「くらくら両想い」第9話

どきどき 2

 文化祭2日目。私のクラスは劇が中止になったから、みんなで話し合い怪我をして自宅で大人しくしている晴琉と、ビデオ通話を繋いでおしゃべりをすることになった。晴琉は足首の捻挫以外は大した怪我をしていなかったようで、元気に受け答えをしていた。真っ先に劇が中止になったことを謝る晴琉を恨むような人はクラスにはいなくて、口々に励ます言葉をかけていた。
 それから優しい晴琉は怪我の話で暗くならないように、病院へ王子様の格好で運ばれて目立って大変だったかという話を面白おかしく話していた。
 ビデオ通話を終え、時間を持て余したクラスのみんなは散り散りになり、他のクラスの手伝いにいったり、他の来場した人たちと同じように楽しんだり、それぞれが自由に過ごしていた。
 私は晴琉に会いたくて結局早退することにした。みんなでお金を出し合って買ったお菓子と花を持って晴琉の家に向かう。
 晴琉の家に着いてインターホンを鳴らすと先にお見舞いに来ていた円歌が出てきた。でも何故か目を合わせてくれない。

「円歌?」
「あの……ちょっとしばらく顔見れない」
「へ?何で?」
「何でも!」
「えぇ?」

 うつむいたまま様子がおかしい円歌に理由を問い詰めても答えが返ってこない。

「あ!葵~!」

 部屋から晴琉が出てきた。足を怪我しているから壁に手をつきながらも元気そうに歩いている。逆に円歌は部屋へと戻ってしまった。

「晴琉。動いて大丈夫なの?」
「平気だって。色んなとこ打ったけど軽傷だったよ。というか花って。入院したわけでもないのに大げさだなぁ」
「お菓子も持ってきたよ」
「わぁ。いや多いな!」

 晴琉がクラスのみんなに愛されているが故に大量のお菓子も託されていた。多いけど、嬉しそうに笑っているから良かった。
 晴琉の部屋に入って昨日のことを聞く。晴琉は自分の椅子に座って、私はベッドに腰掛ける。円歌は何故か寝不足だと言って晴琉のベッドで寝てしまった。だから私だけが晴琉の話を聞いた。昨日は劇が終わった後、色んな女の子に囲まれてキリがないから逃げたところで円歌に会ったという話だった。

「そしたら上から円歌が降ってきて。びっくりしたぁ」
「それで頭打ったって聞いたけど、本当に大丈夫なの?」
「その後寧音が来て動かないでって言われから安静にしてて、一応病院で診てもらったけど大丈夫そう。もう痛くもないし」
「それならいいけど……」

 晴琉はさっきからしきりにスマホを確認していた。色んな人から連絡が来て大変らしい。それもそうか。救急車で運ばれたのだ。普通なら気にする。

「あ!志希先輩も来てくれるって!」
「え?先輩が?」

 先輩も文化祭は忙しいはずなのに。わざわざ文化祭を抜けてまでお見舞いに来てくれるとはなんて後輩思いなのだろう。
 先輩が来るまで晴琉とおしゃべりしつつ、持ってきたお菓子を食べながら待った。私は甘いのは苦手だからスナック菓子を食べる。晴琉のためのものだけど、運んだ手柄ってことで。ふと晴琉が声を潜めて話し始めた。

「そういば今朝思い出したんだけどさ、たぶん……円歌を押したの、2年生だと思う」
「え?」
「顔は見れなかったけど、上履きがさ、2年生の色だったって思い出して」

 うちの学校は学年ごとに指定の靴のラインの色が異なっていた。円歌のことを押したのは、寧音ちゃんがかばっている人が今一番怪しい。たぶん志希先輩とも知り合いで、私と円歌のことを恨んでいるかもしれない2年生……。

〈ピンポーン!〉

「志希先輩かも」
「晴琉は座ってて」

 インターホンが鳴り、晴琉の返事も待たずに先輩を迎え入れるために玄関へ向かう。ドアを開けると、そこにいたのはやはり志希先輩で。でもいつもと違って真面目な顔をしていて、私は妙に緊張してしまった。

「あ、葵ちゃんも来てたの。ちょうど良かった」
「志希先輩~!!」
「あ、晴琉!座ってなさいって言ったでしょ」
「晴琉ちゃん。思ったより元気そうでよかった」
「志希先輩怖い顔してどうしたんです?あ、お菓子たくさんありますけど食べます?」
「はぁ。まったく晴琉ちゃんは。円歌ちゃんもいるんでしょ?三人に話があるの」

 どこまでも能天気な晴琉を見て、志希先輩の顔に少しだけ笑顔が戻った。
 部屋に戻ると円歌は相変わらず寝ていて。この人たちはちょっと呑気が過ぎる。それが良いところなんだけども。晴琉は椅子に座って私は床に座った。円歌を起こすために志希先輩はベッドに腰掛ける。

