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さまよえる民

hyutopos(ヒュトポス)の国々の民たちが信じるひとつ神の生誕祭の日、12月25日。hyutoposの一国、HYUTOPIA(ヒュートピア)国は、まさに記念すべき祝いの日にあしかび国からの降伏を受け入れた。華港の都市まちや華港島で繰り広げられてきた戦が終わり、訪れた静音のなか、都市まちのホテルで、降伏の調印式が行われた。これにより、華港の都市まちと華港島は、HYUTOPIA国が手放すことになった。もちろん、もともとここは天の中つ国の歴代の王朝が領有してきたのだが、HYUTOPIA国に代わり、あしかび国が統治することになった。

あしかび国は、この戦が始まる前年に政府のおさを軍人が務めるようになった。長は、「国中のひとと物資をすべて集め、国を挙げて闘いぬく」と兵や民たちを鼓舞し、戦はますます広がりを見せていた。戦場は、いまや天の中つ国をはじめ、大陸の東側の半島、さらにひろつ流れ海と呼ばれる海洋に浮かぶ島々にまで、際限なく及んでいた。

この戦の大義とは、陸軍と海軍をべる「王ノ王」が、あしかび国と同じ大陸にある東の国々をhyutoposの属国から解放し、ともに栄えようというものであった。
であれば、天の中つ国の南に位置する華港や華港島が解放されたところで、天の中つ国の手に帰す、というのが理のはずだ。が、そうはしなかった。
たしかに、多くの民からならなる天の中つ国は、このとき国を分けての争いの最中であった。国内で挙がった戦の火の手は、いまや天の中つ国全土に広まり、都市まちや村から戦を逃れる民が相次ぎ、人の気配がきえつつあった。
華港の都市まちや華港島もまた、戦が終わったとはいえ、家々の灯りはともされていなかった。

心のどこかで「何かが違う」と思いつつも、「理」でわりきれぬものの正体をつかめぬまま、あしかび国の兵、喜平天の中つ国で3度目の正月を迎えた。
妻、つねからの軍事郵便を読みがら、同じ隊の兵たちと、こぶやかつお節でとっただしに醤油で味付けした汁に焼いた餅をいれる。
「いや、おれのところは餅は焼かないぞ、湯で柔らかくするんだ」
「醤油では雑煮の気分がでない、やはり白味噌だろう」
「いやいや餅は丸くなくてはだめだ」
天の中つ国に比べたら小さな小さな島国、あしかび国だが、津々浦々、故郷ごとに雑煮の食べ方がある。
若い兵たちの何気ない言い争い、いや故郷自慢を聞きながら、厳しい戦を切り抜け、生きて餅を食べられることのしあわせを、喜平はしみじみ感じていた。

あしかび国が兵舎としていた建物は、かつて天の中つ国の大学だった。その建物に、つばめが巣をこしらえていた。
「正月だというのに、つばめか」
つばめといえば、あしかび国では春を告げる小さな鳥だが、秋に温かな天の中つ国など南に渡り、冬を越す。
喜平が小さいながら羽をひるがえし素早しっこい飛翔を見せる鳥の姿を目を細めて追っていると、すみっこに見慣れぬひと影をみつけた。
そこは、もともとは大学の運動場で、いまは急遽小屋を建て、厩舎きゅうしゃとして使っていた。
農民あがりの兵士、喜平は暇さえあれば馬をのぞきにきていた。この日も、正月ということで特別に配給された酒にほろ酔い、その酔いを冷ますためにここに来たのだった。
ひとと物を整える役目にあった喜平にとって馬の状態を「確認している」といえば、「正月から御苦労」と言われるはずだ。その厩舎に見知らぬ老婆らしき人影があった。その人影は背をまるめてなにかをしている。

老婆は、喜平の気配に気づかないのか、うつむいたままだ。
喜平は、あしかび国の年老いた自分の母の姿をふと思い浮かべた。
「何をしている」
老婆は依然、背をまるめたままだ。
「おい」とその肩をたたいた刹那せつな、女が顔をあげた。
近づいて見ると、老婆でなく、それはまだ「若い」といえるよわいの女であった。
ぼろをまとい、すすけた顔に髪もくしづかぬままで、何よりも肉付きが悪く、痩せている。そうした様に加えて、背をまるめている。てっきり老婆と思ったが、上げた顔の女の目には刺すような生気があった。
女は馬糞の固まりに手をつっこみ、何かを探っているようだ。
「何をしているのだ」
女は、逃げようとせず、手にもった袋を見せた。そこにあったのは、馬糞から取り出したつぶつぶのかたまり入っていた。
「エン麦か……」
女は、にたっと笑った。
馬がわらなどのんだ際に、消化しきれずに糞に混じって出たエンばくだ。
「それをどうするのだ?」
喜平が訪ねたが、女は答えない。
「植えるのか? まさか食べるのでないな?」
喜平は、手を口に近づけ、身振りでたずねた。
女は小さくうなづいた。そして勘弁してほしいと両手を合わせた。
「そんなに困っているのか」。

