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「スパイス=お金」なインドネシアの人々

「スパイスの生産と流通を学ぶために、1年間インドに行ってきます!」と、堂々と宣言して日本を出発しましたが、インドビザのルールの変更により、急遽滞在先を変更せざるを得なくなってしまいました。

元々インドにフォーカスして準備してきたこともあり、他の国のスパイス事情についてはほぼ調査ができていなかったので、「どこに行こう…?」と悩んだ結果、クローブ、ナツメグ(メース)の世界一の輸出国であるインドネシアに滞在することにしました。もちろん、日本に輸入されているこれらのスパイスも、多くがインドネシアからのものです。インドとの流通の仕組みや、農家の人々の働き方の違いなども知りたい!探究心さえあれば、どんな事でも前向きに捉えられるものです。

インドネシアに行き先を決めた理由のもう一つは、私が所属するEarth Companyで支援している社会起業家たちが、研修のためにバリ島に集結していたから。特に、「リジェネラティブ農業(再生型農業)」という先進的な農業に取り組む女性社会起業家が、インドとインドネシアから参加していたからです。どちらもスパイスを取り扱っていて、彼女たちと繋がることで今後の支援や協働の可能性が広がるのでは…。実際に会ってみて、その期待は高まりました。

1週間足らずのバリ島滞在の間に、インドネシア滞在スケジュールを立てます。しかし、現地でスパイスの事業をしている人たちにコンタクトを取っていると、またまた思わぬ壁にぶち当たりました。

「ラマダン明けの4月下旬から5月上旬までは、レバランのお祝いでほとんどの人がお休みだよ!」

日本で暮らしている割には、私はムスリムの方々との繋がりは多い方だと思いますが、スパイスの収穫シーズンやビザに気を取られていたので、レバランのことは全く頭の中にありませんでした。

インドネシアで活動するジャーナリストの方から繋いでいただき、ナツメグキングと呼ばれる方にもアドバイスをいただきましたが、話を聞けば聞くほど、あまりにバッドタイミングで行き詰まってしまいました。そんな時に、スパイス通に大人気の「純胡椒」をインドネシアで作っている仙人さんから朗報が…!彼のビジネスパートナーで、スパイスの輸出事業をしている方を繋いでくださることになったのです。

そうして目的地は、マルク諸島に決定しました。今では世界各地で生産されているナツメグとクローブですが、その原産地がインドネシアのマルク諸島なのです。大航海時代以降、香辛料をめぐってポルトガル、イギリス、オランダが奪い合った悲しい歴史を経て、今ここでスパイスを生産、流通させている人たちは、一体どんな人たちなのか…?

マルク諸島アンボンの港

最初の行き先、マルク諸島の南にある州都「アンボン」には、バリ島からの直行便はありませんでした。スラウェシ島のマカッサルを経由して到着したその日は、まさにラマダン明けの当日。日本のお正月のように、街中のお店が閉まっていました。そんな中、私を案内してくれたのは、ホームステイのホストファミリーでもあるティナさん一家。彼らは農家からナツメグやメース、クローブといったスパイスの買い付けをしています。

バッドタイミングで何も見れないかと思いきや、ティナさん宅に着くなり、すぐに買い付けされたスパイスたちが倉庫に並んでいる様子を見ることができました。そこには、今まで日本で見てきたものとは比較にならないほど、鮮やかな赤色を纏った香り高いメースが…!

メースを倉庫で自然乾燥させているところ

「色が赤いほどハイクオリティで高値がつく。オレンジになったものは、古くなったもので、値段が下がってしまうの。」

ティナさんが語ります。そして、ナツメグの方へと案内してくれました。すると、よく見る丸いナツメグに対して、ずいぶん縦に長いナツメグが。

「これはロングナツメグ、別名パプアナツメグとも言われていて、主にパプアで生産されているもの。形はもちろん、香りも全然違うのよ。」

そう言って、ナツメグとロングナツメグをそれぞれ縦に半分に割ってくれました。確かに、ロングナツメグは今までに嗅いだことのない、独特の香りが。ティナさんによるとルートビアという炭酸飲料の香りに例えられることもあるとか。そして、ロングナツメグを覆っているメースも、もちろん縦長でした。少しフルーティーな香りですが、どんな料理に使われるのか、まだ想像がつきません。

左が通常のナツメグ、右がロングナツメグ。

ナツメグは1年2回、多くて3回収穫をするそうで、5月くらいから実が熟して今年2回目の収穫時期を迎えるそうです。農家から集めたナツメグやメースは、まずここで選別を行います。グレードは大きく分けて以下の3つです。*()内は主な輸出先

