて暑い昼日中にだ。

昼間というのは、日光への耐性がない私がノコノコ出て行っていい環境ではない。ただでさえ暗いニュースが多いこのご時世、引きこもりが太陽にやられて死んだなんて話は誰も聞きたくないはずだ。

爽やかな初夏、閉め切ったカーテンから透けた朝日を浴びる私は、最後のストックを装填しながらまったく爽やかでないことを考えていた。

ボールペン3本インク切れ事件は不幸な偶然による悲しい事故だった。

そうそう起きることではないにしろ、今後いつ同じ悲劇に見舞われるともしれない。これを防ぐには手持ちのペンを増やすのが手っ取り早いが、すでにペンケースの容量はギリギリだ。替芯が1本入るかどうかという瀬戸際である。

また、インク切れをなくす確実な方法は「使わない」ということなのだけど、それもあまり現実的ではない。

私はボールペンを使いたいからボールペンを持ち歩いているのであって、決してお守りがわりに身につけているわけではない。使わなければインク切れは起こらないなんていうのは、ただのしょうもない屁理屈である。

あれこれ色々と考えた結果、自宅用の万年筆を買うことにした。

自宅でも使用していたボールペンを外出先でだけ使うことによって使用頻度を減らし、先の「ボールペン3本インク切れ事件」の発生率を下げるという算段だ。

決して新しい万年筆が欲しくて適当に買う理由をこじつけているのではなく、今の私に絶対必要だと判断したから買うのである。万年筆が欲しかったとか、そういうんではなく。

そうと決まれば話は早い。私は意気揚々とお気に入り登録されているAmazonのサイトを開いた。

Amazonにアクセスした私の目に飛び込んできたのは、この画面である。

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「次の宛先に送信された通知を承認します」。

本人確認のためにSMS認証を要求する画面だ。通常なら数秒で完了する簡単な手続きなのだけど、不幸にも私はデータ通信専用の格安SIMに乗り換え済みでこの操作が行えない。不幸の連鎖である。

立て続けに発生する事件に少々絶望したものの、このSMS認証問題に関してはAmazonが助け舟を出してくれていた。

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「お困りですか?」という文言にこれほど共感したことがあっただろうか。いや、ない。

さすがAmazon、世界でもっとも影響力のある会社はやることが違う。

私は次に現れるであろう入力フォームに打ち込む文章を考えながら、「カスタマーサービス」と塗り立てられた青色をクリックした。

そして目の前に飛び込んできた画面が、こちらである。

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嘘でしょ……?

SMS認証ができなくて困っているのに、その助けを求めるのにSMS認証が必要ってこと?

完成された恐怖の無限ループだ。ここ数年で見たどのホラー映画よりも怖い。やはり世界でもっとも影響力のある会社はやることが違う。

とにかく、今の私にはこの画面から連絡する手段がないようだ。

手始めにAmazonのヘルプページを眺めてみたが、めぼしい情報は見つからない。

こういう時は大人しく電話をかければ良いのだろうけど、今の端末では電話をかけられないのが厄介である。

さらに、電話は後から内容を確認できない。メールならば時間が経っていても経緯を簡単に見返せるのだけど、リアルタイムで話が進んでいく電話は違う。

口喧嘩なんかでよく見かける「言った」「言わない」論争が勃発したら最悪である。

これは話が一気に泥沼化する悪魔の論争だ。そこに突入してしまった会話を軌道修正するのは、話が進まない割に結構面倒くさい。要はコスパが悪い。

そんな悪魔の「言った」「言わない」論争を祓う十字架だか聖水だか聖書だかがメールだ。電話と違って回答に時間がかかるが、不毛な泥仕合を避けられる大きな利点がある。

コールセンターに勤務していた私が言うのだから間違いない。

時間よりも正確さを優先した結果、私はAmazonを隅々まで調べてカスタマーサービスへメールを出すことに成功した。

Amazonからの回答は、想定よりもずっと早かった。配達だけでなくメールの返信も迅速だ。

そのスピードに遅れをとらないよう、私も着信後すぐにメールを開封する。そこに書かれていたのは「お電話で本人確認をしますので、今の電話番号を教えてください」というものだった。

嘘でしょ?

