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あなたのターメリックは、旬のターメリックですか?

前回はインドで広く流通している、カシミリチリという唐辛子のリサーチのために、カルナータカ州の「ビャダギ」という街に滞在していました。さて、次の目的地はというと、そこから北へ300kmほど、マハーラーシュトラ州の「サングリ」という街です。そこで今旬を迎えた、ターメリックの収穫から加工のプロセスを見るというのが、今回のミッションです。

真夜中の3時にホテルを出発し、駅のホームに着くと、そこそこの人が電車を待っていました。バンガロールやマイソールに向かう電車のアナウンスが響く中、電車は30分遅れで到着。インドの電車の遅延は日常茶飯事で、30分遅れというのはまだいい方。日中でホームが混んでいたりすると、座って待つこともできず体力を使いますが、深夜の場合はベンチにも座れます。たいていチャイのお店も開いているので、思い思いに過ごす人々の様子を眺めながら一服するのもいい時間です。

そうして乗り込んだ寝台車両は、みんなすっかり夢の中。私もシーツを準備して横になります。しばらくすると日の出の時間になり、「チャ〜イ、イドゥリ〜、ワダ〜」と物売りのおじさんたちがやってきます。窓の外はどこまでも畑、畑、畑…。インドが農業大国であることを実感します。前回ビャダギに滞在した際は、唐辛子マーケットの近くに畑がたくさんあるにもかかわらず、唐辛子を育てている農家がいないという残念なことがあったので、今回は必ず農家を訪ねるぞ!と、意気込んでいました。目的地のサングリの最寄駅に近づく頃、窓の外にターメリック畑らしきものがいくつも通り過ぎて行きました。私は興奮して、いますぐ電車を飛び降りたい気持ちに駆られました。

電車から降り立ち、ホテルへと向かう道。英語が話せる人はほとんどいないけど、道を聞くと一生懸命教えてくれて、ほんとに親切な人が多い。

インドは世界最大のターメリックの生産国であり、消費国であり、輸出国でもあります。2022年から2023年にかけてのターメリックの生産量は1161万トンと、世界の生産量の75%以上を占めるほど重要な役割を担っています。さらに30種類以上のターメリックが栽培されているそうで、最大生産州は、ここサングリのあるマハラシュトラ州、そこからテランガーナ州、カルナータカ州、タミル・ナードゥ州と続きます。(参照: Ministry of Commerce & Industry

サングリは最大生産州に位置することと、地理的に多くのスパイス企業が集まるムンバイにも近いというメリットがあります。ムンバイの南にはナワシヴァという輸出港もあり、そこから多くの企業がサングリのターメリックを輸出しているのです。到着したその日は日曜日だったので、翌日まで待って、ターメリックが売買されるAPMC(農作物市場委員会)に向かうことにしました。

翌日、ホテルの向かいにあるバスターミナルに向かい、英語が通じないながらも何とか目的のバスを見つけて乗り込みました。移動はなるべくローカルバスを使うようにしていますが、そのメリットはコスパだけでなく、地元の人たちとのコミュニケーションにあります。最初は不思議そうに見られますが、気になって話しかけてくれて、スパイスの話で盛り上がることもあります。この日も車掌さんからチケットを買う際、「APMC」と言っても通じずに困っていると、周りの人たちが「ハルディマーケット!」と言ってフォローをしてくれました。

そうしてたどり着いたAPMCは広大で、他の農作物もたくさん売買されています。ターメリックのブースが見つからずにウロウロしていると、APMCのスタッフが声をかけてくれ、バイクで送り届けてくれることに。1区画走った先に、何やら人だかりが見えてきました。数十人のエージェントや農家、サプライヤーが集まり、ターメリックを囲んでオークションをしているのです。エージェントとは、サプライヤーなどから発注を受けて、オークションで競りをする人のこと。ターメリックをカットして、断面の色をみてクオリティをチェックしています。

サングリのAPMC

その様子を無我夢中で写真に収めていると、サプライヤーの一人が声をかけてくれ、急遽彼の工場にお邪魔することになりました。案内してくれたケラシュさんは、ここサングリで60年間ターメリックの事業をしている企業の3代目。2009年から輸出を開始し、今では日本のクライアントも持っています。

