「くらくら両想い」第13話 完

くらくら の あと (おまけ2・バレンタイン編)

 バレンタインはずっと昔から憂鬱な日だった。何故なら私は甘いものが苦手だから。事前にできるだけチョコはいらないと周囲にやんわりと伝えるのも手間だし、もらっても食べきれないから心苦しい。ここ数年バレンタインのチョコは円歌からのものでさえ、配る人への分とは別に甘さ控えめのものを作ってもらうのが申し訳なくて断っていた。でも恋人になった今年はどうしてもほしくなってしまって、こちらからお願いしていた。
 きたるバレンタインデー当日は休日で。部活があったけど、部員のみんなは理解があってチョコをもらうことはなかった。というか志希先輩が前日の部活の時に「一番には恋人のが欲しいもんねぇ」と大声でからかってきたから、みんなが察してくれたのもある。先輩には感謝したいけど、感謝するには絶妙にムカつく方法をしてくるのが良い意味で憎たらしい。
 部活終わりに「葵の部屋で待ってる」という円歌のメッセージがスマホに届いていて、先輩だけでなく晴琉にまでバレるくらいにはご機嫌で家に帰った。

「ただいま」

 部屋に入ると返事はなくて。円歌が私のベッドで寝ていたからだった。昔から円歌は一緒に遊んでいても眠くなると勝手に私のベッドで寝ていたから、もはや当たり前の光景だけど、ちょっと無防備すぎて困る。
 部活終わりだから、部屋に荷物を置いて一旦シャワーを浴びに出て行った。再び部屋に戻っても、円歌が起きる気配はなかった。かわいい寝顔を見ていたら我慢ができなくて。寝ている円歌のそばに寄り添い、起こさないように優しくキスをする。やはり円歌は起きなかったけど、目を覚ますまで待つ時間も私は昔から嫌じゃなかった。

「あおぃ……おかえり」
「ただいま」
 
 私が隣に寝転がりスマホをいじって時間をつぶしていると、待っていた返事がようやく返ってきた。円歌は体を擦り寄るようにして私との距離を詰めて、ぴったりとくっついてくる。目はほとんど開いていない。

「待って。また寝るの?」
「んー……そうだ……チョコだ」

 思い出してくれてよかった。円歌は目をこすりながらも、ゆっくり起き上がり、床に置いていたカバンから綺麗にラッピングされた袋を取り出した。

「食べたい?」
「え、それ聞くの?」

 私が受け取るためにベッドから起き上がると、すぐに円歌はくれなくて。笑いながら焦らしてくる。寝ている間に十分焦らされていたというのに。でもまだ寝起きだからか少し舌足らずでかわいい円歌を見てると、焦らされる時間さえ愛おしく感じる。

「食べたいです」
「しょうがないなぁ。はいどうぞ」
「ありがと。葵も用意してあるよ」

 円歌からチョコを受け取り、シャワーを浴びて戻ってきたときに持ってきたチョコを円歌に渡す。シンプルなガトーショコラ。普通に甘いやつ。お互い袋からチョコを取りだす。円歌がくれたのはシンプルなハートの形のチョコだった。色が濃いからビターよりなのだと予想する。

「おいしい~。甘いの苦手なのに上手に作れるんだねぇ」
「味見はお母さんにしてもらってるから」
「なるほど。あ、私の結構苦いと思うよ」
「ん……いや?ちょうどいいよ。おいしい」

 予想通りビターなチョコで。甘いのが苦手な私でもちょうどいい味だった。コーヒーがあればもっといいいなと思い、コーヒーを淹れようとして立ち上がろうとすると不服そうな円歌の顔が目に入った。

「え?何?どうしたの?」
「苦くないの?」
「苦いと言えば苦いけど。おいしいよ?」
「えー……そっかぁ」
「えぇ?」

 どうして美味しいと言っているのに不満そうなのか。私の頭にハテナマークがたくさん浮かぶ。でも今の私は一旦コーヒーが欲しかった。

「とりあえずコーヒー持ってくるけど円歌は何飲む?」
「じゃあ……紅茶」
「わかった」

 部屋を出てコーヒーを淹れて。紅茶も作って。用意しながらさっきの出来事を反芻する。チョコをもらって、食べて、おいしいと言って……何か間違ったかな?部屋に戻るまでずっと考えたけど、結局分からず。

「紅茶持ってきたよ」
「ありがと」
「で……あの。葵は何かしてしまったのでしょうか」

 さっきの不満顔はどこへやら、紅茶を一口飲んですっかり元通りの円歌の様子を見て、もしかしたら触れないほうがいいのかと思ったけど、どうしても気になって聞いてみた。

「何が?」
「え。いや、さっきおいしいって言ったのに反応薄かったから……もしかして何か隠し味があったとか?」
「あぁ、ごめん。違うの。別に個人的なことだから」
「なにそれ気になる」
「えー……どうしようかな」
「教えてよ」
「んー……苦いって言ってくれたら、甘くしてあげたのになって」
「どういうこと?」
「もう教えなーい」

 もしや苦いと言えば良かったのか。しかし深まる謎。甘くしたかったとは?……もしかして。

「苦いって言ったらちゅーしてくれたとか?」
「なにそれ違いますぅ」
「えぇ?でもキスって甘いとか言うじゃん」
「それはそういう言い回しでしょ」

 でも他に思いつかないし。円歌、図星だったから意地になってごまかしてるだけでしょ。実際私は円歌とのキスは甘いと思っている。

「とりあえずしていい?」
「えぇ?苦くなかったし甘いの苦手なんでしょ?それならいいじゃん……って葵……ちょっと……」
「うん……ほら甘い」
「……苦いよ」
「あぁ、コーヒー飲んだから……もっとしたらそのうち甘くなるんじゃない?」
「もう、何それ……したいの?」
「うん」
「しょうがないなぁ」

 円歌と甘い時間を過ごす。

「――そろそろ甘くなった?」
「んー……もっと甘くして?」
「あの、急に甘えてくるのはずるい……」

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