結局電話でやり取りをする必要があったのだ。電話をしたくないから一生懸命フォームを探して連絡したのに、結局最後は電話なのである。

繰り返しになるけれど、私はデータ通信専用のSIMに乗り換え済みであるので、手元の端末では電話ができない。

この数年、まったく電話を使わなかったから不要だろうと判断して乗り換えたのだけど、これほど立て続けに電話対応が必要になるとは予測していなかった。しかも乗り換え直後という神がかったタイミングに。

とにかく私個人の電話番号というのはないのでAmazonにそう伝える。

「手元の端末では電話ができないので、他の方法で確認できませんか?」

頼む。今の私にもできる救済措置があってくれ――!

「本人確認はお電話でしかできませんので、他の方法というのはないですね」

私の望みは無機質な活字によっていとも簡単に打ち砕かれた。こうなってしまっては手も足も出ない。しかし「はい、そうですか」と大人しく引き下がれるようなことでもない。

ボールペンだとか万年筆なんていうのは、さしたる問題ではなくなっていた。

「とにかくAmazonにサインインしたい」その一心である。Amazonにサインインできなければ、今まで買い漁ってきたKindle書籍も、モチベーションを上げるために作ってきた“ほしい物リスト”も消滅してしまう。

元をたどれば登録情報を更新していなかった私の不手際が招いたことなのだけど、ここで諦めるわけにはいかないのである。少し粘って交渉を試みる。

「新しいアカウントを取得して、そこにKindleやほしい物リストのデータを移行するのは可能ですか?」

「デジタルコンテンツの移行はできませんが、本人確認をすれば今のアカウントをご利用いただけるので、一度お電話をください」

ちきしょー!!!!!

ない知恵を絞って出した提案も断られた。購入済みのデジタルコンテンツを利用したいなら、今のアカウントを使うしかないということだ。

しかも今回の返信、1ターン目のやり取りと照らし合せて見ると少し怖い。

1ターン目のやり取り
A「お電話で本人確認をしますので、今の電話番号を教えてください」
私「手元の端末は電話ができないので、他の方法で確認できませんか?」

今回のやり取り
私「新しいアカウントを取得して、そこにKindleやほしい物リストのデータを移行するのは可能ですか?」
A「デジタルコンテンツの移行はできませんが、本人確認をすれば今のアカウントをご利用いただけるので、一度お電話をください

ループしているのである。

Amazonは、私の「電話ができない」という連絡に対して「電話をしてくれ」と繰り返し要求してきている。

そういえば「お困りですか?」のときもループしていた。定期的にループするなこの会社。

これは私個人の経験によるものだけれど、通常、メール接客は顧客一人ひとりに固定の担当がつくというものではなく、ランダムに割り振られたメールを順番に返信していくというスタイルである。

担当が流動的に変わるため、メール接客のスタッフは顧客の対応履歴を閲覧・共有している。これによって、担当が変わっても経緯を把握した上で対応できるようになっている。はずである。

Amazonから届くメールも毎回担当者が変わっていたので、このスタイルで対応していると思うのだけど、なぜか1、2ターン前で共有した前提がスッポリと抜け落ちている。

このあとも何度かやり取りをしたが、すべての担当者に共通していたのは結びの言葉が「電話くれ」だったことだ。

その度に私は「今の端末では電話ができなくて、他の方法で本人確認ができるならしたいと思います。しかし、本人確認は電話でないと不可能だと以前うかがいました。なので、新しいアカウントを登録して、そこにデジタルコンテンツを移行していただきたいと思ったんですが、それは無理なのですよね? なら私に残されているのはAmazonを退会するという選択肢しかないと思うのですが、サインインができないのでその手続きも行えず――」という長い長い前提を説明することになり、文量100に対して言いたいことが10もないスポンジのようなメールを送信することになった。

