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連載「『公共』と法のつながり」第12回 模擬選挙の可能性――選挙の意義を問い直しながら考える

筆者 

大正大学名誉教授 吉田俊弘(よしだ・としひろ)
【略歴】
東京都立高校教諭(公民科)、筑波大学附属駒場中高等学校教諭(社会科・公民科)、大正大学教授を経て、現在は早稲田大学、東京大学、東京都立大学、東京経済大学、法政大学において非常勤講師を務める。
近著は、横大道聡=吉田俊弘『憲法のリテラシー――問いから始める15のレッスン』(有斐閣、2022年)文科省検定済教科書『公共』(教育図書、2023年)の監修・執筆にも携わる。


【1】はじめに

 18歳に選挙権年齢が引き下げられたことを受け、「公共」の教科書には、「選挙に行こう」(D社)、「投票先を決めてみよう」(J社)、「模擬投票をしてみよう」(S社)など、選挙や投票に行こうと呼びかける実践的な学習が記載されるようになりました。これまでの選挙に関する教科書の記述は、選挙制度の理解に重点が置かれており、投票につながるような実践的な記述はあまり見ることはできませんでした。それに比べると、新しい教科書の内容は、大きく変化してきていることが伺えます。

 こうした新しい教科書には、選挙について「どのように投票先を選べばよいのか」など、候補者や政党の政策や主張を調べたり、投票所での投票の仕方などが図解入りで丁寧に解説されたりしています。また、近年では、1つの教科の枠組みにとどまらず、選挙管理委員会と連携しながら学校ぐるみで模擬選挙に取り組む事例や模擬選挙の取組みをサポートしてくれるNPOなどの支援を受け実践している学校が増えてきていることにも注目したいところです。今回は、東京都知事選挙が7月7日に控えていることもあり、こうした新しい動向にも目を配りながら、選挙の意義を問い直し、模擬選挙の可能性について検討してみることにしましょう。

【2】模擬選挙には2つのパターンがある

 まず、模擬選挙の実践動向について概要を説明します。
 模擬選挙は、生徒が政治的な課題を調べ、自分なりの判断基準をもって政党や候補者に投票するものです。その目標に応じて大きく2つのパターンがあるといえます。1つは、架空の選挙を想定して行う模擬選挙、もう1つは、実際の選挙の時期に合わせて実在する政党や候補者に投票する模擬選挙となります。

 架空の選挙を想定して実施する場合は、選挙への関心を高め、投票への意識を向上することを目標にして行われます。架空の選挙公報を読んだり、演説会を開いたりして、候補者の政策を分析するような学習が行われることが多いようです。しかし、架空の選挙であるため、どのようにテーマ(争点)を設定し、考える要素を盛り込むことができるかどうかが成否を分けるポイントとなります。参加者からこんなテーマ(争点)は考えるに値しないと認識されてしまうと、その意義は大きく低下してしまうからです。

 他方、実際の選挙に合わせて行う模擬選挙の場合は、政党や候補者に関わる情報を収集し、争点などを整理・分析して自ら考え、投票することを通して、将来の選挙に備えた経験を得ることを目標にして行われることが多いようです。本物の選挙と同時期に実施されることから、高校生も熱心に取り組む傾向が見られます。その際、実際の投票行為をイメージできるように、投票所の設置や投票所入場券の配布、投票箱など投票方法も実物に近い形で実行すると効果的です。ただし、実際の選挙に合わせて行う模擬選挙の場合、公職選挙法上の禁止事項への配慮もあるせいか、政党の政策を正面から取り上げ、クラスやグループで、本格的に比較・検討したり話し合ったりするような学習には慎重な傾向がみられます(註1)。心配な点があれば、選挙管理委員会との連携も視野に入れて取り組むとよいでしょう。

 どちらのパターンで実施するにしても、政党や候補者が掲げる政策や生徒本人が大切にしたい政策や争点を取り上げ、検討し判断するという経験は、現実の政治や社会の課題に向き合うきっかけとなり、さらには政治的課題を理解したり、政策の是非を考えたりすることができるという点で有意義な取組みといえるでしょう。もちろん、その進め方には決まりきったマニュアルがあるわけではありません。実践に際してはそれぞれの学校に見合った創意工夫が求められることになります。

