月へ昇天したK

Kは海で溺れ死んだ。
しかし彼を知ったある人は
Kは月へ行ったと思った。
満月の真夜中の干潮時に
海に入っていき、
月に昇っていったのだと。

その人がKを初めて見たときも
満月の夜中の干潮時だった。
Kは海岸で憑かれたように
自分の影を追っていた。
Kは影とシューベルトの
「ドッペルゲンゲル」に憑かれた。

自分の影を見ているうちに
影の自分は人格を持ち始め、
だんだん気持ちが杳かになり、
ある瞬間から月へ向かって、
月から射し降ろす光線を遡り、
魂というものが昇天していく。

魂は月に登っていったが、
肉体は海に落っこちた。
ギリシャ神話のイカルスの如く、
翼の羽根が溶けて海に落ちた。
それがKの溺死の真相だと
彼を知る人は思うのだった。

この奇っ怪な話は
梶井基次郎の『Kの昇天――
あるいはKの溺死』という
短篇小説になっている。
私はこの小説を読み、
本当ではないかと思った。