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天敵彼女 (67)

 本家……それは、うちから車で一時間程度の場所にある空き家の事だ。

 元々は、家族でよく遊びに行っていた親戚の家なんだが、今は住む人もいなくなり、我が家が管理している。

 正直、ゴールデンウィークに行くなら、もっとましな場所があると思うんだが、奏は朝からハイテンションだ。

「ねぇねぇ、どうして本家って言うの?」

「良く分からないけど、うちのルーツ的な場所だからだろうね」

「何時代から住んでたの?」

「さ、さぁ、江戸時代位かなぁ……ごめん、ちょっと分からない」

「じゃあ、家系図とかある? あったら見せて欲しい」

「う、うん、父さんに聞いてみるよ」

「やったぁ!」

 このJKは、何故こんなに嬉しそうなんだろう?

 我が家のルーツを知った所で大して面白いものではないと思うし、田舎の空き家管理なんて、面倒でしかない気がするんだが……俺は、奏の知らない一面を見た気がした。

 運転席をチラ見すると、父さんは運転に集中しているようだ。下手に声をかけて事故られても困る。

 とりあえず、この場は俺だけで対応する事にした。

 ちなみに、俺と奏は後部座席に並んで座り、助手席は空いている。縁さんは、仕事の都合で遅れて合流するらしい。

 本家は、かなりの田舎にある為、現地集合は難しい気がするんだが、父さんは問題ないと言っていた。

 多分、俺の知らない所で話がついているんだろう。

「本家って、今は空き家なの?」

 奏が書類に目を通しながら言った。それは、父さん作成のゴールデンウィークのしおり的なものだ。

 俺は、すっかり忘れていたが、そう言えば少し前に父さんがゴールデンウィークの計画をプレゼンした事があった。

 あの時は、奏との偽恋人計画の件で頭が一杯で、それどころじゃなかっ
た。多分、俺はその時話し合った事を何一つ覚えていない。

 昨日、父さんにもお前が上の空だったから三人で決めさせてもらったと言われた。

 一応、いくつか候補があったようだが、奏が本家を強く推したそうだ。

 あんな何もない場所のどこがいいのか良く分からないが、とにかく良い息抜きになればいいと思う。

「ねぇ、峻聞いてる?」

 奏が頬を膨らませている。俺はまた、上の空モードになっていたようだ。

「えっ、ごめん。何の話だっけ?」

 一瞬、奏さんが真顔になった気がした。このパターンで過去にしばらく口をきいてもらえなくなった事がある。

 俺は、苦しい言い訳を挟みながら、奏の出方をうかがった。折角のレジャーを気まずいものにしない為にも、何とか機嫌を取らなければならない。

「ごめんね。何か昨日眠れなくて、実はちょっとまだ眠いんだ」

「へぇ、そうなんだぁ……」

 若干、奏さんの相槌に感情がこもっていない気がした。

 そろそろガチの謝罪を準備した方がいいかもしれない……俺は、大きく息を吸い込んだ。

 それから数秒、奏は意地悪な笑みを浮かべた。

「テッテレー! 峻、人の話はちゃんと聞こうな。聞かないと駄目だぞぉ!」

 奏が誰かの口真似をした。

 俺は、一瞬きょとんとした後、運転席を指差した。

「正解っ!」

 俺達は、顔を見合わせて笑った。それから、奏はさっきの質問を繰り返してくれた。俺は、そろそろ昨日から続くやらかしの連鎖を止めなければと思った。

「それはそうと、本家って今は空き家なんだよね?」

 本家推しの奏は、どうしても現状を知りたいらしい。どうやら、奏にとって空き家がパワーワードのようだ。

 俺は、頭の中で奏の質問を繰り返してから答えた。

「うん、ずっと親戚のおばあちゃんが一人暮らししてたんだけど、三年位前からは誰も住んでないね」

「おばあさん、一人で寂しかったんじゃないの?」

「そうかもしれないね。すごくいい人だったんだけど、家族の縁が薄いのか、色々不幸が重なってね。もっとしてあげられる事があったかもしれないんだけど、それだけが心残りかな」

