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【まえがき】 クッキーカッターな憧れ ー 本当にほしいのそれ?

日本国外に住んでいる私は、年に一度日本へ帰国するようにしている。

とくにいつとは定めていない。結婚式に招待されたら飛行機に飛び乗るし、避けるべき蒸し苦しい夏でさえ恋しくなって帰りたくなる。飛行機代と環境コストで痛い目に遭うけど、海外生活をはじめて約3年間、日本に帰った回数は計4回。いまのところ、理想通りの頻度で日本に帰ることができている。

365日、8,760時間、525,600分……細分化してゆけばその規模の大きさを誇張できてしまうが、いやはや一年は相当な時間だ。

その期間不在にしていると、東京はトランスフォーマーのように、一年前とは全く違う風貌へと変化する。初めて渋谷スクランブルスクエアや渋谷ストリームなどの真新しいビル群を見てひっくり返ってしまったし、友人に「東京ミッドタウン日比谷で待ち合わせ」と連絡を受けると、頭上にははてなマークがくるくると回る ー 東京ミッドタウン日比谷なんて、聞いたことがない。何ぞや、それ。調べると、どうやら私が移住した翌年にできた商業施設だという。

一年という時間が空けば、国内にいる友人らと国外にいるわたしの間には空白のピリオドができる。仕事帰りに一杯、週末にコーヒーでも、のように気軽に会うこともできず、滞る話がいっぱいなので、帰国すれば一年分の話をどさっとテーブルに積み上げることになる。日本に帰る理由は、会っていないその時間の埋め合わせのためでもあるのだ。


そんな日本に帰国した2ヶ月前のこと。
私は3週間という滞在期間の間でいろんな友人らと予定を立て、毎晩のように誰かと会っていた。ビールを片手に枝豆を食す。ワインとアヒージョに舌鼓を打つ。「久しぶり!」の掛け声のあとは、溜まっていた生活のあれこれ話に花を咲かせるはずだった。

ところが、私がいない間に、皆は口裏を合わせていたのだろうか ー 友人らは口を揃えて、同じような憧れを語るのだった。

「30歳までには結婚したい」
「転職したい」
「いつかは海外に移住したい」

迅速に変化する東京という街に逆らうかのように、考え方や価値観に代わり映えがなく、どこか聞き覚えのあるものばかり。何だろうか ー 誰かが上に立って、「このようにしなさい」と命令しているのだろうか。 逆らうと、処刑でもされてしまうのだろうか。
口を開けば、次に何が出てくるのかが予測できてしまう。お酒の力もあり気分は上々だが、何だか会話に物足りなさがある。勝手ながら、彼ら彼女らが次に会う一年後どうなっているのかが薄々と感づいてしまう。

彼ら彼女らを観察すると、30歳手前だからなのか、みんな身なりに気をつけているではないか。私はそんな中、5CHF(約500円)で買ったセカンドハンドのシャツに、ユニクロのスキニージーンズに身を包んでいた ー それなりにお洒落だったはず。衣服に価値を見出さない私はちょっとズレているのか……そう不安を抱くのもつかの間、閉店のお知らせを受けては解散の時間が近づいてくる。
みんなは揃ってカバンから高級ブランドの財布を取り出し、お支払いを済ませるのだった。


別に、こういう憧れに対して悪く言っているわけではない。結婚や転職、移住は人生において大きな変化であるし、その決意をかためることは立派だ。私も実際、何度も転職しては移住し、さらに結婚するというトリプルビンゴを成しているから、どれほどの変化であるのかは重々承知している。

でも何だろう。
1億2600万人もいれば、それ相応のレパートリーがあってもいいのに、一般的な日本人の憧れはどれも代わり映えがないような気がしてしまうのは、私だけでしょうか。

誰かがアネロのリュックを背負えば、巷ではアネロのリュックが大流行し、
友人に子供が産まれれば、自分も家族がほしくなってしまう。
滅多に開かないフェイスブックを覗くと、複数人が結婚式の写真をアップしているが、全部同じに見える。しまいには参列者も見た目が似ているではないか。


クッキーカッターからくり抜かれた生地のように、日本人がねだる憧れは同じ形をしていて、正直、面白みがないのだ。


とはいえ、私が抱いた憧れもその焼かれるクッキーの一つであったことは間違えない。昔はキャリアウーマンになって、子供を2人を産んで、若くて可愛いママになるのが目標であった時期はあったことだろう。

でもたくさんの経験や疑問を通して、私の憧れは他の同型のクッキーと足並み揃えられなくなった。その結果、今はきっとクッキーにもなりやしない生地の端っくれでしかないと思う。でもそれは、私は強い憧れや目標、「こうでなければいけない」圧力がないことに等しいのです。それはそれは、ちょっと人生が楽になったこと。多くの人も、本当にその憧れがほしいのかを一度自分に問い正していただきたいのです。


そんな不思議な観察結果をきっかけに、今後私が個人的に思う、想像が安易な日本人の「クッキーカッターな憧れ」を不定期に記していきたいと思う。

決して批判をするつもりはない。ただの気づきや発見だけであって、面白半分で読んでいただけるような内容にしていく予定です。

これを機に、あなたの憧れがユニークなクッキーに焼き上がることに貢献できたら嬉しい限りです。

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