【3】選挙の意義を問い直す

 しかし、あらためて「公共」の授業で代表民主制と選挙制度を学習テーマに取り上げ、模擬選挙に取り組む意義を検討しようというとき、その前提として選挙の意義をどのように捉えるかがきわめて重要な気がします。戦後の憲法学における議論は、選挙による代表民主制を所与のものとして「代表制」の意義を探究してきました(註2)が、現在では選挙や代表制への閉塞感や疑問の声が多数寄せられているからです。とくに中高生ら若者の間にもそのような閉塞感や疑問が(感覚的であったとしても)みられることを考えると、「選挙は大事だから投票に行きましょう」という建前論だけでは通用しない感じがします。選挙の意義を現代においてあらためて掴み直すことは思ったよりもはるかに難しいということに気付かされたのです。

 では、どのように選挙を捉え、授業を構想するべきなのでしょうか。そんなとき、この問題を考えるうえで、とても大切な視点を提供してくれる1冊の本に出会いました。その一節を少しだけ引用しますので、一緒に読んでみることにしましょう。

選挙は、「みんな」を「つくる」ための運動という視点からも大事です。デモクラシーは「みんな」で「みんなに関わる事柄」を決めるしくみです。ところが、「みんな」の意見や利益というものが最初からあるいはあらかじめ存在するわけではありません。それはまず自分一人の切実な利害や思いから始まるはずです。……大事なのは声をあげると、それが「一人」の意見ではなかったことが分かることがあるということです。それはもちろん数のうえでは多数ではないかもしれません。しかし、一定の数の同じような悩みを抱えた「なかま」が見つかるかもしれない。……大切なのは、それによって、そうした声がなければ存在しなかったことになっていた不満や対立軸を「みんな」の前に提示することができるということです。

犬塚元ほか『政治学入門――歴史と思想から学ぶ』(有斐閣、2023年)35-36頁(註3)

 なるほど、選挙には、「みんな」を「つくる」プロセスに参加するという、とても重要な意義があるのですね。自分が1人で悩んでいたり考えたりしていたことをまわりの人に伝えることで、「みんな」が生まれ、それによって「みんなに関わる事柄」が意識されるようになっていくのです。そして、その「みんなに関わる事柄」を具体化し実行していくという役割を担うのが、選挙によって選出された公権力の担い手(議員・首長)になるわけです。こうして、自分の問題(私事)が公権力の問題へとつながっていくことが可視化されていくようになります。まとめていうなら、選挙は、自分の問題を「みんなに関わる事柄」に変換していくシステムでもあるといえそうです。

 そう考えてみると、模擬選挙の実践もこのような選挙の意義を発見できるようなスタイルへと再構成できるのではないでしょうか。選挙の時期になると、選挙の争点がマスコミによってつくられ喧伝されることが増えるでしょう。しかし、選挙で議論すべき争点は、マスコミや政治家によってつくられるものではなく、その根っこは1人ひとりの自分の中にあるのです。まずは、1人ひとりが声をあげてみる、そこから他者との間でその声を吟味し共有する、そこから政策課題を考える、というプロセスを経験することが選挙学習の重要な要素になっていってもよいのです。つまり、自分と同じような意見や価値観を持つ(持たない)他者を発見したり、何が「みんなに関わる事柄」であり、解決すべき政治的課題になるのか、そのとき何が争点になっていくのか、みんなで議論したり考えたりする、というのが選挙学習の大切な要点になるはずです。そこで、これまでに行われてきた模擬選挙の実践の中から2つの取り組みを紹介し、その可能性について検討してみることにしましょう。

【4】自分一人の切実な思いから始まる模擬選挙

 先の政治学の入門書に書いてある言葉、「まず自分一人の切実な利害や思いから始まる」という点に注目してみますと、模擬選挙を行うときには「自分の中にある政治課題」を考えることから始めてはどうでしょうか。一般に模擬選挙の実践例を見てみますと、政党や政治家、マスコミが提示する政策や争点を調べ、それを比較・分析し投票先を決定するような取組みが多いようです。もちろん、これはこれで素晴らしい学習であることに違いはないのですが、中学生や高校生にとって本当にそのような政策や争点が自分にとっての切実な課題となるのかどうか少なからず気になってしまいます。中高生にとっては、本当はもっと自分に関係の深いところで捉えることのできる固有の課題があるのではないでしょうか。それらに気づき、発見できるように模擬選挙の学習を組み直すことはできないでしょうか。