「え~円歌ちゃんの寝顔かわいい~。添い寝していい?」
「志希先輩も寝たいですか?……永遠に」
「葵ちゃんこわ~い」

 志希先輩はさっきまでと違っていつもの調子を取り戻していた。先輩が体を揺らすとようやく円歌が目を覚ます。眠そうに目をこすっている姿が幼く見えてかわいい。

「ん……志希せんぱぃ?」
「あらぁ。寝起きの円歌ちゃんかわいいねぇ」

 円歌の頭を撫でている先輩を見てどうしてやろうかと思ったけど、今はそういう状況じゃないから自重した。

「円歌も起きましたし、話って何ですか?」
「……あのね、犯人見つけたの」

 少し間を置いてから志希先輩は真剣な顔に戻り口を開く。私たち三人は驚きながらも黙って耳を傾け続けた。

「私と同じクラスの子で前から私のファンだったらしいんだけど、その……円歌ちゃんが私のこともてあそんだと思ってたみたい。私と別れた円歌ちゃんが葵ちゃんと一緒にいるようになったのに付き合ってないから、色んな子と遊ぶようになったんじゃないかって思ったんだって。それで円歌ちゃんを探ろうとして呼び出したら、晴琉ちゃんが現われたらしくて……それでここからは聞いたまま話すけど……その、二人がキスしようとしてたって言ってて」
「「はぁ!?」」

 私と晴琉は驚いて思わず声をあげていた。

「だからやっぱり円歌ちゃんのこと悪い人だと思って、気が付いたら背中押してたって……」

 志希先輩の話を聞いて何かに気付いた円歌がおずおずと言葉を発した。

「あの……それってたぶん……晴琉が劇のセリフを言っただけで……」
「あぁ!!」
「「え?」」

 疑問が晴れたのか清々しい顔をする晴琉と対照的に戸惑う私と先輩。

「そうそう!せっかく王子の格好してたし、劇終わりでテンションも上がってたし、メイド服着てる円歌かわいかったからさぁ、全力でセリフ言ったわ!最後のキスシーンのやつ!」
「えぇ……」

 あの劇はそれはそれは甘ったるいセリフばかりで構成されていた。確かに知らないで聞いたら、勘違いするかもしれないけど……それでもしたことは到底許されることではない。

「じゃああの子の勘違いだったんだね。でも迷惑をかけたことには変わらないから……昨日様子がおかしくて、今日は休んでたから問い詰めたら全部認めてね。もう学校は辞めるって言ってるんだけど……三人はどうしたい?」
「私は被害を受けたわけではないから……辞める前に二人には謝って欲しいと思いますけど」
「私がふざけたのがきっかけみたいだから、私は謝ってもらわなくてもいいかな。とりあえず円歌に謝ってくれれば」
「私は……会うのはちょっと怖いです」
「わかった。二人が会わなくていいなら、葵ちゃんもいいね。後は私が片付けるから。それでいいかな」
「「「はい」」」

 私たちは志希先輩に任せることにした。真剣な時の先輩ほど頼りになるものはなかった。

「……私のせいで怪我させて本当にごめんね」
「「「先輩のせいじゃないですよ!」」」
「……はは!息ぴったりだねぇ……ありがと」

 先輩のファンによる犯行だったから先輩が責任を感じてるようだけど、それは違う。私たちは謝る先輩に対してすぐに口を揃えて反応した。
 そんな私たちを見て笑顔を取り戻した先輩を見て、また私たちは同じように安堵していた。
 その後は学校に戻るという先輩が先に家を出て行った。でも私たちもすっかり疲れてしまって、私と円歌もすぐに帰ることにした。実は明日もまた私の誕生日を祝うために三人で集まる予定だったりする。
 今は円歌を家に送っている帰り道。円歌は寝足りないのか、まだあくびをしている。

「今日も色々あったね……眠い」
「ね」
「でもまぁ、事件は解決したってことだよね」
「そうだね……」

 私にはまだ寧音ちゃんと話をするのが終わってなかった。何か隠しているようだったし、今日の事も含めてちゃんと話がしたい。結局キーホルダーを盗んだのは志希先輩が捕まえた犯人とは違うみたいだし。

「というか今日ずっと目合わないけど、なんで?」
「え……内緒」

 そう、円歌とは今も仲良く手を繋いで歩いてはいるけど、今日はずっと目を合わせてくれない。もう円歌の家の近所の公園に着いて、そろそろお別れする時が近づいていた。公園の前で立ち止まり、両手で円歌の両頬を挟んで上を向かせる。それでも頑なに合わない目。

「ねぇ……寂しいんだけど」
「だって…………から」
「え?何?」

 うつむきながらつぶやく円歌の声はほとんど聞こえず、もう一度聞き返すと円歌はようやく目を合わせてくれた。でも顔が真っ赤で、それでいて怒っているように見えた。予想外の円歌の珍しい姿を見て私は思わず固まる。

「……夢に出てきたから!葵が!……だから恥ずかしいの!」

 円歌は一方的にまくし立てて、固まった私を置いて走って帰ってしまった。え?……私が昨日いっぱいキスして、私のこと考えて寝てって言ったから、夢にまで出てきたってこと?それで恥ずかしくて顔も見れなかったってこと?……かわいすぎない?
 私は円歌のかわいさの余韻に浸り、必死ににやける顔を抑えながら家まで帰ることになった。

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