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文芸編集者が“推し本”をご紹介! vol.2

文芸編集者が“推し本”をご紹介するこの企画。
大好評の第二弾は、文春文庫局長 花田朋子さんの登場です! 「文春文庫」の毎月のラインナップ作成から、広告やフェア関連の統括までおこなう、そんな花田さんの“推し本”は…?

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紹介者:文庫局長・花田朋子

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1.『第二音楽室』(佐藤多佳子)

 「School and Music」というサブタイトルが付いていて、学校と音楽をモチーフに、思春期の少年少女たちの感情を様々な音楽を通してみずみずしく描いた傑作短編集です。

 表題作の「第二音楽室」は鼓笛隊試験に落ちこぼれた6人の小学校5年生。2番目の「デュエット」は合唱の授業で、男女のペアを組むことになってしまった女の子。「裸樹」は、いじめで中学の時に心を壊してしまった少女が、ある歌手のギターの弾き語りに引き込まれて、新しい一歩を踏み出していくという物語です。それぞれの短編が、異性への淡い思いや憧れだったり、嫉妬だったり、思春期に誰もが通った甘酸っぱくて懐かしくて、胸がキュンとなるような描写に満ちています。

 どの作品も好きですけれど、特に気に入ってるのは3番目の「FOUR」です。音楽の先生に見込まれた、男女二人ずつがリコーダーのカルテットを結成するんですが、ソプラノのパートになった主人公の鈴花は、他の3人にはセンスがあるけれど、自分は経験者だから選ばれただけだと、引け目を感じています。そこへ、テノールの健太に「お前の音は自由って感じだもんな。ソプラノって小鳥の声みたいじゃん」と言われる。その声が、じわっと染み込んでいって、グッと彼が気になる存在になってしまう……というお話です。

 この4編、それぞれに舞台となっている年代は違いますけれど、「FOUR」は1988年が舞台になっています。その頃の中学生は、今みたいに携帯も持ってなくて、部活が一緒とか、席が近いとかでない限り、なかなか好きな子と会話を交わすのも大事(おおごと)だったんですね。

 だから、放課後に好きな子たちと一緒にリコーダーを演奏する時間が特別なものなんです。夏休みにみんなが練習に出てくる場面では、アルトリコーダーの千秋が大人っぽい私服を着ているのに衝撃を受けて、自分ももっと素敵な格好してくればよかったと、くよくよ悩んだり。健太のことは気になるけど、自分の気持ちが知られたら4人のアンサンブルが気まずくなりそうで、絶対バレたくないと思っていたり。でも一方で、バスの西澤くんが、鈴花のことを好きなんだけど、全然気がついてなかったりして。

 4人が苦労しながら四重奏を作り上げていく中で、一人ひとりの個性が鮮明に際立ってきて、ハーモニーを豊かに膨らませていきます。最初は自分の音だけを夢中で聴いていたのが、だんだんお互いの音が聴こえるようになっていって、深さも高さも響きもまるで違う4つの音がより一層響きあっていく。1つなのに4つ、4つなのに1つというふうに、不思議な感覚で一緒になっていくという感情を描いたとても素敵な物語です。

2.『悪の教典』(貴志祐介)

 学園に潜むモンスター教師が主人公になった問題作。学校という社会から隔絶した空間にサイコパスが現れたらどうなるのか? その恐怖が戦慄とともに立ち上ってくる、迫力の長編エンタメ小説です。

 主人公の蓮実聖司は人気教師。爽やかで、生徒たち、教師仲間、そしてPTAからも、厚い信頼を得ていますが、実は自分の目的のために周囲の人間を殺害してきた、非常に怪物的な人間です。
 
 読んでいると、蓮実はアンチヒーローとして妙に魅力的なんです。特に前半の蓮実は、モンスターペアレンツのトラブルを解決するなどすごく行動的……火をつけて殺すという過激な解決方法だったりするんですけれども。「別冊文藝春秋」という雑誌で連載していたんですが、読者からもハスミンラブコールが本当にすごくて。 読者サービスとして、当時は黎明期だったTwitterで「蓮実聖司」というアカウントを作ったら、「ハスミン、大好き!」というフォロワーがどんどん増えて、誰が見ても悪い奴なのにどうしてみんなファンになっちゃうんだろう? っていうような人物なんですよね。

 後半になると、そのイメージが一変します。夏休み、文化祭の準備で学校に生徒全員が宿泊している日に、ある事件が起きます。そこで蓮実の凶暴な顔がむき出しになり、全員を抹殺しようとする、というものすごい展開になっていく。今の世の中とかけ離れている世界を逆に楽しんでいただければと思います。

 映画は伊藤英明さんが主演で、今ご活躍されている方も、生徒役でたくさん登場されています。貴志さんご自身も、蓮実の同僚役として最初の方で登場されています。先生の演技がお上手でした。貴志さんはお話ししていてもいろんな分野の知識が豊富で、先生になっていたらハスミンに負けないくらいの人気教師になってただろうな、といつも思ってました。マインドコントロールもされちゃったりなんかしてね……(笑)。

3.『COCOON』(今日マチ子)

 戦争を少女の視点で描いた漫画です。沖縄のひめゆり学徒隊の話が、お描きになる着想のきっかけになったそうです。作者の今日マチ子さんは『センネン画報』などの作品で知られる叙情漫画家で、ペン画のような、柔らかい線を使った、繊細なタッチで描かれる方です。でもその静かな筆致が、かえって戦争の残酷さをすごく浮き彫りにしている作品です。

 タイトルの『COCOON』というのは繭という意味。主人公の女の子の名前はサンというんですけど、蚕という字の読みの「サン」から取られているんですね。彼女の親友で、都会からやってきた人気者の少女は「マユ」。このサンとマユが軸になっています。

 二人がいる学校は、島で一番の進学女子校。物語の冒頭は女の子たちがバレーボールをしていたり、可愛い絵葉書をみんなで選んでいたり、という日常が描かれるんですけれど、最初にドキッとするコマがあるんですね。一人の女の子が「背中のやけどがちょっと治ってきた」と言って、服をめくると背中に大きなやけどを負っているんです。そうやって、普通の女の子たちの日々が次第に戦争に侵食されていく。戦況が変化するに伴って、ガマと呼ばれる洞窟に作られた野戦病院に派遣されたり、空襲で傷ついたり、膨大な機銃に撃たれたり……。文字通り壊れて死んでいく少女たちを淡々とした筆致で描いた漫画ですけれど、文学としか言いようがない、素晴らしい作品だと思います。

 本作では、非常に悲しみをたたえた衝撃的なラストが待ち受けているんですけれども、その出来事を転換期として、サンは繭を破って新しい生活を始めていく。この作品に出てくる女の子たちも、前に挙げた2冊と同じように「その時代の今」に生きる10代の少女たちなのですが、こういうふうに10代を過ごした子たちもいたということに、思いを馳せたいなと思って、この作品を選びました。

 『COCOON』は、演出家の藤田貴大さんが主宰してる「マームとジプシー」という演劇集団が舞台にしていて、この舞台も本当に素晴らしいんです。ラストをどう描くかな、と思っていたら、そこは恐らくあえて、あまりはっきり描いていなかったので、演劇を観てすごくよかったという人も、ぜひ原作を読んでいただきたいなと思っています。

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今回ご登場いただいた花田さんのお仕事については「文藝春秋 RECRUIT SITE 2022」にインタビューが掲載されております。
こちらもぜひご覧ください。

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