 そう考えて周りを見渡すと、すでにそのようなスタイルの模擬選挙に取り組んでいる先生がいらしたのですね。それは、北海道の公立中学校の社会科教師を長年務めてこられた平井敦子さん(現在は北海道大学非常勤講師も兼任されています)の授業です。模擬選挙のキャリアはすでに30年以上にもおよんでいますから、パイオニア的な存在といっても過言ではないでしょう。

 そんな平井さんの模擬選挙の授業は、選挙の時々で争点になっている政治課題を学習するというよりも、自分が関心のあるテーマをいくつか決めて、そのテーマに即して各自が調査をしていくように学習が組織されている点に特徴があります。そうすると、中学生の多くは、この選挙の課題となる争点が、マスコミや政治家によってつくられるのではなく、まずは自分の中にあることに気づいていくわけです。模擬選挙の学習課題をこのように設定すると、大人とは異なる視点で政治における課題を発見できるようになっていきます。

 教育に関心のある生徒は教育関連の政策を見つけ、政党間の比較を試みたりするでしょう。また、ある生徒は少子化や最低賃金、別の生徒は環境問題と、多様な視点が出てきます。本物の選挙の時期に合わせて模擬選挙の実践が行われると、生徒は、放課後や自宅学習の時間を利用して、新聞やテレビ、インターネットなどを駆使して自分の関心に応じて情報を収集し、課題を分析し整理していきます。このような模擬選挙の取組みは、生徒独自の視点で政策や争点が整理されていくことが大切なポイントとなっているのです。

 平井さんは、このようなスタイルの模擬選挙の意義について、「まずは、自分が自分の力で、大人と同じ条件下で家族と語り合えるぐらいになり、それなりに自分の1票として納得できる投票が『できた』ことに意味がある」(註4)と語っています。このような視点で模擬選挙を捉えることができるなら、生徒の投票先と大人たちの出した選挙結果とが異なっていても何の問題もないことがわかります。大人の出した投票結果は、けっして「正解」というわけではないからです。彼らにとっては自分の頭で考え、納得して投票ができたこと自体に意味があり、場合によっては大人の選択よりも自分の選択に自信を深めている可能性だってあるのです。

 こうした取組みを通して、自分とは異なる世界で起きているように見える出来事が少しずつ自分の問題として捉えられるようになってくればしめたものです。そのように社会の課題を認識できるようになり、自身と社会とのつながりや解決策を探究するためのきっかけとなるのであれば、模擬選挙は自分と同じようことを考えている他者の存在を発見し、社会とつながる手がかりを与えてくれる第一歩になってくれるのではないでしょうか。

【5】声をあげ、「みんな」で「みんなに関わる事柄」を考える模擬選挙

 それでは、もう1つの実践例を紹介しましょう。こちらは、先の『政治学入門』の言葉でいえば、「みんな」と政策課題を共有したり、また、「みんなに関わる事柄」は何かを考えたりするような模擬選挙の可能性を検討することにつながります。

 今回、紹介させていただくのは、一般社団法人リーガルパーク(代表理事・今井秀智弁護士)(註5)が東京都立永山高校で行った模擬選挙の授業です。永山高校は、私が教員として最初に赴任した高校であり、授業づくりの原点となっている大切な学校です。2024年3月に模擬選挙の授業が実施されると伺い、見学をさせていただきました。

▽模擬選挙の特徴

 この模擬選挙は、架空の市長選挙が舞台となり、3人の候補者が選挙を戦うという設定でつくられています。驚いたのは、選挙のシナリオが丁寧につくり込まれている点です。立候補者の演説会における発言内容だけでなく、人格がうかがえるようなキャラクターも巧みに描かれており、立候補者役の演者の皆さんもその役割を十分に表現することができていました。ちなみに立候補者役を演じるのは、若手の弁護士や法教育に関心のある学生の皆さんが務めるケースが多いとのことでした。

 参加の高校生全員に配布されるのは、選挙公報と投票の際に提出するチェック用のワークシートです。選挙公報の見せ方や候補者の経歴などにも投票の際のポイントとなるような工夫が凝らされています。また、立会演説会の内容やその後に行われる候補者インタビューにおける質疑応答も候補者の政策や投票の際に考えるべきポイントがシナリオに書かれているため、演者は聴衆に向かって落ち着いて訴えることができていました。もちろん、演説用のシナリオは高校生には配布されていません。そのため、演説会やインタビューを理解するためには、聴衆の目に映る立候補者の表情、耳から入る声や情報を頼りに頭の中で整理しなければなりません。選挙における演説会などでは集中しなければ理解できないことがわかります。

