幼稚園での学び(自閉症のTくん)


Y先生、1年間本当にありがとうございました。先生のおかげで、あの子はこの1年でサルから人間に進化しました!本当にすごいことです。来年クラスが変わっても、息子の事見守っていてくださいね。

これは、私が幼稚園で働いていた頃に 受け持っていたT君のお母さんからいただいたメッセージだ。

サルから人間へ…という表現にちょっと驚くかもしれないが、このお母さんは、お子さんへの理解と愛情がとても深い方なのだ。これから私が書く話を最後まで読んでいただければ、きっとそのことが分かると思う。

今日は そんなTくん親子から私が得たことを書いてみようと思う。


Tくんとの出会い


短大の初等教育科で 小学校二種免許と幼稚園教諭免許を取得した私は卒業後から結婚するまでの4年間 幼稚園で働いた。

私が幼稚園教諭になって2年目の春、4歳児年中クラス23人の担任になったのだが、その中にT君も入っていた。

1年目は、年少クラス(3歳児)の担任だったので、T君の受け持ちではなかったものの、隣のクラスにいた彼の事はよく見かけていた。

他の子より少し背が高くスラーっとしていて、色白でかわいらしい男の子。いつも幼稚園バスでお迎えに行っていたのだが
その時からなんだか独特な雰囲気があるな〜と、彼の行動が気になっていた。


彼は自閉症


職員会議の時に、全体でクラスの子どもについての話があり、私はその時に初めて、T君が自閉症だということを知った。

自閉症。気にはなったけれど、初任だった私にとって、自分のクラスの子どもの事でいっぱいいっぱいだったので、最初の1年はほとんど関わることはなかった。

T君の担任は、もう10年目のベテラン先生だったので、T君も楽しく過ごすことができていたようだ。

それがまさか、次の年度に、私が担任になるだなんて夢にも思わず、新年度、クラス名簿を見た時に、かなり戸惑ってしまった。


T君との距離に悩む


まだ2年目の私なんかが、T君の担任になっていいのだろうか。
自閉症の子どもと関わった事もないし、テレビでは見た事はあっても、あまりにも無知すぎて、私はかなり焦った。

