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13:何も、知らない。

 「ごめんね、急いでるとこ引き留めちゃって。」

担任は一言僕に謝罪してから、周囲に人がいないことを確認し、教卓の前に僕を座らせた。

「本当なら職員室で話したいんだけど、ちょっとばかり混み合っててね。教室で話すけど、問題ないかな。」

「どこでも構いません。」

僕が淡白にそう答えると、担任は少し困ったようにして本題を口にし始めた。もちろん僕は何の用件で呼ばれたのかわかっていた。彼の手には、僕が朝白紙で出したあの紙が握られていた。

「これ、一体どういうことなのかな。白紙で提出だなんて、学年中探しても君だけだったよ?自分のこと、何にも考えていないのかい?」

静かに、淡々と放たれる言葉が僕の心を抉っていく。その口調はまるで精神異常者とでも対話しているかのような、どこか距離を感じるものだった。

「職業柄ね、君くらいの年の子を何人も見てきた。もちろん中には君のような、自身の将来に対して考えるのが苦手で、漠然とさえ夢ややりたいことを持てない子もいた。だけど、その子たちと君とでは、明確に違うところがある。何かわかるかい?」

「わかりません。」

そう答えるしかなかった。わかるはずもなかったから。

「見つけようと努力したところさ。彼らは色々なことに挑戦した。悩み、苦しみながら、自分の可能性を信じて模索し続けた。その結果、彼らは夢を持てた。目標を抱いた。己の価値を己自信で見出したのさ。対して君はどうかな。誰かの真似ばかりして、ずっと誰かに縋りながら生きてきたんじゃないかな。だから自分で決められない。決める努力をしようとしない。だから、一年後とはいえ、目の前の進路すら自分で決められない。もう甘えて生きる時期じゃないんだ。君にだって可能性がある。自分の可能性を自分で捨てるような行動はすべきじゃないよ。君の、君だけの進路なんだ。」

珍しく担任に熱が入っているように思えた。言ってることはごもっともだ。この学校にだって、蓮が行くから着いて来たわけだし。しかしだからといって納得できるわけでもない。言い返してもよかったが、これ以上彼に時間は割きたくなかった。

「わかりました。」

 適当に返して僕は席から立ちあがる。紙切れ一つで僕のすべてを理解したかのように話す彼との会話もとい説教は耳障りと言うほかない。担任といえど所詮は他人。甘えでもなんでも勝手に思わせておけばよい。まずなぜ白紙で出したのか聞いたのだから理由を僕に話させる必要があっただろう。まあ、理由など毛頭ないのだが。とはいえ、僕以外に白紙で出した者がいなかったことには正直驚いた。一人くらい僕のような奴がいたっておかしくはないはずなのに。統率されすぎていてはっきり言って気味が悪い。

「もう話すことはないでしょう。僕はこれで失礼します。」

一方的に会話を終わらせて、僕は教室を出た。外は薄暗く、部活動の活気のある掛け声も聞こえなかった。

「本当に、最悪だった。」

闇が侵食し始めた空間に、僕の声が虚しく響き渡った。

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