喜平は、おのれの戦が、天の中つ国の民の住むところを奪い、食べ物を奪っていることをまざまざと思い知った。
確かに、これまで収穫前の畑を戦場としてきた。ときに、そこに火砲を撃ち込み、焼いたりした。
農民あがりの兵士、喜平は胸の奥で、「罰当たりなことよ」と己を呪った。それは兵として生きるため、仕方ないと己に言い聞かせてきた。そして、こうしてなんとか無事に年を越すことができた。
が、現実は違った。
ひとやものが多い都市まちに逃れてくれば、なんとかなると逃れてきた民たちが、ここに大勢いる。その現実をいま目の前につきつけられたのだ。
「こっちに来い」
喜平は女の袖をひっぱり、兵舎の裏手につれていった。
女は、乱暴されると思い抵抗を示したが、喜平の力にあらがい切れず、ひっぱられるままについてきた。
「ちょっとまっていろ」
喜平は、一度兵舎に姿を消し、すぐに出てきた。手にもっていたのは餅だった。
回りにだれかいないかあたりをうかがって、女の懐に入れた。そのとき、女の乳房が目に入った。身体は痩せ衰えていたが、乳房は豊かだった。
「さあ、はやく行け」
喜平が手で追い払うと、女はぺこんと頭をさげ、門を出て行った。
たしかに、ひとの目はなかった。が、喜平の行いのすべて遠くで見ていた目があった。ことのはを風に伝える小さき神、ほのほつみであった。

ことのはを風に伝える神、ほのほつみは、華港島の海岸沿いを夜風にふかれながら、湾の入り江に小さな灯りを見つけた。ここは、戦が始まる前に一度、おとなっていた。潮と風の母なる神、ひろつ流れ海の導き神として、船乗りたちに信じられてきた姚光子(ヨウコウシ)のびょうだった。
姚光子さん、まだお目覚めでしょうか?」
ほのほつみか? あしかび国が勝ったな」
「はい、形の上では」
「うむ」
「華港の都市まちを火砲で焼き尽くした日、わたしは、煙のなかに、世の行く末を占う竜王神リュウオウジンしるしを見ました。それは、古来から天の中つ国の民たちが占いでいう「天地否」の徴でした」
「陽の力が天へと昇りつめ、逆に地の力が下へ下へともり、大きな力が相和することなく相対しているという徴だな」
「そうです。このあしかび国の勝利は、たしかにひとときの吉兆やもしれませんが、それは大きくは天の理にかなっていないことを示している、そのことです」
「わたしも、もとは死ぬべき運命を背負った「ひと」であった。それがいまは神としてまつられている。が、ほんとうのところ、天の運行については、すべてを知るすべも、力もない。ただ、ひとは天の理、地の慈愛に反してとてつもないものをつくってしまったようだ」
「天の理、地の慈愛に反するもの……ですか?」
「それがなにか、いつ、どのように使うかは、わしにも分からない。がそのもので、あしかび国の民たちは血をながす。それがほのほつみよ、おまえが見た「天地否」の徴であったと思う。竜王神は、天の理を知り、地の慈愛に尽くせと警告を発していたのだが、ひとにはそれを知ることはないようだ。これから底知れぬ破壊とともにひとはおおきな損失を被る」
「はい、まことに、おろかです」
ほのほつみよ、そなたは、次はどこへ漂いゆくのか?」
「はい、農民あがりの兵士、喜平について、ひろつ流れ海を南に下っていきます」
「そうか、気をつけてな」
姚光子さんも、お元気で。徴の意味をうかがい、訪ねてきたかいがありました。ありがとうございました。では」

【南へ】
南風はえが吹いて
小さな 小さな種がまいあがる
どこまでも どこまでもまいあがる

十字の星が現れて
小さな 小さな瞳が開かれる
いつまでも どこまでも見つめつづける

さあゆこう南の島へ
種がながれつく南の島へ
耳をすまし 目をとじて
星のささやきを聞いてごらん
きっと何かがみえるはずさ

・叙事詩ほのほつみ の物語のあらましは、こちら

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