「なぜサングリが他のマーケットと比べても特別かというと、ここではインドの主要なターメリックの品種の全てが入手できるからなんです。その中でも黄色い『カルパ』とオレンジの『ラジャプリ』がサングリの代表的な品種で、他にも『ジャルカ』『ナンデッド』などもあります。他のマーケットではそうはいかない。さっきAPMCでオークションをみてきたでしょう?今は収穫のシーズンが始まったので、午前中はサングリの代表的な品種が売買され、午後には他の品種が取引されるんです。さらに言うと、サングリのターメリックは業界では品質に定評があって、特にクリーニングやポリッシングなどの加工も丁寧なんです。」

とケラシュさんが言いました。クミンの場合は「ウンジャ」というマーケット周辺が加工技術が優れていることで「ウンジャ・クオリティ」としてブランド化していますが、ターメリックの場合、サングリが同様に評価されているのかもしれません。実際に加工の様子を見せてもらうと、最初に機会で大中小とサイズ別にグレーディングをし、そこから手作業でサイズを分け、不純物を取り除いて行きます。そこからポリッシングと言って、ドラムにターメリックだけを入れ、3時間〜4時間ほど研磨していきます。通常はダブルポリッシュと言って、この作業を2回施し、表面をツルツルの鮮やかな黄色の状態にします。ダブルポリッシュのターメリックの香りを嗅いでみると、磨く前よりもずっと力強いターメリックの香りが。するとケラシュさんが、

「いい香りでしょう?でも、今ここで加工しているものは全て昨シーズンに収穫されたものなんです。あと数週間すると、旬のターメリックが入荷しますよ。それはもっと香りが強い。例えばこのラジャプリのターメリックは1年前のものなので、クルクミン*の含有量は3%程度ですが、旬のラジャプリのターメリックは4%もクルクミンが含まれています。今も収穫は始まっていますが、1月に出回るものは水分量が多く輸出には向いていないので、2月中旬頃からが一番いいシーズンです。それから6月くらいまではクルクミンの含有量が高いターメリックが流通しますが、それ以降は下がっていきますね。」

と教えてくれました。女性たちが慣れた手つきでグレーディングをする様子を見ながら、まさか同じ品種、同じ産地のものでも、シーズンによってクルクミンの含有量が違うとは…と、まじまじとターメリックを見つめました。

工場を案内してくれたケラシュさん



ここで働くスタッフはシーズン中で60名ほど。うち1/3以上は女性で、日給は400ルピーだと言います。これまでに様々な地域で労働者の賃金を聞いてきましたが、400ルピーは比較的良い賃金です。ケラシュさんによると、サングリに限らず、マハーラーシュトラ州全体に労働者ユニオンがあることが影響しているのだそうです。

ラジャプリという品種のターメリック。乾燥させて1度研磨した状態(シングルポリッシュ)
工場で働く女性たち。こちらは珍しくマネージャーも女性

その翌日、APMCで出会った人から、

「アシュタという街に行けばたくさんターメリック農家がいるから、そこでオートリキシャに言えばすぐに連れて行ってくれるよ。」

と教えてもらったので、ひとまずアシュタに行ってみることにしました。バスで1時間ほどかけて到着し、ひとまずバスターミナルに座っている地元の人たちに、翻訳機で、

「ターメリック農家を知っていますか?」

と聞いて回りましたが、誰もイエスと言いません。続いて言われた通りに、オートリキシャに聞いてみると、全員が違う方角をさして言い合っています。

途方に暮れて、ひとまずGoogle Mapで農園があるエリアに歩いて向かっていると、向かいからバイクに乗った男の子たちがやってきたので、

「この先にターメリック農園はありますか?」

と聞くと、そのうちの一人が英語が話せるだけでなく、なんと友達にターメリック農家がいると言うので、紹介してもらうことにしました。

彼は自分を「MDと呼んで」と自己紹介し、近くのカフェでコーヒーを飲みながら、友達のターメリック農家に電話をしてくれました。

「あなたは本当に運がいいね、今ちょうど収穫しているところらしいから、これから行ってみよう。」

ターメリックの収穫シーズンが始まったとはいえ、あまりのタイミングの良さに自分でも驚きつつ、早速MDの友達の農園に向かいました。

到着すると、MDの友達がトラクターに山盛りのターメリックを積んで走ってどこかに向かっています。その後を追っていくと、収穫された大量のターメリックと、その横に巨大なボイル機がありました。