「それは、仕方ないよ。子供だったんだし……」

「まぁ、その分今父さんと空き家管理を頑張ってるよ。うちも色々あってしばらく遊びに行けなくなって、やっと行けた時にはおばあちゃん体調を崩しててね……結局、俺達はお見舞いくらいしか出来なかったよ。でも、その時におばあちゃんに頼まれてね」

「そう……」

 何となくしんみりした空気になり、俺は窓の外の景色を眺めた。

 いつもならこのまま考え事が始まる所だが、俺はようやく過去の反省を活かせる状態になったようだ。

「他に聞きたい事ある? 俺も良く知らない事が多いけど、何だかんだで本家には通っているからね」

 それからは、スムーズだったと思う。俺は、なるべく知っている範囲の事を、嘘にならないように話し続けた。

「峻は、おばあさんが元気な頃に、遊びに行ったことあるの?」

「もちろんあるよ。夏休みとか冬休みとか、昔はよく遊びに行ってたなぁ……おばあちゃん、すごく歓迎してくれて、美味しい料理をいっぱい作ってくれてね」

「ふーん、そうなんだ」

「あの頃は、おばあちゃんが畑で野菜を作ってて、すごく美味しかったなぁ……今は、もう畑はないけどね。だから、食材は買いにいかなきゃだけど、その分父さんと色々住みやすくはしてるんだよ。一応リフォーム済みだし、時々掃除もしているからそんなに汚くはないと思うし……」

「楽しみだね。早く見てみたいな」

「まぁ、典型的な田舎づくりって奴だよ。ガッカリしないでね」

「大丈夫。私、田舎に泊まる的な番組好きだから! ところで、築何年位か知ってる?」

「うーん、そういう事はちょっと……後で、父さんに聞いてみるよ」

「そっかぁ、写メある?」

「うん、これ」

「結構、大きいね。さすが本家だね。他には? 中の様子とかない?」

「あるよ。これとかかなぁ」

「これかまどだよね? 使えるの?」

「うん、使えるよ。やってみる?」

「いいの? やったぁ!」

 俺は、内心ホッとしていた。奏の質問に無難に答える事が出来たからだ。

 もう目的地は近い。この数十分は、木と雑草が張り出したコンクリートの法面と、簡単に突き破れそうなガードレールが延々続いていた。

 暗くて圧迫感きつめの酔い止め薬必須コースだ。さっきからしばらく見ていなかった明るい空がよく見える。

 これで、身体が延々左右に振られ続ける苦行が終わる。

 父さんの運転する車は、曲がりくねった山道を抜け、ようやく少し開けた場所に出た。

 とはいっても、田んぼと畑と山……あとは、まばらに民家が見える程度の田舎だ。

 当然、道幅は狭く、センターラインすらない。運悪く対向車が来た場合、どちらかが路肩に出てやり過ごす事になる。

 ちなみに、父さんはこの手の運転が余り得意ではない。だから、対向車とすれ違う度に、もれなくスリルを味わうことになる。

 今日は奏もいるし、万が一接触して、柄の悪い運転手に絡まれたりすると嫌だなぁなどと思っていたが、幸い過疎り過ぎて他の車とすれ違う事はなかった。

 そもそも、ここに来てからまだ第一村人を発見していない。最早この村に、どれだけ人が住んでいるのかすら不明だ。

 本当に、こんな場所で奏はいいのだろうか? 今からでも、もっとアトラクション要素強めの観光地にでも、変更した方が良いと思うんだが……。

 そんな事を考えていると、遠くの高台に見慣れた建物が見えた。もう本家は近い。密かにオフグリッド生活に憧れている俺にとって、田舎は最高の実験場だ。

 正直、俺は本家に行くのが嫌いではない。だが、奏にとってここが楽しめる場所なのかは分からない。

 今日は、本家の清掃デーだ。俺と奏と父さんで、ひとまず人を呼べる状態になるよう、本家をきれいにする計画だ。

 ホント、こんな事に付き合わせて申し訳ない……俺は、嬉しそうに俺のスマホを見ている奏に、せめて田舎を楽しんでもらえるよう頑張ろうと思った。

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