【第4話】 ファシリテーターとの出会い③
「はじめまして」
渡された名刺には、「保育ファシリテーション協会認定 保育ファシリテーター栗田怜史(くりたれいじ)」と書いてあった。年は30代後半だろうか。白いティーシャツの上に、グレーのジャケットを羽織っており、下はジーンズを履いていて、カジュアルな格好をしている。
順子は「ファシリテーション」という言葉を初めて聞いたので、気になって昨日ネット検索してみた。どうやら会社などで会議を円滑に進める技法のことを指すらしい*。そんな方法でどうやって園を変えていくのか検討もつかなかった。
注*これは「会議ファシリテーション」という方法です。「会議ファシリテーション」はファシリテーションの一分野です。ファシリテーションの手法や考え方を用いて会議を円滑に進める方法です。ファシリテーションやファシリテーターについて詳しくはこちら⇒http://hoiku-facili.work/message.html
二人と栗田が自己紹介し合った後、早速、油井園長から、ここ数年退職者が続いていること、そのために安定した保育ができていない状態が続いているという説明があった。坦々と話してはいるが、その表情からは不安が滲み出ていた。
栗田は、「なるほど」「そうですね」と相槌を打ちながら園長の話を促していた。時々「それは不安になりますね」「大変でしたね」と気持ちに共感しているような声をかけていた。
園長が話し終わると、栗田からひとつの提案があった。
「では、園の現状の課題を明確にするために、まずは職員へのヒアリングをさせてください」
「ヒアリングですか?」
「はい。職員一人につき、15分から20分ほどお時間をいただき、今感じている園の課題についてお話を聞かせていただきます」
「そのヒアリングというのには、園長や私も同席するのでしょうか」順子は質問した。
「いえ、今回は私と職員の一対一で行わせてください。もちろんヒアリングの結果はお二人に共有させていただきます。ただし、職員が率直に話しやすくするために、誰がどのような話をしていたのかというのは伏せておきます。職員全員のヒアリングをして、おおよそこのような内容でしたよ、ということはお伝えいたします」
「私は反対です」と順子はすかさず言った。思ったことはすぐに言葉に出てしまうのは、順子の長所でもあり、短所でもあった。いつも言葉にしてから後で後悔することの方が多い。しかし、この時には「自分は間違っていない」という確信があった。
「ただでさえ忙しさが原因で職員が疲弊しているんです。それなのに、さらに時間を取ろうなんて・・・職員から不平不満が出るのは目に見えてます」それに、初対面の栗田に職員が心を開くとも思えなかった。
「なるほど。水澄先生は職員の負担を増やしたくないと感じていらっしゃるのですね」
「そうです。それにヒアリングなら、年に一回、私と園長が分担してやっています。それで十分に職員の話は聞けているし、職員が感じている園の課題も把握しています」
「そうですか。園長先生とお二人で職員の話を聞く機会を設けているのですね。油井園長先生はどう思われますか」
順子と栗田のやりとりをどこか他人事で聞いていた油井園長は一瞬戸惑ったが、順子とほぼ同意見であった。
「わかりました。それでは、一人5分ではいかがでしょうか。午睡中の時間を使って、職員の方には交代でヒアリングに来てもらいます。5分ならそれほど負担も大きくないですし、なによりも園の課題を明らかにすることだけがヒアリングの目的ではありません」
「他にどんな目的があるのですか?」
「私と職員との信頼関係の構築です」
栗田は5分と言っていたが、実際は一人10分程度の時間がかかっていた。順子が不思議に思ったのは、ヒアリングが行われている部屋から出てくる職員の表情であった。
部屋に入る前とは明らかに違っている。どう違うのかと問われると答に窮するが、なんとなく違っているように感じられるのだ。
「ストーリーで読むファシリテーション 保育リーダーの挑戦」一覧はこちら
https://note.com/hoikufa/m/mdab778217cb1
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