Amazonとの会話も、石鹸が泡立つように発展していけば良いのだが、いくら泡立てようとしても私の伝えたいことはしぼんだままである。カスッカスのスポンジ。

ラリーを重ねるたびに説明すべきことが増えていくので、必然的に私の文章も長文になっていく。手を替え品を替え、思いつく限り色々な切り口で説明を試みた。時系列順に説明してみたり、箇条書きにしてみたり。

そうやって試行錯誤しているうちに、私が送るメールは1通2,000字を超えるようになっていた。言いたいことは200字にも満たないのに。

たった200字のために毎回2,000字超の説明を添えるのは流石に手間である。なので提供した情報を「他の方にも共有してください」と頼んでみた。

Amazonは「共有します」と色よい返事をくれるものの、その1ターン後には共有した情報がなかったことになっている。その抜け落ちた部分をまた私が説明する。そして字数が増えていく。

Amazonとのやり取りはずっとこの繰り返しだった。ループするという現象が無限ループしている。無限ループループ。

メールの受信箱は“Amazon”の文字が地層のように堆積していき、その中で文脈の破壊と再生を繰り返していく私たちのやり取りは、さながら大量絶滅と繁栄を繰り返してきた生命の歴史を見ているようだった。

なぜ彼ら(Amazon)はここまで執拗に電話連絡を要求するのだろう。

もう何度目か分からない「電話くれ」の文字を見ながら、私はふと疑問に思った。もしかしたら、メールで話しづらいことを電話で伝えたいのかもしれない。

汚いやり口だと思うかもしれないが、非対面接客では、顧客の手に証拠が残りにくい方法(電話など)で特別対応に応じることがある。私もそのようにしてクレームを収束させた経験が何度かある。

今回の件もそれに該当するのかもしれない。そう考えた私は初めてAmazonに「後ほどお電話差し上げます」と連絡した。

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身支度を整えて外に出ると、春の柔らかい陽気はすでに息を潜め、足元に落ちる影の濃さが夏の到来を予感させていた。

新調したスマホはカメラの性能だけでなく、編集機能も充実していて写真を撮るのが楽しい。なので外出したときは視線を上げて好きな電線なんかを撮っている。

この日も写真を撮ったのだけど、真昼間ということもあって日差しが強く、私の目は撮影開始から5秒で紫外線にメッタ刺しにされた。

日焼けで痛む目を庇いながら電話ボックスに入り、10円玉を1枚だけ入れてAmazonのフリーコールを入力する。

番号を確認するためスマホに目を落とすと、Amazonから「電話お待ちしてます」という文言とともに「オペレーターにこの情報を伝えてください」という旨の連絡がきていた。Amazonの返信は相変わらず迅速だ。

呼び出し音のあとに続くガイダンスに従ってボタンを2、3押し、オペレーターが出るのを待つ。この季節の電話ボックスは蒸し暑い。マスクの中はすでに汗がにじんでいた。

「早く終わらせたいなあ」なんて思いながら受話器を耳に当てていると、「お待たせしました~」という人の良さそうなオペレーターの声が聞こえてきた。

私もオペレーターに合わせて、メールで指示された情報を機嫌よく伝える。

内容を聞いたオペレーターは「本人確認のため」という名目で、私にAmazonの登録情報をいくつか聞いてきた。

私の回答を確認したオペレーターが、次にした説明は以下の通りだ。

・Amazonに登録されている携帯番号を新しい番号に変更する。
・今要求されているSMS認証は、新しい番号でやってほしい。

絶滅しとるやないかい。

私がメールで「共有してくれ」とお願いしてた情報、全部絶滅しとるやないかーい!!