とりあえず、本を買ったり、ネットで調べたりして 少しでも自閉症を理解しようとした。

それから、先輩の先生方にT君の好きな事を教わったりして、少しでも早くT君の事を知ろうと思って準備した。

ところが、新年度が始まってすぐに 私の心は折れそうになったのだ。

幼稚園バスが到着し、みんな一斉にバスを降りて教室に向かってくるなか、彼が向かった先は園庭にある滑り台だった。

彼はその滑り台に登ったまま、降りてこないのだ。

「Tく~ん! 朝の会始まるよ~ 教室に入っておいで~」

受け持つクラスが変わったばかりで、まだ他の子の顔と名前も一致せず、子どもも私も てんやわんやの中、教室にさえ入ってきてくれないT君を私は必死に呼んだ。

教室の子ども達に待ってもらい、私は園庭までダッシュ。
滑り台の上にいるT君に向かって声をかける。

「おーい T君て、滑り台好きなんだね、次すべったら一緒にお部屋行こう!みんなで一緒に朝の歌唄おう」

…………………


私の声だけが、まるで大きな独り言のように園庭に響き渡り
その声に気づいた 前担任のR先生が来てくれた。

R先生の説明によると
彼には、彼なりの独特のこだわりやルールがあるので、納得がいかない事があると 拒否するということ。

多分、クラスが変わったことがまだ彼の中で納得いってないんだと思うよと 教えてくれた。

その後、R先生が 滑り台の上に向かってT君にいろいろと話してくれて
先生とT君とで、手を繋いで教室まで入る事ができた。

そうか、 T君にとっては、R先生が自分の先生。

どうして急にクラスが変わったのか、なぜ先生が変わったのかが納得いかないから、教室に入ることを拒否しているのだ。

それから数週間、私は R先生の協力なしではT君を教室へ導くことができなかった。

だって、T君は、私と目も合わせてくれないから・・・。

その時の私とT君の距離は、滑り台の上と下なんかよりもっと遠く離れていたのだ。

どうしよう……。

いろんな先生に助けてもらいながら、T君のお母さんとも連絡帳を通して相談しながら

給食時間や帰りの準備の時だけは、教室で過ごしてくれていたT君。

でも、私の話はほとんど聞いてもらえず、コミュニケーションが取れないので、いつまでたっても距離が縮まらなかった。

まるで 片思いで告白さえしてもいないうちにフラれたような気分で
家に帰ってはふさぎこんでいた。

T君が何を考えているのか知りたい・・・。


T君の秘密


そんな時に、お母さんから、T君に関する有力な情報をいただいたのだ。

「T君が よく、壁に向かっておしゃべりをしてるんですが、可愛い声にしたり口調を変えたり、1人で何役かしてるように見えます。誰とお話してるの〜?と話しかけるとやめてしまうので、最近はそっと見守っています」

連絡帳に書いてみると、次の日お母さんからの返事があった。

「あーそれですか♪最近、あの子、パワーパフガールズが好きで、3人のキャラクターを1人で演じてるんです!」

パワーパフガールズ・・・1人で演じる・・・?

それだ~~~~!!!

私はそれを聞いた瞬間 ひらめいた。


ついにその日がきた


その日、いつもと変わらず滑り台で1人過ごしているT君に向かって、私はいつもとは違う喋り方で声をかけてみた。

そう!パワーパフガールズのモノマネで(^^)
そしたらなんと、滑り台の上にいたT君の動きがピタっと止まり
次の瞬間、私よりも高い声で
「ちが~う もっとこんなんだよ」と、早口でしゃべった。

私の方は向いてくれなかったけど、確実に私に向かって言葉を発してくれていた。

そして、そのままシューッと滑り台を滑り降り、何事もなかったように教室に向かって走ってくれたのだ。

私はT君との距離がこのまま近づいてくれるような気がして、慌ててT君の背中を追いかけた。

ついに、T君を振り向かせることができたのだ。


T君のこだわりのおかげで


その日を境に教室に入ってくれるようになったT君の中で

また新しいこだわりができたようだ。それは

朝、誰よりも先に教室に入る事

だった。

バスからダーッと降りて園庭を通り、靴をぬいでスロープをかけあがり
誰よりも早く教室に入る。

これができた時、T君はとても嬉しくて、おはようございますと挨拶もしてくれるようになった。その目はとても輝いている。

こうして、毎日、必ず教室に入ってくれるようになった。

ただ、自分が1番じゃない時は 拗ねてしまってクラス活動ができなくなる事もあったが

毎日 ほとんど園庭で過ごしていた彼が
教室の中にいるだけでも すごい成長だと思い、お母さんや周りの先生と一緒に喜んだ。

私の事も、担任の先生と認めてくれたようで
先生〜!と、パワパフのモノマネをしながら私を呼んでくれるようにもなりました。私の方を向いてはいなくて、壁に向かってなのだけど。

だから、周りから見たら、会話が通じているように見えなかったかもしれないが

彼の言葉や行動には、共通のパターンがあり
それさえ理解できれば、短い言葉でもコミュニケーションがとれることがわかり、私も少しずつ彼の中身を理解できるようになった。


自閉症って・・・。


一言で自閉症と言っても、いろんな特徴があると思うので、彼1人を知っただけで私が簡単にキレイゴトのように表現するのは良くないことかもしれない。

実際に、他の園にいる自閉症の子で、自分の気持ちがうまく伝わらないとすぐに他の子に噛み付いたり意地悪をしてしまうという事で、先生も保護者の方も悩んでいるというのも聞いたことがある。

T君の場合は、元々 性格が穏やかだったこともあり、友達とのトラブルはほぼゼロだった。

自閉症でない子ども達との違いを挙げるとすれば

独特のセンスや個性があって、自分が好きな世界の中を楽しんで生活している

彼を知れば知るほど、彼の魅力や可愛さがあり

私もその1年間、悩む事も多かった分、喜びも大きい一年だった。

お母さんの寛大さ


自閉症のT君が、障害児専門の幼稚園でなくても伸び伸びと過ごすことができた理由に、T君の母親の寛大さが大きく関わっていると思った。

冒頭のメッセージに書かれていた

「サルから人間に進化できた」というお母さんの言葉。

我が子のことをサルというのはちょっと・・・と思う人もいるかもしれないが

私が幼稚園でT君と関わる数時間でさえ、彼の行動の意図をつかむのに悩んだこともたくさんあったぐらいだから、生まれた時からずっとそばにいる母親は、もっともっと接し方に悩んできたことと思う。

