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2020アメリカ大統領選挙の翌日ブリーフィング

2020年の最大のイベント(になるはずだった)アメリカ大統領選挙が現地11月3日に行われ、歴史的な投票率を記録しました。国内に多大な時差があるアメリカでは投票所が順々に東から西の州へと閉まっていきますが、すべての投票が終わり夜が明けてもなお勝敗が決していません。この記事執筆時点で、AP・New York Timesの報道で6州が勝者未確定。事前の下馬評から、当日に至るまでの両候補者のキャンペーン、そして当日翌日の開票までを簡潔にブリーフィングしておきます。

今回の歴史的な投票率は、まず第一に2020年のもたらした激動に拠ることは当然でしょう。トランプ現職大統領本人までもを巻き込んだ新型コロナウイルスだけでなく、アメリカではBlack Lives Matter という黒人差別への反対デモが再浮上したり、最高裁のリベラル派だった判事が一人亡くなり共和党によって保守派の判事に置き換えられるなど、政治経済社会を根本から変えていくような出来事が次から次へと起こりました。二大政党制で政治思想の分断が激しい米国では、この選挙のステーク(影響)はとてつもなく高かったと言えます。さらに、コロナは間接的に過去最大の事前投票・郵便投票の活用にも寄与しました。郵便投票をインチキだと言い張るトランプ氏に対し、民主党は積極的に活用を呼びかけ、結果的に先進国としては類をみない全体投票率が予想されています(執筆時点で具体的数値は未集計)。

アメリカの大統領選挙では、国民が直接候補者に投票し、各州ごとに集計。その州の勝者が、その州に割り当てられた票を全てかっさらうという仕組みで動きます。合計で538票あることから、過半数にあたる270票獲得した方が勝者です。これは、二つのことを同時に意味します:
①全米の総得票数で勝っても意味がない(2016年のクリントン氏のように)
②各州においては接戦だろうが勝てば良い(2016年のトランプ氏のように)

両海岸の都市部は高学歴・サービスワーカーの白人やアフリカ系アメリカ人の人口が多く歴史的に民主党寄り、国の中央部は低学歴・農工業従事者の白人が多いことから歴史的に共和党寄り、という分かり易い特徴があるので、現実的にはその「人口構成比的な狭間」となるいくつかの激戦区で勝敗が決することになります。

1. 事前予想と調査の穴

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6月中旬時点、世論調査・歴史性・前回結果を踏まえた予想図(筆者作成)

ゼミ用に私が作った選挙分析の最終予想図を張っておきます。以下、すべての図は濃い赤(共和党)・青(民主党)は両党の安全圏、淡色は明確に一方に偏っている州、そして茶色はどちらに転ぶか分からない”toss-up(コインを投げて表裏を決めること)”を意味します。

この6月の図では、世論調査から以下の傾向に注目しました。
①特にヒスパニック系を除く白人票の、コロナによる経済不況と差別問題再燃によるトランプ氏からの多少の離反
②主に大都市内部に集中するアフリカ系アメリカ人票の、差別問題・オバマ氏の副大統領であったバイデン氏の民主党勝ち抜けなどによる前回以上の民主党支持
③若年層の分散と投票率低下

これらをもとに、ペンシルバニア・ミシガン・ネバダあたりを白人黒人の人口比データをもとに青く塗りました。この図のポイントは、バイデン氏が5州未確定の状況で268票持っていることでした。つまり、5つのうち全てをトランプ氏が奪取しなければ、バイデン氏当確、となります。これをもって私はバイデン氏の当選を予想しました。

次のツイートの右側は、選挙前日にアップデートされたFiveThirtyEightというアメリカの大手統計サイトの確定版予想図です。こちらも、同じような構成でバイデン氏の当確を宣言しただけでなく、私の図からさらに民主党優勢を表示しています:

振り返れば、二つの予想は揃って以下の点を軽視していたと言えるでしょう:
①ペンシルバニアから中西部(ラストベルトRust Belt、グローバル化による工場移転と移民増加に不満を持つような、低学歴の白人工業労働者が集中する票田)での熱狂的なトランプ支持
②ヒスパニック系の人口増加と、その三分の一に及ぶ堅いトランプ支持層
③郵便投票・事前投票の規模の大きさと、その青さ

現実には、例えばペンシルバニア・ミシガンでは①の影響で大接戦に、フロリダでは②のおかげで共和党の勝利が拡大する結果となりました。今後、2016年から指摘されてきたPolling Error(事前集計調査の錯誤)の原因究明が進むと思われますが、トランプ氏という候補者に限って支持者の事前把握が難しいのか、それともシステムの問題なのか、多くの疑問がアメリカでは噴出しています。

2. 「赤の蜃気楼」と開票開始直後の情勢

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投票直後、まず全米に走った第一のショック(あるいは歓喜)は「バイデン、フロリダで大苦戦」の報道でした。そしてこれはそのまま事実となります。フロリダ州は事前投票を早くから数え始めていたため、トランプ氏の早いリードがそのまま潰えることなく各局によって夜10時ごろから赤く塗られていきました。