これがコントならどれだけ良いか。コントなら「いい加減にしろ」の一言でスッと終われるのに。というか私に山田ルイ53世のモノマネをさせないでほしい。いい加減にしろ。

私はメールで説明したことを電話口で改めて説明した。

Amazonに登録されている電話番号は解約済みでSMS認証が行えないこと。今はデータ通信専用のSIMを契約していて私個人の電話番号はないこと。現アカウントにサインインするには、電話による本人確認が必要だと聞いたこと。メールで問い合わせたところAmazonから「電話がほしい」と言われて電話をかけていること。私の望みはAmazonにサインインすること。

くぐもった「はい……はい……」という力ない相槌から、オペレーターが困惑しているのが分かる。話しながら少し同情してしまった。あ、あんまり詳しくは知らなかったんだな、と。情報共有できてなかったんだな、と。

サポート内で連携が取れていないことを責めるつもりはこれっぽっちもない。そもそも、この話は私が登録情報を更新しておけば起こらなかった問題だ。

熱のこもった電話ボックスで、メロンソーダみたいな色のゴツい受話器を片手に私はオペレーターが経緯を把握するのを根気よく手伝った。メロンソーダ飲みたいなあと思いながら。

途中で何度か長い保留を挟みながらも、オペレーターは少しずつ状況を理解してくれた。通話を開始してから20分ほど経っていたと思う。ようやく認識のすり合わせができて、私は小さな達成感を味わっていた。

しかし、これで問題が解決したわけではない。情報を整理して、認識のすり合わせができたら、次はどこを着地点(ゴール)とするか、そのためにはどうすれば良いかを詰めていかなくてはならない。

私の望むゴールとはもちろん、Amazonにサインインすることだ。

事前にAmazonからもらっていたメールによると、電話で本人確認ができれば現アカウントへのサインインが可能になるという話だった。少なくとも私はそう解釈していた。

経緯の説明に時間を割いてしまったけれど、Amazonが私と通話したがっていたのは「本人確認がしたかったから」である。

そしてその確認は、オペレーターに尋ねられた登録情報を伝えるという形で完了しているはずだった。

「この電話で本人確認をしたので、Amazonにサインインできるようになりますよね?」

オペレーターに確認がてらそう聞いてみた。Amazonが望んでいた手続きは済んだろう。そう思って。

「えーっと、それはできないですね……」

なるほど。それはできないのか。うん。




なんで?




もう、パニックである。

「本人確認のためにお電話をください」と言われて、その通りに対応したのに、できないのである。また文脈が絶滅した。

これで5回目くらいじゃなかろうか。絶滅は。

奇しくも地球誕生から現在までに起こった大量絶滅と同じ回数だ。地球が46億年かけて成し遂げた回数を、私とAmazonは2日でやった。このままでは私とAmazonも絶滅する。山田ルイ53世も。

私は電話での交渉を諦めた。

「少し考えたいので、一旦電話を切っても良いですか? また改めてメールします」

オペレーターにしたいくつかの質問を最後に、私は重たい受話器を金属製のフックに引っ掛けた。

からん、と吐き出された10円玉を回収して電話ボックスを出ると、通話中に吸い込んでいた空気がいかに淀んでいたかハッキリと分かった。新鮮な外の空気を早く体内に循環させたくて、私は深呼吸をしながら家路についた。

帰宅後、私は上がりかまちに足をかけるのと同時にジーンズを脱ぎ、脱皮して用無しになっていたパジャマを再び身につけた。

脱皮前に戻ったら、今度は電話で話した内容を忘れないうちにメモ帳にまとめ、Gmail内でそれを推敲する。最後に誤字脱字がないかチェックして、送信ボタンを押下した。

通話の前と後でメールの内容に大きな変化はない。

オペレーターとこんな話をした。本人確認もできた。しかしサインインはできないらしい。どうしたら良いか。

正直、私は今でもあの電話が何のために必要だったのか分からない。Amazonのしたいことが分からなかったから、「どうしたら良いか」という仕事ができない新入社員みたいな質問をするしかなかった。

ぼんやりとしたメールを送ってしまったせいか、この返信を待っている間は気が散って落ち着かなかった。

変な質問をしたために、話が横道に逸れてしまうのではないか。ふりだしに戻るのではないか。本筋とは関係ないところで気を揉んでいた覚えがある。

ややあって届いたAmazonの回答は、要約するとこのような内容だった。

・手間をかけて申し訳ない。
・携帯番号の変更などの事情でSMS認証が行えない場合は、Amazon側で認証可能な番号に登録情報を変更することができる。
・変更後の番号でSMS認証をすれば、Amazonへサインインできるようになる。
・登録情報の変更には、電話でのやり取りが必要。
・今もAmazonにサインインできない場合は、電話でお問い合わせを。




