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第1話 ほのほつみ誕生

これはある島国の神といくさの物語り。
島国の名は、そう仮にあしかびとしよう。
島国の誕生のいわれを記したいにしえの書物によれば、はじめは海に浮かんだ水母 くらげのごとく漂っていた、そのときに あしの芽のように、ひとりの神が産まれた、と……。
春まだきころ草原を焼いたあとに湿地に萌えいづるあしの芽のように、力づよく生まれる命、そこより名づけたという。
そのあしかびの国の話をしよう。

あしかび国には、数々の神の話が伝わる。なかにひとり、大変小さな神がいた。そう仮にほのほつみと呼んでおこう。なぜなら、その神は、無数の「穂」が草原から舞い散るようだといわれるから。
ことのはを風に伝える神、ほのほつみの姿は大変小さい。それゆえ、ちょっとした風にのり、高く空に舞い上がり、どこまでも翔んでゆける。海原であっても、国境くにざかいであってもどこまでも、どこまでも……。

この物語は、ほのほつみがひとりの兵士を追いかけて7年にかけて見て来たいくさの話だ。あしかび国が多くの国人くにびとを兵士として遣わし、国境を越え、異国と闘った惨めで愚かしいいくさ……。
それはいつのことであったろう、遠い昔だったか、いやそれほど昔でもなかったような、あるいはつい前の、昨夜さよの夢であったようにも思える。
そう、あれは、ひとが地の底から火のもととなる石や水を探しあてた頃、黒々としたそいつは、遠い昔、地上をおおっていた植物や動物の亡骸なきがらだったという。それが朽ち果てて地の底に埋もれて、永い眠りについた。
その亡骸なきがらを人がふたたび蘇らせた。
あしかびの国びとが、石炭、石油と呼ぶそれらは、ひとたび火をつけると大きな炎となり、ときに町すらもひとまでも焼いてしまう。
そもそも火というものは、神がひとに与えしもの。それをもとにひとは大いなる文明を生み出した。くろがねといわれる鉄は、火で原石を溶かし、たたき鍛えることで産まれる。そこから田を耕すくわ、馬のつま先を護る蹄鉄ていてつに姿を変える。ときにひとは戦に使う武器も鉄から作った。
火はよく使えばひとにさちをもたらし、あしく使えばまがごととなる。

そもそもこのいくさは、火の文明が行き着くところ、石油を掘り出したことで、世界の国々がそれを我が物にせんとしたことが始まりだった。
あしかび国のあるところに村を護る神がまつられていた。
その神は、遠い昔の武士もののふの神であった。いましも戦争におもむかんとするひとりの農民が、その神のやしろでぬかづき一心に祈っていた。

武士もののふの神よ、どうか、どうか、われを戦より無事帰したまえ。われ20歳はたちを迎えたころ、火砲かほう使いとして大陸に出向いた。あのときは若かった。死は怖くなかった。しかし、いまよわい 40しじゅうを越え、死ぬことが怖い……。
我にいま家族がいる。まだ死ぬわけにいかぬ。男の子ばかり4人、そして身重の妻がいる。明くる年には新しい命を授かる。
我には護らなければならない家族や家屋敷がある。そう思ったとき、死が怖くなった、生きなければならないのだ。
どうか、どうか、我にこの村の土をふたたび踏ませてくれ」

鳥居


この農民、仮に喜平と呼んでおこう。やしろの境内で喜平の深い祈りを捧げる姿を見る他人ひとはいなかった。
喜平は、祈りを終えると、だれにも見られていなかったことを確かめ、安堵あんどした。
きびすを返し鳥居をくぐろうとした、とその時、ふと傍らの朽ちかけた小さなほこらが目に入った。
「こんなところに」
何度となくここに足を運んだはずだったが、いままで見たこともない小さな石のほこら喜平は認めた。ほこらと呼ぶにはあまりにも粗末で、形が失われかけていたが……。
大きめの石の上にさらに石でかたどったほこらが、傾き、全体がこけおおわれていた。だれがそなたのかあわの穂がそなえられていた。喜平は祠に近づくと、ひとまず神前の穂をけて、泥芥どろあくたを手ではらい、両手を合わせ祈った。さらに手のひらで苔を丁寧にぬぐうと、小さなほこらに光が射し、そよとした風が起こった。

ことのはを風に伝えるという神、ほのほつみが目覚めた瞬間だ。

「なんて大きな入道雲だ! あ~よく寝た……、わたしを呼んだのはだれ? うん? この男か。村で蝮獲まむしとり名人と呼ばれる喜平だな。どれどれ、ちょっとひとの世がどんなになっているか久しぶりに見てみようかな」

さわやかな、ここ数年抱いたことのない軽々とした心持ちが喜平にわいてきた。
不思議な夢から覚めたような目で空に見やると、無数のつばめたちが乱舞していた。円を描きながら、ときに急降下をしたり、群からはずれて近くの木の枝にとまるもの。
「そうか、そろそろ南へ帰る時期だな」
喜平の目には、つばめたちよりもさらに小さなほのほつみの姿は入らない。

【ほのほつみ誕生の唄】
舞い上がれ
舞い上がれ
小さな 小さな ほのほつみ

ことのはの羽をつけ
風に乗り 国境くにざかいを越えてゆけ
はるか彼方へ
小さな 小さな ほのほつみ

火がおこり木っ端が焼かれ 舞い上がる
火が放たれ町が焼かれ 叫び声があがる
愚かなるひとの世をうたえ
羽をもったことのはを風にのせて

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