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便利を手放す勇気を持ちたくなった話

久しぶりの通勤電車の風景だ。

社会人生活は15年以上になるが、
労働時間の80%以上を
自宅で過ごす環境に
なるなんて思いもしなかった。

しかしながら車両内の人の様子は
ほとんど変わらない。

7人がけのシートのほうに目をやると、
みんなが同じ角度で首を傾けている。
もちろん視線の先はスマートフォン。
それぞれがそれぞれの世界を見ているの
だろう動画サイト、SNS、ゲーム。

機能もできることもどんどん拡大していく
ばかりだ。

あの小さなディスプレイから広がる
世界は果てしない。

狭い車両の中で個人の世界にヒキコモっている。
電車はそれなりに人が溢れているのに。

今はおじいちゃんおばあちゃんといった
シニアと呼ばれる世代がスマートフォンを
持つようになった。

一昔前は親指族と言う単語が早い
折りたたみの携帯電話を使いこなす
若者をさして生まれていたが今
はもうなくなった。

老若男女、誰もがスマートフォン、
デジタルを使いこなしている。

テクノロジーの進化はとどまることを知らない。

「便利になる」「快適になる」
そういった言葉につられてわれわれは
新しいサービスを取り入れていく。

いちどその便利さに取り付かれてしまうと、
それがうまくいかなかったときに
違和感を覚えるぐらい取りつかれている。

例えばキャッシュレスサービスである。
私はこれを使うようになってから
銀行のATMに行くことがほぼなかった。

きちんとお金の管理ができる人であれば、
本当に便利な世の中になったのである。

手軽に買い物ができるようになった
と思っている。

そして最近のこと。
その落とし穴も経験した。
スーパーで買物をしていたとき。

いつも通りスマートフォンで
手続きをしようとした時だ。
自分のスマートフォンが圏外に
なっていることに気がついた。

たまたま私が使っていた電子マネー
決済サービスは圏外のものものでは
使えないようになっていた。

普段ささいなことでイライラする
事は無いのだが後ろに人が
並んでいたこともあり私は苛立ちを
隠せなかった。

誰が悪いわけでもないのに。
便利が当たり前になる。
なんらかの事情でその「当たり前」が
実現できない瞬間が発生すると
とたんにひどく損した気分になる。

私達はデジタルの便利さに依存している。

少しでもそこがうまく回らなくなると、
まるで日常生活がたちいかなくなると
錯覚しているかのようだ。

電子マネーが使えなくなったからと言って、
生活がたちいかなくなるわけではない。

銀行のATMに行って、現金を取り出して
くればいいのだ。
ただそこに手間がかかる、
余計なことをしているという感覚が
メンタルにも
影響を及ぼす。

今回は我々がデジタルに依存を
促進しているもの、
時にはアナログに立ち返ることの
意義を考えていきたい。
ときには便利の恩恵を手放してみたいのだ。

みなさんにもそんな瞬間はありませんか。


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