▽模擬選挙のプロセス

 それでは、模擬選挙の進行について説明しましょう。
① 司会は、リーガルパークの今井弁護士が務め、最初に、有権者である生徒に対して、立候補者3人の政策や経歴が書かれた選挙広報を配布します。これが唯一の紙による情報です。一通り読み終えた後、どの候補者がよさそうか1人で考えてもらいます。このときは、ファースト・インプレッションが大切ですから、その時点で投票しようと思った候補者にチェックを入れます。チェック用のワークシートは配布済みです。

② 次に、3人の候補者が、事前につくり込まれた立候補者のキャラクター設定に基づき、その候補者になりきって立会演説会を行います。本物かと思うほど上手に演説してくれるので、高校生は身を乗り出して聴き入っています。立会演説会が終わると、その時点で投票しようと思った候補者にチェックを入れます。

③ 最後に、各候補者に対してインタビューを行います。候補者とリーガルパークの用意したインタビュアーとの間で質疑応答が繰り返された後、その時点で投票しようと思った候補者にチェックを入れます。

④ 通常の模擬選挙の実践は、演説会やインタビューが終了した時点で投票を行い、その後、開票作業へと進んでいくことが多いようです。しかし、リーガルパークの模擬選挙は、これからが本領発揮の場面となります。それは、投票行動に移る前に、有権者である高校生が小グループをつくり、立候補者の示した政策などについて意見交換をしたり、疑問をまとめたりする時間を保証していることです。市長選挙の舞台となる自治体にはどのような課題があるか、立候補者の提示した政策はその課題解決にふさわしいのか、その政策はみんなが考えるべき共通の事柄になり得るか、財源も含め実行可能性はあるのかなど、各グループは話し合いながら、意見をまとめたり、候補者に対する質問事項をまとめたりしていきます。

⑤ グループによる意見交換が終わると、質疑応答が始まります。永山高校では、私の想像を超えるほどに生徒の皆さんから次々と手が上がり、立候補者との間での真剣なやり取りが行われました。この場面は、シナリオはありませんので、アドリブによる進行が続きます。鋭い意見がいくつも出され、高校生の質問や意見に一見学者に過ぎない私も大いに考えさせられることになりました。こうして、グループによる意見交換や立候補者との質疑応答が終わった時点で、投票しようと思った候補者にチェックを入れます。

⑥ そして、熱心な質疑応答の後に、投票が行われ、開票作業がそれに続きます。最後に、司会による振り返りを経て授業は終了します。参加の高校生は授業アンケートに記入・提出して散会となります。

▽模擬選挙の振り返り

 さて、この授業には、どのような意義があるでしょうか。
・先に紹介しましたが、リーガルパークの模擬選挙は、チェック用のワークシートが配布されており、①公報を見たとき、②演説を聴いたとき、③インタビューを聴いたとき、④グループによる話合いをしたとき、それぞれの段階で誰に投票しようとしたのか、候補者名の欄にチェックを入れるようになっています。これは、自分自身の考えがどのように変化していくか、あるいは、“自分1人で考えたとき”、“より多くの情報を得たとき”、“グループでの意見交換をしたとき”、それぞれの場面で選択にどのような違いが生じるか、を実感してもらうために組み込まれたアイデアだそうです。

・この架空の市長選挙は、永山高校以外の高校でも実践済みであり、多くの場合、最初に選挙公報を見たときにはほぼ同数だった票が、演説やインタビューなどのやりとりやグループで意見交換をする中で投票先が変化していく様子が伺えたということです。これは、候補者のキャラクターや経歴のほか、政策の内容や市政への考え方などにいくつものバリエーションや問題点を用意しているため、選挙公報を見るだけではわからなかった問題に生徒が少しずつ気づいていったからでしょう。自身の投票への意識をチェックすることは、自分が何に関心を持っているか、どのような点から政策を評価しているかを自己評価できますから有効な手立てといえるでしょう。