自閉症の子どもばかりが集まるところでは 壁に向かっての独り言や

独特の感性による言動などは、当たり前のことなのかもしれないが

それが、障害児などを預かる専門でない一般的な幼稚園の中で過ごしたとたん、自閉症の子どもの姿が不思議に見えて、

そこに理解が無い姿勢の人がひとり、ふたりいるだけで、その子の姿が違和感に映ってしまうという悲劇が起こってしまう。

ならば、その違和感を、周りや本人が感じなくてすむようにするためにはどうしたらいいか。

それは、母親が、子どもの自閉の部分をそのまま認め、受け入れ、それを周囲に伝えること。

そうすることで、先生やお友達、他の保護者の方も、違和感なく彼と関わることができるのではないか。

そう考えた結果のお母さんの言葉が、これなのだ。

「うちは我が子のことをサルだと思っています。他の子と同じ人間だと思ってしまうと、あれができないこれができないで悩むし、本人も混乱させてしまうし。

おサルさんだと思って見ていれば、ほんの小さいことでもできるようになればものすごく嬉しいし、褒めてあげられるし、親子共にストレスなく過ごせるんです。

でも先生のおかげで、この1年であの子はサルから人間へと進化しました!」

こういうお母さんだったので、周りの保護者に対してもいつも低姿勢で

うちの子がもし迷惑かけたらごめんなさいという立ち位置でいたので

おもちゃの取り合いなどで、たまにトラブルになりかけても

相手の保護者の方も笑顔で お互い様なので大丈夫ですよと言ってくれる。

T君が大きなトラブルなく過ごすことができたのも、影での母親の姿があってこそだと思う。


障害もひとつの個性


これは確か、私が中学3年の頃に福祉作文で賞をもらった時の作文のタイトルだ。

わざわざ遠方に表彰式までいってトロフィーやらなんやらもらったのに

内容は全く思い出せない・・・。でも、タイトルだけは覚えているのでそのタイトルを使って今日の記事をまとめようと思う。

自閉症と聞いたイメージだけでは、障害があると大変だろうな
将来自分が授かった子どもに障害があったらどうしよう

そんな風に不安やネガティブなイメージしか持てない情けない自分だったのだが

22歳の私が、4歳のT君に出会ったおかげで
障害はただの個性で、別に特別に何か他の人と違った接し方や見方をする必要があるわけではないということ。

私の個性で言えば・・・

ゴ○ブリを見つけてキャーこわい~って肩をすくめる可愛い程度の恐がりじゃなくて、
隣の家から大丈夫ですか?って慌てて訪問されるぐらい ドン引きするような叫び声を出してしまう極度の恐がりなこととか

想像力と妄想力があまりにエスカレートして、何度も夫に先立たれて孤独にうちひしがれる自分の物語を思い描いて泣いてしまい
そのたびに「お前は何回オレを殺せば気が済むんだ」と夫に突っ込まれることとか

そういうことと変わらないぐらい、ひとつの個性として捉えるのがいいのかもしれない。

大事なのは、本人の好きなものやこだわりを理解してあげること。

これって、自閉症の人に対してではなくても同じだと思う。

年度初めは、教室にさえ入れなかったT君が
運動会や発表会でみんなの輪に入ることができたり
名前を呼ばれてハイ!と言えたり
毎日ではなくても時々できた時の成長を感じる瞬間はたまらないものである。

こんな風にたくさんの喜びをくれるから、お母さんも頑張れるんだろうな。

あれから17年だから・・・彼はもう21歳なんだ!

おぉ~っ、私が彼を受け持った時と同じような年齢になっているんだ。
どんな大人になっているんだろう。
いつかどこかで巡り会えたら感謝の気持ちを伝えたい。

今日も読んでくださりありがとうございました。




私の書く記事は多分、伝わる人が限られています。いじめ、機能不全家族、HSP、病気などの記事多めなので。それでも深くせまく伝えたくて書いています。サポートとても嬉しいです。感謝します。コメントも嬉しいです🍀