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【第13話】保育者としての私①

第2幕 園内研修だけじゃだめなんですか?

研修の終了後、職員室で油井園長、順子、栗田で簡単なふりかえりを行った。研修は組織を変えるためには有効な手段だが、やりっぱなしでは研修で起こった小さな変化が促進されず勢いを失ってしまう。何もしなければ組織やチームは元の状態に戻ろうとする力が働く。そのため栗田は研修後には、必ず研修の企画者や実施者とともにふりかえりの機会を設けることを大切にしていた。


少し朝晩は肌寒さを感じる季節である。順子は3人分の温かい緑茶を準備した。ティーバッグではなく、ちゃんと急須で入れたお茶である。栗田はお客ではないが、外部の人なのでお茶菓子も出した。近所にある和菓子屋の羊羹である。

「まずは一息いれましょうか」

と栗田は言って、早速目の前の羊羹に添えられた黒文字を持ち、食べ始めた。羊羹が出てきてからずっと眺めていた様子から、お腹が減っているのかなと順子は思った。

「もしよろしければこちらもどうぞ」と順子は自分の分を勧めた。

「ありがとうございます。大丈夫です」と栗田は断ったが、目は順子の羊羹を見つめたままでいる。順子が再度勧めると、「では遠慮なく」と言って嬉しそうに食べた。単純に甘いものに目がないのかもしれない、と順子は考えを改めた。


どうやら一息入れたかったのは栗田だったらしい。

栗田は羊羹を食べ終え、お茶を飲み干すと早速二人に尋ねた。

「研修いかがでしたか?感じられたことや気づかれたことがあったら教えてください」

「先生、ありがとうございました。職員みな、楽しんで学んでいたと思います」

油井園長は一言で感想を伝えた。実際には普段と違う職員の様子に驚いていたのだが、今回の研修がどうして保育の質向上につながるのか理解できず困惑もあった。しかし、栗田の機嫌を損ねないように配慮しあえて言葉にはしなかった。


「水澄先生はいかがでしたか?」

順子は栗田に促されて、考えを整理しながらゆっくりと話した。

「そうですね・・・。あのような対話型の研修は初めてでしたので、職員の普段とは違う様子に驚きました」

「なるほど。普段と違う様子というのは、具体的にどう違ったのか、もう少し詳しく教えていただけますか?」

「思っていた以上に、職員一人一人が保育への思いを持って仕事をしているのだということに気づきました」

「一人一人が思いを持って仕事をしていると感じられた?」

「そうです。この研修のテーマを聞いた時、最初はとても不安でした。職員の対話の場を設けても、何も話せないのではないかと思ったんです」

栗田は時々、順子が話した言葉をオウム返しにしている。相手の話を促すための傾聴のスキルの一つを活用していた。

「何も話せない、というのは、話すことが無いということですか?それとも話すという行為が苦手でやり方がわからない、ということですか?」

順子はそう問われて少し考えた後、「両方ですね」と答えて気がついた。自分が、職員に思いがないという見方をしていただけではなく、思いを言語化する能力もないと考えていたことを。子どもに対しては有能な子ども観を持っているのに、職員に対しては無能な人間観を持ってしまっていた自分に気づいた。

しかし、保育者の成長を待っていては子どもにとってより良い保育はできない。そのため、未熟な保育者に対して主任として指導をすることについては、変える必要はないと順子は信じていた。

「ストーリーで読むファシリテーション 保育リーダーの挑戦」一覧はこちら
https://note.com/hoikufa/m/mdab778217cb1

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