・しかし、何といってもこの模擬選挙で注目したいのは、投票前のグループによる意見交換です。最初に、1人の有権者として考えているだけでは見えてこなかった市政の課題や立候補者の政策の問題点が意見交換を通して可視化され、それが立候補者にぜひ聞いてみたい質問となってグループのメンバーに共有されていったのです。立候補者による市政の改革に向けた政策が提示されたことで、今度は、有権者がそのような政策を市民みんなの共通の事柄として取り上げていくべきかどうかと、考え始めたわけです。私は、このような取組みを目の当たりにした時、自分以外の他者が、選挙において何を重視しているのかがわかったり、その政策を市民全体の共通の事柄として取り上げたりしてよいのかどうかなど、あらためて選挙が民主主義のプロセスにおいて果たす役割を考えることができました。おそらく参加した高校生もそのような視点から政策を見つめ直したからこそ、質疑応答などが真剣に行われたのではないでしょうか。そのような点からも、本実践はきわめて意義深い取組みであったということができるでしょう。

・では、どうしてリーガルパークの模擬選挙には、投票の前にグループによる意見交換が取り入れられているのでしょうか。その理由として挙げられるのが、民主主義の実践は、そのプロセスにおいて話合いが大切であるのに、選挙が近づくと、かえって「誰にも話さずに“自分1人で考え”投票しなければならない」との感覚が強くなってしまっているという企画者側の問題意識です(註6)。こうした感覚をそのままにしておいて、「18歳になったから選挙に行きなさい」と言われても、家族とも、ましてや友人とも選挙について語った経験すらないままであれば、結局は「選挙のことはよくわからないから」と棄権したり、イメージによる投票につながってしまったりするのではないか、というわけです。投票前にグループによる意見交換の時間を設けたのは、このような選挙に対する現状分析が背景にあり、そんな状況を乗り越えようという意図があることを付け加えておきましょう。

【6】おわりに

 今回は、模擬選挙の実践を取り上げ検討してきました。しかし、模擬選挙だけが民主主義教育の場ではありません。当たり前のことですが、日常の授業や学校生活の中に政治的教養を身につけたり、市民的な資質を育んだりする場面はたくさんあります。1人ひとりが声をあげ、「みんなに関わる事柄」を「みんな」で考えるという民主主義のプロセスを学んでいくためには、模擬選挙という限られた場面だけではなく、日常的に教室の中に表現の自由を軸とする公共空間が形成されていくことが重要です。そのためには、「公共」のカリキュラムの中に政治的あるいは法的な論争テーマを取り上げたり、「みんな」の思いを政治の場に組み上げ、議論を重ねていくような学習を取り入れたりするのはいかがでしょうか。このような日ごろの授業や学校生活の経験が模擬選挙の実践と結びつくことで、学校は「民主主義の生きた実験室」(註7)の役割を果たしていくことができるでしょう。

 次回は、こうした視点から〈「校則」と法と民主主義〉を取り上げ、私の連載のまとめとすることに致しましょう。

【註】

  1. 架空の模擬選挙と実際の選挙に合わせた模擬選挙にはどのような実践上の違いがみられるでしょうか。高校生向け副教材「私たちが拓く日本の未来――有権者として求められる力を身に付けるために」(総務省・文科省)に掲載された教師用指導資料を参照すると、その違いがよくわかります。それによると、架空の選挙を想定して行う場合には、「公職選挙法にとらわれず、より自由な学習活動を行うことができるという利点がある」(教師用指導資料38頁)と書かれています。ここでは、「個人として現実の政治的課題を把握し、深く考え、判断する」という学習効果に加え、「投票前に学級等で議論を行うことによって生徒の考えを深めていく」(教師用指導資料38頁)という効果が期待されています。これに対し、実際の選挙に合わせて行う模擬選挙をみますと、公職選挙法上の禁止事項や「政治的中立性」の留意点に配慮しているからでしょうか、政党や候補者の具体的な政策の比較検討などの学習は、クラスやグループによる話し合いよりも、どちらかといえば生徒各自の個別学習に比重が置かれているように見えます。例えば、「政党比較表を完成させよう」などのワークシートが学習教材として紹介されていますが、そこには「自宅学習などの課題として取り組むことを想定している」(同50頁)と書かれており、生徒は1人ひとりで個別に学習し、政党や政策の比較が行われます。加えて、「当該ワークシートにまとめた内容を選挙運動期間中に発表することは選挙運動と認められるおそれがあるので、十分留意する必要がある」(同頁)との記述がみられます。その結果、実際の選挙に合わせて行う模擬選挙では、政党の政策を取り上げ、クラスやグループで本格的に比較・検討し、意見を述べ合うような学習活動を実施することにはきわめて慎重であることがうかがえます。関連して、模擬選挙の開票については、公職選挙法に基づき、実際の選挙の当選人確定後でなければ公表できないことが強調されている点も付け加えておきます。なお、高校生向け副教材「私たちが拓く日本の未来――有権者として求められる力を身に付けるために」(総務省・文科省)に掲載されている「生徒用副教材」、「教師用指導資料」は、次のURLを参照してください。
    https://www.soumu.go.jp/senkyo/senkyo_s/news/senkyo/senkyo_nenrei/01.html