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6度目の大量絶滅が発生した。

「メールのやり取りの履歴は、そちらで確認できないのでしょうか?」

Amazonに電話をかけたとき、私はオペレーターにこのような質問をした。

あまりにも共有した情報が抜け落ちるため、Amazonのメールサポートは、直近の履歴しか確認できない仕様なのかと思ったのだ。それであるなら、定期的に文脈が死滅する現象にも筋が通る。

「いや、履歴はすべて確認できますよ」

オペレーターは感じよくそう答えた。

「ただ、本田様はやり取りが長くなっているので、確認漏れが発生していたのかもしれません。他のスタッフがスムーズに確認できるように、今お電話でお聞きした経緯を簡単にまとめておきますね」

こうも言ってくれた。ありがたい申し出だった。

優しくて気のつく方だな。これで文脈が絶滅することはなくなるな。そう安心して受話器を置いたのだ。メロンソーダ色の重たい受話器を。

しかしこの期待は通話後に届いたメールで裏切られることになる。

今もAmazonにサインインできない場合は、電話でお問い合わせを。

オペレーターが「簡単にまとめた」経緯はまったく活用されず、担当者はそれが正義だと言わんばかりに「電話くれ」を繰り出してきた。

メールでは伝わらず、電話での説明も無駄。

どうしたら私の言いたいことが伝わるのだろう。説明に不十分なところがあるなら教えてほしい。分からないなら分かるまで言葉を尽くすつもりだ。電話ボックスでオペレーターにそうしたように。

受信箱に横たわる文脈の亡骸たちを眺めていると、『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』に登場するイジドアのような気分になってくる。

イジドアはせっかく見つけた大事な蜘蛛をアンドロイドに虐待され、最終的に自分で蜘蛛を溺死させた。哀れなピンボケである。

私とAmazonは、6度目の大量絶滅によってフィリップ・K・ディックの描くSFの世界に来てしまった。電話で培った文脈は、第三次世界大戦によって滅ぼされ、あとに残ったのは無慈悲な「電話くれ」のメッセージだけである。

ピンボケの私が後生大事に育ててきた文脈は、Amazonにとって知的好奇心を満たすだけの小さな蜘蛛と同じなのだろう。

たとえ「おねがいだから」と懇願したとしても、彼らは文脈破壊をやめない。だってピンボケなんだから。

そう考えたとき、私のみぞおちにぬるい諦念がつつ、と垂れてきた。どうせ絶滅させられる運命ならば、いっそのことなかったことにしよう。自分の手で文脈を葬るのだ。イジドアが蜘蛛を殺したように。

かつての長文芸に別れを告げ、私はAmazonにひとつだけ質問をした。

「今の端末で電話ができないってことは、いつそちらに共有されますか?」

返事はすぐに返ってきた。

ご提供いただけました内容は、2021年**月**日*時*分にご連絡いただいたとして、現在履歴に残しております。

説明はさらに続く。

この履歴は一定期間は当サイトの対応者が確認できますが、今回の問題が解決した場合や、お問い合わせの回数が多くなった場合(中略)早急な履歴の確認が困難になります。

今回ご提供いただけました内容に関連するお問い合わせをされる場合は、定期的に電話番号をお持ちではないことを当サイトへご連絡いただけますようお願い申し上げます。

この返信を読んだ率直な感想は「びっくりした」である。

おそらく、Amazonはスピードを重視して顧客対応をしているのだろう。対応の遅延に繋がる経緯確認を省略して返信するスタンスが当たり前になっているのかもしれない。すべて私の憶測だけれど。