その後、西部の投票所の結果が入り始めるにつれ、ウィスコンシン・ミシガン・ペンシルバニア・バージニア・ノースカロライナら激戦区で相次いで共和党優勢の集計結果が出ました。上図の通り、このまま行けばトランプ氏の大勝利です。当日票だけで言えばアメリカは2016年と同じ予感を醸し出していたと言えます。私自身、昨夜は事前投票の規模が不透明すぎて一旦はトランプ当確を信じ込みました。

もちろん、これらの州では後から民主党多数の事前票・郵便票が入ることが前々から言われてはいました。開票初期の段階では各州で共和党がリードする「赤い蜃気楼(Red Mirage)」の現象です。各局も当確を出すことはしませんでしたが、時間とともに差が開くフロリダの心理的影響は大きかったように思います。誰しも、目の前の現実が民主党支持者の叫ぶ Red Mirageなのか、共和党支持者が叫ぶ Great Red Wave なのか分からず、大混乱に。誰も経験したことのない「後から青い票が届く」という神話のような事実を信じて、アメリカの民主党支持者は長い一日を終えました。

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(日本時間11月5日7時現在の開票・当確状況、NYタイムズ紙より)

3. 事前・郵便票の集計と夜明け

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最終結果予想(日本時間11月5日7時現在、未確定は淡色)

アメリカの夜が明けたころ、中西部のラストベルト各州では事前投票の集計が進み、ウィスコンシン(集計98%超完了)・ミシガン(94%)ではバイデン氏がトランプ氏を追い抜くまでに至りました。一方、ペンシルバニア州(80%)ノースカロライナ州(95%)、ジョージア(93%)の南東部ではトランプ氏がリードを保ったまま夜明けを迎えています。

結果、このままいけばバイデン氏が273票(上図)を獲得するというのが現状です。 新しくウィスコンシン州・ミシガン州でバイデン氏の当確が出ていますので、残りはアリゾナ・ネバダの確定待ちとなります。

ポイントをいくつかピックアップします。
①ネバダ州(6票、86%)、ジョージア州(16票)、ペンシルバニア州(20票)では、州内の大都市での開票作業がまだまだ終わりません。つまり、ラスベガス、アトランタ、フィラデルフィアなど。第1部で述べた通り、都市内部はアフリカ系アメリカ人の人口集中地帯です。
②これから開票が進む票の多くは事前投票、もしくは郵便で送られた票であり、先述の通りこれらの票の圧倒的多数を民主党支持者が占めることが広く予想されています。
③南西部の民主党化が、数十年レベルの時の流れで進んでいます。今回、歴史的に赤いアリゾナ州が民主党に転じる流れが見てとれます(執筆時点でFOXのみ当確を出しています)。大票田テキサスも、毎回民主党がより僅差で戦える州となってきています。こうした変化は、先に述べた低所得ヒスパニック系人口の増加、白人富裕層の減少、といった人口構成上の変化に由来します。

という3点を鑑みた結果、バイデン氏の当選の蓋然性が高くなっていますが、上図の通り一州でもひっくり返れば大統領が変わります。一州がひっくり返るのに必要な票数は、数万票、下手したら数千票です。実際、残る6州のうち4つが現在10万票以内の差で推移しています。

4. 両候補の勝利宣言、その後

昨夜、日付が変わってから両候補は勝利予想宣言(?)のようなものを各々のヘッドクォーターで行いました。「まだまだ数えあがっていない票がある、辛抱強く」と訴えるバイデン氏に対して、早くもトランプ氏は「これ以降の票は無効票だ」とのメッセージを発しています。

さて、たとえ上記のようなバイデン氏の勝利を仮定したとしても、これからどうなるでしょう?全ての州が100%の集計結果を出すまで、来週までかかることが予想されていますが、結果が一度出てからもトランプ氏が敗北宣言をするか分かりません。トランプ氏は間違いなく再集計ないし票の無効化を求め、最終的には法廷闘争となるだろうというのが大方の見方です。現に、当確情報が出たばかりのウィスコンシン州(21万票程度の差)に関して、トランプ陣営は既に票の再集計を求める声明を出しています。こうしたことに、一つ大事な前例があるので見ておきましょう。

2000年、共和党ブッシュ(子)vs. 民主党ゴアの大統領選は歴史的接戦でした。フロリダのわずかな差によってブッシュの勝利が宣言されましたが、民主党による再集計要求に対し当時共和党指名の判事が多数派を占めたアメリカ最高裁はこの要求を退けました。今回、最高裁判事は6対3で共和党指名が多数派です。ロバーツ氏を含め中には左寄りの判事もいますが、非常に「赤い」政治色を帯びた裁判所に選挙結果が委ねられることは間違いありません。その中で、20年前に共和党を利したこの判例が適用されるならば、行方はさらにわからなくなります。

来年の1月に誰が大統領となるか、これはアメリカやアメリカに住む私のような留学生だけでなく、日本社会と菅政権に甚大すぎる影響を与えますが、その答えを知るためにはもう少し待つ必要がありそうです。

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ここまでポイントをまとめてきましたが、まだまだ何があるか分からない、というのが結局のところ。2020年、まだなんと二ヶ月もありますが、まだまだこの年は我々に新しいイベントを創出してくれそうです。


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