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金沢日帰り旅の話

【美味を求めて行ってきた日帰り旅を記録しているだけの雑文】

 名古屋在住の友人に「日帰りで福岡に行ってきた」と言われてひっくり返った。
 聞けば、美味しいごまさばが食べたかったから、とのことで、ひっくり返ったそばからひれ伏した。人間、美味しいもののためならそこまでできるものなのかと半ば感動した。

 しかしよく考えてみれば、それこそが大人の贅沢というものなのではないだろうか。現地でしか食べられない美味を求めて、遠路はるばる旅に出る。そういう時間とお金の使いかたは、素敵だ。憧れる。やってみたい。

 そんなわけで私も、件の友人とともに「うまいものを食べる旅」に出掛けることにした。

 目指すは金沢。ブリしゃぶと、新鮮な海の幸を求めて。
 彼女は名古屋、私は大阪。現地集合現地解散の、弾丸日帰り旅行である。

 大阪から金沢といえば、特急サンダーバードである。
 遠出の際、飛行機やら新幹線やらバスやらいろんな交通機関にお世話になるのだが、そういえば特急電車に乗るのは久しぶりのことであった。
 始発のサンダーバードで北上する。琵琶湖をなぞるように疾走する。車窓をぼんやりと眺める。薄曇りの空に陽が昇る。湖面が煌めく。琵琶湖がなかなか終わらない、と友人にLINEしたら笑われた。

 途中には雪景色も通ったが、金沢に着いてみると、意外なことに雨模様だった。もちろん雪も積もったり残ったりしているものの、歩道はぬかるみのほうが目立っている。このところの寒さが、少し緩んだ頃合いらしかった。

 実は、金沢を訪れるのは3回目である。しかしいつ来たのか思い出せない。写真データを漁って調べてみたら、2009年と2012年――なんと11年前のことであった。それはもう、初訪問と変わらない。
 新鮮な気持ちで鼓門つづみもんの写真を撮った。ちなみに鼓門の完成は2005年だそうで、初訪問のときには既に存在していたことになる。

 さて。
 待ち合わせまでにはまだ1時間ほどあったのだが、その間、私には重要任務が課せられていた。回転寿司の整理券取得、である。
 なんでも、本日目当てのお店は超人気店らしい。開店同時に整理券を取っておく必要があるのだとか。
 何十組も待つらしいだのなんだのという口コミを読んでも、正直なところ半信半疑だった。しかし蓋を開けてみると、開店と同時に向かったつもりが、私の取った番号は既に2桁台に突入していた。恐るべし、人気店。

 友人と合流し、更にしばらく待ち、無事に入店を果たす。本日の第一美味、お寿司である。
 順番を待っている間に、食べたいネタを友人が選定してくれた。せっかく金沢まで来たからには日本海側の冬の魚を食べるべきだ、と主張しながら主な魚の漁場を調べる彼女の瞳は、美味への情熱に燃えていた。
 私は特にこだわりが無かったので彼女に任せていた。というより、彼女が選定したものであれば100%美味しいという信頼があったのだ。食にこだわりのない私が口を出すほうが野暮である。言い忘れていたが、彼女との付き合いはもう25年近くになる。

 ガスエビ、というエビを初めて知った。石川や富山で食されるエビだそうである。あまりに甘かったのでうっとりと噛みしめてしまった。それから甘エビに、白エビの唐揚げ。なんだかエビばかり食べていたような気がする。

 個人的に感動したのは、生ホタルイカの軍艦巻きであった。もともと、ホタルイカにはさほど親しみがない。酢味噌があまり好きではなかったし、お酒の飲めない私にとって、おつまみの印象が強いものは「自分向けの食べもの」ではなかったのだ。
 が。恐る恐る頬張って、口の中でぷちりと弾けた瞬間の香りに感動した。
 おいしい。そうか、これが鮮度の力か。

