見出し画像

「神」は、“よいもの”、“素晴らしいもの”? ―もののけ姫の島に生きる―

キリスト系世界では、神は人を愛し、
イスラム系世界では、神は人を律し、
仏教系世界では、仏は人を開放する。
ところが、神道系世界においては、神は人に対して特別な興味はない。各々好きなように存在しているだけだ。

私の暮らす島に元来根付いていたのは神道系の世界観である。
現在、この島の人達は素晴らしいものに対して神と言い、困ったときには「神様仏様〜※」なんて言うけれど、実はその感覚も輸入品であったりするのだ。
(※細かいことを言えば、困窮は神様、苦悩は仏様を頼むのがいいのではないかと思っている)

そもそも、「神」にもいろいろあるけれど共通しているのは「人知の及ぶ範囲外」であるということだから、それの価値や善し悪しは人間に計れるものではないはずなのである。神は正しい、神は善だという断定はできないはずなのだ。
(神が善悪を創った等々、罪と罰論はまた今度)

--
さて、
この島に生きる生命体には常に2つの敵がいることを忘れてはいけない。
人間と、人外だ。

この島は恐ろしい島である。
家を立てれば水に流され、
道を作れば土に壊され、
食物を育てれば風に奪われ、
子供を作れば同調圧力に殺され、
オリンピックをしようと思えばウイルスに止められる。
つくづく、人外に翻弄され続ける島。

人と人外とは常に戦ってきた。
いつも人が一方的にやられるだけなのだけれど。
一時的に勝ったとしても、自然は凶暴で圧倒的で不滅で、最後に這いつくばるのは人である。とはいえ、不屈に立ち上がり繁栄しまた戦いを挑むから人間もまた不滅であり、まだ一度も勝敗は決していない。

人外からの度重なる攻撃の続く、その理由は分からない。
人外を制圧しようとしたことへの反撃なのか、人外が凶暴だから人が律しようとしたのか。人外が人を滅ぼそうとしているのか、気ままに暴れているだけなのか。結局、人には分からない。
分からないままに戦いが――破壊と再生が繰り返される。もののけ姫の舞台はそんな美しい島なのである。

何度も何度も理不尽に攻撃を受けながら、そのくせ美しいそれとひとつになりたくて仕方がない。……人間も、それの一部なのだから。
そう言えば、人間以上のもののけはいないのかもしれない。

写真はぱくたそ様より

この記事が参加している募集

#コンテンツ会議

30,733件

最後までお読みいただきありがとうございます♪