「この機械を使って全てのターメリックを茹でるんだよ。」

と言って案内してくれたのは、MDの友達のお父さんで、オーナーのヴィジェイクマールさん。現在2ヘクタールの農地でターメリックを育てている彼は、その他にもバナナやサトウキビなど、様々な作物を育てる大規模農家。10年前からターメリックの生産を始め、今年は始めて輸出用のターメリックに挑戦しているそうです。育てている品種はラジャプリ・セラムという品種で、クルクミンの量は4%から多いものだと4.5%にも上ります。2020年から2022年にかけて降雨量が少なく収量が下がったそうですが、今年はクオリティも量も満足いくレベルだと話してくれました。

運び込まれる大量のターメリック
お話ししてくれたオーナーのヴィジェイクマールさん

実際に収穫している場所を見せてもらうと、20人を超える労働者の人たちが手作業でターメリックを掘り起こしています。ターメリックは収穫の1ヶ月前から灌漑を止め、葉っぱを刈り取って、専用のくわでターメリックを一株ずつ掘り、それを手作業でバラバラにして収穫します。一株分のターメリックを持ち上げてみると、ずっしりと重たく、大きいもので20cm近い長さのものもあります。これが乾燥させると半分以下になるというから驚きです。

ヴィジェイクマールさんは毎年植える場所を変えていて、今年ターメリックを植えた場所には翌年サトウキビを植えるなど、肥沃度を保つための工夫をしています。最小限の農薬と化学肥料、ターメリックの葉やカウダン(牛糞肥料)を有機肥料として使い、なるべく自然に近い形で育てているそうです。

労働者の人たちにも話を聞くと、彼らはソレガオという300km離れた街から家族で出稼ぎに来ていて、この農園でのターメリックの収穫が終わると、また次のターメリック農園に行って働くのだそうです。ターメリックのシーズンが終わると、今度はバナナの収穫の仕事をするのだそうです。まるでサーカス団のように点々する暮らし。実はテランガーナ州や、カルナータカ州、アーンドラプラデーシュ州などでも、同じような人たちに出会いました。特にターメリックは唐辛子は、彼らのような出稼ぎ労働者の人たちの手に支えられているようです。

ターメリックの収穫の様子

翌朝、ターメリックを茹でる作業を見せていただけるということで、再びMDに農園に連れてきてもらいました。すると、既に茹で上がったターメリックがシートの上で干されていて、湯気が立ち込めています。ボイル機には4つの圧力ドラムがあり、1度に2つのドラムで1時間ずつターメリックを茹でていきます。蒸気が吹き出してきたら、そろそろ茹で上がりの合図。試しに折ってみて、火が入っているか確認し、ドラムから取り出します。この作業を4日間朝6時から夜9時まで繰り返し、ドラム500個分のターメリックを茹で上げるそうです。さらに21日間天日干しにして、ようやくマーケットに出品できる状態になります。

この日はヴィジェイクマールさんの友人のマヘシュさんも見学にきていて、彼の農園についてこう話してくれました。

「彼はシステマティックに非常に効率よく生産していると思うよ。ターメリックは10ヶ月間の栽培期間に加えて、収穫からボイル、乾燥までかなりの手間がかかる。それと比べて、サトウキビは栽培期間も短く手間も少ない。だから小規模農家にとってターメリックはハードルが高いんだ。彼のように他にも農地があれば、万が一ターメリックが不作でも潰しが効くけど、小規模農家にはそうはいかない。しかも近年はサトウキビの市場価格が上がったこともあって、多くの農家がサトウキビにシフトしたんだ。でも今ターメリックの価格が上がってるから、来年はまた変わってくるだろうけどね。」

ターメリックを茹でるための大型圧力鍋
茹で上がったターメリックは、ターポリンの上で21日天日干しにする

実はサプライヤーのケラシュさんから、日本が主に輸入していいるカルパという品種のターメリックの生産量が、今年40%も減少したという話を聞きました。そのうち10%は水不足によるもの、残りの30%は種まき自体が行われなかったことが理由だそうです。種まきのシーズンに雨が降らなかったことも影響しているようですが、より高値で売れる作物にシフトしたことも考えられるでしょう。

日本でターメリックを購入するときに、それが旬の時期のものかどうかなんて、一度も考えたことがありませんでした。でも野菜や果物と同様、ターメリックにも旬があるということ。そしてかなりの手間隙をかけて、私たちの元へと届いていることを改めて学びました。

帰国したら、旬のターメリックが日本に届いているか、改めてリサーチしてみたいと思います。

茹で上がったターメリック
案内してくれたMDと、農家のヴィジェイクマールさんの友人、マヘシュさん夫妻。





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