  2. 岡田順太「『選挙制を疑う』を疑う――抽選民主制に関する憲法的考察」獨協法学117号(2022年)364頁参照。

  3. 『政治学入門――歴史と思想から学ぶ』の「CHAPTER2 選挙」を執筆されている河野有理さん(法政大学法学部教授)は、「選挙は大事です」という言説に対し様々な観点から検討を加えています。本稿の引用箇所は、「(やや)積極的な擁護」論の中の1つの見解となりますが、「選挙は大事だから投票に行こう」という建前論から少し離れて、「選挙の意義を問い直したうえで、模擬選挙の役割を考えてみよう」という本稿の問題意識と重なるもので大いに参考となりました。「選挙はオワコン(時代遅れの、終わったコンテンツ)」ではないかと思っている皆さんにも興味を持って読んでいただける1冊です。なお、関連して、「〔座談会〕政治学の教科書は何をめざすのか――『政治学入門』(有斐閣ストゥディア)をもとに考える(下)」書斎の窓690号(2023年)21頁[河野有理発言]も併せて読んでいただくと著者のメッセージがより正確に理解できます。次のURLを参照してください。https://www.yuhikaku.co.jp/shosai_mado/2311/index.html?detailFlg=0&pNo=12

  4. 平井敦子「誰でもできる模擬選挙!」未来をひらく教育134号(2004年)54頁。平井さんの取り組んできた模擬選挙は、政党のマニフェストやマスコミの示す論点に依拠するのではなく、生徒が自分の関心に沿って争点を考えてもよいという点に特徴があります。

  5. リーガルパークは、法教育事業に取り組む一般社団法人です。学校の授業や先生へのサポートのほか、映画やドラマの法律監修事業(NHK・Eテレ「昔話法廷」は有名です)などにも取り組んでいます。今回は、リーガルパークの事業に参加している関係者の方から、偶然、永山高校の授業を紹介していただき、見学の機会を得ることができました。関係の皆様には、この場を借りて、あらためて御礼を申し上げます。リーガルパークのURLは、次の通りです。
    https://legalpark.jp/

  6. その背景には、公職選挙法上の禁止事項や政治的中立性の留意点などの扱いをめぐる困難さや「秘密選挙の原則」に対する誤解があるようです。せっかく模擬選挙に取り組んでも、公職選挙法などを理由にして論争的な政策をめぐる話合いなどの活動を回避し、皆が口をつぐんでしまうようなことになれば、かえって有権者ら若者を選挙から遠ざけることにならないでしょうか。これでは、本末転倒ともいえる事態となってしまいます。なお、リーガルパークとともに、模擬選挙などの法教育事業に取り組んでいる日本学生法教育連合会(United Students for Legal Education; USLE)のウェブサイト(http://usle.jp/)を参照すると、投票前にこそグループによる意見交換を取り入れようという彼らの問題意識をよく理解することができます。

  7. 1947年版「学習指導要領」第10学年単元5「日本国民は民主主義をどのように発展させつつあるか」の中にある「学校は、民主主義の生きた実験室となって、民主的な立法の原理を尊敬し、実践するように、新しい時代を訓練することができる」から引用しました。https://erid.nier.go.jp/files/COFS/s22ejs2/chap2-4.htm



【連載テーマ予定】

Ⅰ 「契約」の基礎  〔連載第1回~第3回〕
Ⅱ 「契約」の応用:消費者契約と労働契約を中心に〔連載第4回~第6回〕
Ⅲ 「刑事法と刑事手続」の基礎と問題提起 〔連載第7回~第10回〕 
Ⅳ 「憲法」:「公共」の憲法学習の特徴と教材づくり 〔連載第11回・第12回〕
Ⅴ 「校則」:身近なルールから法の教育へ

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