■ABCD:傷やダメージない、色や形がキレイなナツメグ(米国・日本)
■SS:色や形が完璧ではないナツメグ(ヨーロッパ)
■BWP:傷やダメージがある完全なB品

選別した後は5日から7日間、屋外で天日干しにします。雨季には冷蔵庫で一時保存をしたり、乾燥機を使って40度で3日間じっくり乾燥させます。インドではカルダモンを60度で15時間乾燥させていたのですが、低温で長時間乾燥させた方が色や成分が飛びにくいそうなので、理にかなっていそうです。

「ここにほら、クローブも買い付けしているの。ほとんどがアンボンから近いセラム島*からだけど。農家はクローブを収穫してもすぐには売らずに、家に保管をしておいて、お金がなくなったら売るの。貯金と一緒ね。」

セラム島から届いた高品質のクローブ。農家が数年保管していたものだとか。

特に、数ヶ月で鮮度が落ちてしまうメースと比べて、クローブは品質が長持ちするので、2〜3年、長い時には5年も家で保管しておくという農家も少なくないのだとか。「スパイス=お金」という暮らしをしている人たちは、一体どんな暮らしをしているのか…?好奇心が掻き立てられます。

翌日、ティナさんがナツメグの買い付けをしに行くというので、アンボンの中心から車で1時間程度のリリボイ村を訪ねました。

「ナツメグ100ピース、36,000ルピア」

と書かれた貼り紙があるお宅に到着しました。彼らは農家でありながら、地域の人からナツメグを購入し、販売もしているのです。

ボードに貼られた「ナツメグ100ピース、36,000ルピア」。オーナーのヌスさんのお店の隣には小さな商店もあります。

そこから歩いてすぐの親戚のお宅に伺うと、家の脇でナツメグとクローブの苗を育てていました。これらの苗の管理から、ナツメグやクローブの収穫を行なっているエルウィンさんに話を伺うと、ナツメグは2ヶ月、クローブは15日程度で発芽をするのだとか。そうして育てられた苗木は、他の村にも送っているそうです。エルウィンさんは、どちらも実をつけるまでは5年ほどかかると言います。

ナツメグの種を湿らせて芽が出るのを待っているところ。
クローブの苗。下のパカっと開いているところが種です。

さらに歩いて、丘にあるナツメグの生るジャングルに向かいました。見渡すと、既に多くの実をつけたナツメグの木がたくさん植っています。近くにはクローブの木や、ランブータン、ランサといった東南アジアの果実も。エルウィンさんはここで40年近く、オーガニックな方法でナツメグやクローブを栽培、収穫してきました。

ナツメグの収穫のベストタイミングは、熟れて自然と実の部分が割れ、間からメースに包まれた種が顔を出した頃。高い所の実は、竹を使って収穫します。5月初旬は収穫時期としてはまだ早く、熟れた実が数個しかありませんでしたが、実際にエルウィンさんに採り方を見せていただきました。実の付け根に狙いを定めて竹を突くのは、見ているだけでも難しそうです。

一番グレードの高いABCDとして取引されるナツメグは、この完熟した実のものだ、とティナさんは言います。熟れる前に収穫したものも、中のナツメグやメースは売買できますが、グレードが下がってしまうのです。

ナツメグ採り歴40年のエルウィンさん。
実が熟れて、赤いメースが顔を覗かせているのがわかりますか?
赤いところがメース。その内側にナツメグがあります。

帰り道にティナさんに聞くと、アンボンでは1ヶ月に10トンものナツメグを買い付けしているそうです。インドと異なり、オークションや卸市場がないインドネシア。どのように価格を決定しているのか尋ねると、スラバヤのマーケット価格を見て決めているのだとか。需要が多い時ほど、価格が上がるとのだと教えてくれました。

ティナさんたちは元々、インドネシアの西に位置するメダンに住んでいて、4年前にアンボンにやってきました。スパイスの輸出を得意としている人たちには華僑が多いと聞いていましたが、4年という短期間で、地元のコミュニティに入り込んで、ビジネスを広げているところは、流石だなぁ、と感心してしまいます。自宅に併設された倉庫でも、10人を超えるスタッフを雇用している他、隣のセラム島にも別の倉庫があり、別のスタッフが働いているのだとか。

こうしてアンボンだけでなく、周辺の島からもナツメグを集めているティナさんから、気がかりな情報が。

「雨季は6月から8月なんだけど、去年は3月から4月にかけてたくさん雨が降ったせいで、ダメージを受けたナツメグも多かったの。今年も雨が多かったから、影響が出てきてるわ。」

インドでも様々なところで、気候変動がスパイスに与える影響は耳にしてきましたが、ここ、インドネシアも例外ではないようです。短期間でどこまでその実情を知ることができるか分かりませんが、現地の人々の声を通して、その影響や農家の抱える課題を、できる限りお届けしていきたいと思います。

農家のヌスさんとエルウィンさん、その奥さんたち。


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