そもそも「定期的に連絡してくれ」とあるが、私は「電話番号を持っていない」と毎回説明している。定期ではない。毎度だ。

時間がかかるからという理由で、手元にあるはずの履歴を確認しない。あまつさえ相手に何度も同じ説明をしろと平気な顔で言ってくる。

コールセンターに従事していたときも、現役を退いたあとも、このような対応をしているスタッフを見たことは一度もない。

だから「びっくりした」のだ。

指先でスマホを軽く叩きながら文面を作る。

「履歴に残っているのに『電話をしてくれ』と言っていたのですか?」

それ以外、言葉が見つからなかった。

あれだけ迅速に対応していたAmazonは急に音沙汰がなくなり、次に連絡がきたのはメールを送って数時間が経過した夜だった。

丁寧な謝罪のメールだった。

「電話をください」と何度も伝えていたのは、セキュリティ上、電話での対応が必須だったため。

しかし今回の状況で案内すべき内容ではなかった。

不快な思いをさせてしまい、申し訳ない。
連絡が夜間になったことも申し訳ない。

Amazonにサインインできずにいる問題については対応を検討しており、また改めて連絡をしてくれるそうだ。

文脈が産声をあげた瞬間だった。

私はAmazonに了承の旨を伝え、そのまま眠りについた。長い一日だった。

翌日、アラームに起こされてスマホを見るとAmazonから新しいメールが届いていた。

内容はSMS認証以外の方法で認証手続きを行えるようにしたので、一度試してみてほしいというもの。読み進めると、新しい認証手続きに関する説明だけでなくチャットサポートへのアクセス方法まで丁寧に書かれていた。

その後のAmazonとのやり取りは驚くほどスムーズだった。あの大量絶滅は夢だったのかと思うほどだ。なんだったんだ、あのやり取り。

慣れない操作で少し時間はかかったものの、新しい手続きは大きな問題もなく完了した。晴れてAmazonへのサインインを果たした私は、すぐに登録情報を更新し、お礼のメールを送った。

ここまで記事を読み進めた方は一体どれくらいいるのだろうか。

すでにお忘れの方も多いかもしれないが、私がAmazonに問い合わせるきっかけとなったのは「ボールペン3本インク切れ事件」を防ぐためである。

この数日で私は替芯を4本買い、手持ちのボールペンはすべて筆記可能な状態でペンケースに収まっている。当分、あの事件は起こらないだろう。

つまり当初購入を検討していた万年筆を買う必要がなくなったのである。

なくなったのだけれど、やはり堂々とAmazonにサインインして買い物ができる開放感は素晴らしい。あって当たり前のものほど、失ったときにその大きさを実感するものだ。

この一連の出来事で、私は「書けるボールペン」と「注文ができるAmazon」の偉大さを再認識した。

意味もなくAmazonを徘徊する生活が続き、ふと気がつくと万年筆とインクがカートに入っていた。しかも、数日後にはそれらが手元に届いていた。

それがこの万年筆(右側)である。

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カワイイ~~~~!!!!

LAMY safariの中字。大好きな山吹色で統一されたデザインに一目惚れして注文した。写真も可愛いが現物はもっと可愛い。

これから少しずつ手に馴染んでいくと思うととても楽しみである。たくさん文字を書いて大切に育てていきたい。

と、思っていたのだけど。

なんと私が購入した個体は初期不良でインク漏れが激しく、筆記できない状態だった。

インク切れに悩んで万年筆を買ったら今度はインクが出すぎて困る。完全にコントのそれである。誰かが仕組まないとこうはならない。

私はコントを見るのは好きだけれど、演じるのは好きではない。

ボケもツッコミもいない舞台で、延々とコント未満の何かを演じるのは苦しいものだ。早く舞台を降りたい。

この記事もすでにとても長いものになっているし、そろそろ筆を置きたいと思っている。なのでここはお笑い芸人の方々の締めフレーズを参考にして、強引に記事を締めたいと思う。

もうええわ。

今回届いた万年筆はLAMYにて修理していただき、快適に書けるようになりました。滑らかな書き味が気に入り、毎日愛用しています。買って良かったです。

末筆ですが、今回対応していただいたAmazonのサポートスタッフの方々に改めてお礼申し上げます。本当にありがとうございました。

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