 ブリにホタテにカニ味噌、仕上げにカニの味噌汁。
 お腹いっぱいに満たされて店を出る。その頃にはなんと60組待ちになっていて眼を剥いた。さすが人気店。

 次に向かったのは、金沢21世紀美術館である。

 中に入ると人で溢れていて面食らった。
 レアンドロのプールに至っては受付が必要になっていて、しかも当日分は終了していた。しばらく来ない間にすっかり人気施設になってしまっていて、なんだか淋しいような気持ちになる。

 幸い、特別展のチケットは事前に確保していたのですいすいと入館できた。残念ながらスイミング・プールはお預けである。
 特別展は、イヴ・クライン。コレクション展は「航路」がテーマだった。

 出迎えた群青色のトルソー。群青の顔料が敷き詰められた一角。真っ青な部屋。
 色の圧力に負けそうになった。すべての作品が青一色だというわけではないのだが、とにかく青の印象が強烈だった。
 ふと目を落とした展覧会のチケットが、真っ青な地に金字の印刷だったので更にくらりとした。
 くらくらする展覧会は、私にとって良い場所だ。
 私は満足した。

 続いて兼六園に向かう。
 歩道に雪は少なかったが、庭園は綺麗な雪景色だった。雪吊りも施されている。なんというか、程よい雪で風情があった。現地民に怒られそうだけれども。
 驚いたことに、既に梅が咲きはじめていた。ほとんどはまだ硬い蕾だったのだが、雪をかぶりながらもちらほらと咲いている花がある。紅梅、白梅。寒くて寒くて仕方がないのに、確かに春が近づいていることを感じた。

 ところで、兼六園のすぐ近くに、金澤神社という神社がある。
 お詣りして、御朱印を頂いた。金箔を添えた上品な御朱印である。金沢との縁が少し濃くなったような気がして嬉しくなる。

 このあと割烹を予約していたのだが、少し時間があったのでカフェに寄ることにした。友人のたっての希望である。お目当ては、ほうじ茶パフェと加賀棒茶だ。
 香ばしいほうじ茶アイスで幸福になる。外から内から冷えた身体に温かい棒茶が染み渡る。
 幸福である。
 ちなみにパフェは飲み物なので、お腹具合は余裕である。

 割烹では、おまかせのコースを予約していた。
 提供されるお料理は、どれも素晴らしく美味しかった。エビの卵の鮮やかな緑色に驚いたり、肉厚の椎茸に感動したり、もずくの歯ごたえに驚いたり、ブリしゃぶの贅沢さに感動したり。鍋の締めの氷見うどんは、ブリのだしのおいしさに思わず溜息をついた。
 珍しくお酒を飲んだ。気の置けない友人とおいしい料理を頂く時間は、途方もなく贅沢だった。素敵なお店を教えてくれた友人――正確には、彼女の友人――に、深く深く感謝した。

 堪能しすぎて、危うく帰りの特急に乗り遅れるところだった。

 慌てて金沢駅へ戻る。お土産を選んでいる時間がなかったので、駅近くのお弁当屋さんで笹寿司を買うにとどめた。翌日のお昼にして、余韻を味わうためである。
 ついでに、九谷焼のはしおきガチャなるものを見つけたので挑戦してみることにした。いちばん好みのデザインが当たって歓喜する。これを機会に、箸置きを導入してみるのも良いかもしれない。それくらいの丁寧さで生活してみたい。

 サンダーバードに駆け込む。良かった、間に合った。
 外はもう真っ暗で、雪景色も琵琶湖も見えない。
 久しぶりに飲んだお酒のせいか、随分と眠かった。

 なんだかばたばたしてしまったけれど、お寿司を食べられたし、美術館に行けたし、雪の兼六園を散策できたし、御朱印も頂けた。パフェも満喫したし、素晴らしく贅沢な和食を堪能した。明日のお昼には笹寿司が待っているし、可愛い箸置きが食卓に加わる。

 うん、良いじゃないか、日帰り旅。
 読んでいた本を閉じて、少しだけ眠ることにする。

 お腹も心もいっぱいで、幸福な帰路である。

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