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川で寝る

日曜日の朝、八時三十分。
目が覚めてカーテンを開けると、綺麗な秋空が広がっていた。
キッチンに行って一杯の水を飲む。目の前には四つ切りの食パンがあった。
私は手早くサンドイッチを作り、川へ出かけることにする。簡単なピクニック気分だ。
河原を散歩する。
足場が悪く、ところどころ砂が敷かれた坂で足を滑らせた。でもそれもまた川の魅力だと思う。
適度に座ることのできそうな石を探してしばらく歩いていると、カラスの群れに出会した。食事をしているわけではなさそうだ。ただ群れを作り、戯れ、辺りをキョロキョロと見回しているようだった。のちに、それが近くのとんびを警戒していたのだと知る。
カラスの群れの横を私はゆっくりと通り過ぎようとしたが、警戒されていたのか、一匹残らず空へ旅立たれてしまった。対岸に群れを移した彼らは、またその拠点で何をするでもなくキョロキョロとしながら過ごしていた。
私は彼らを見守ることのできそうな位置に腰を下ろした。風が冷たく、太陽に薄い雲がかかると少し肌寒かったが、サンドイッチをゆっくりと食べ、たまにお茶を飲み、二つ目のサンドイッチを食べる前に持ってきていた本を少し読み進め、またサンドイッチを食べ、お茶を飲み、少し目を閉じてぼんやりとしているうちに、陽はまた現れて、風が吹いていないと暑いくらいの光を降り注いでくるのだった。
私はその光を全身に受け止めてまた目を閉じる。川の流れる音の中に、魚が跳ねる気配がする。石斑魚だろうか、それとも鮎か、虹鱒か。
近くで飛蝗が羽ばたく音がする。近づいたり離れたり、後ろにいたり、横にいたり。たくさんの飛蝗に囲まれている気配がする。ショウジョウバッタはこんなに飛び回らないだろうから、きっとトノサマバッタだろう。
ふと目を開けると、対岸のカラス達はいなくなっていた。遠く上流の河原にポツポツと黒い点が見えた。
目線を少し下げると、膝の上に組んだ腕の裾に蜻蛉が止まっていた。私はびっくりして、固まったまま目を丸くする。蜻蛉は持ち前の大きな複眼で、私を見ているのか周りの虫を探しているのか、首をくるくると動かして、それからピッタリ正面を向いて固まった。
二人……いや二匹は、お互いに見つめあったまま数分の時を過ごした。そのうちお互い気にも留めなくなって、私はなるべく体を動かさないようにしながら川の流れを眺めたり、カラスの行方を追ったり、新しく現れた小鷺の漁を応援したりした。
ひと通り楽しみ終え、今度はまた本の続きを読もうと思い立つ。
裾には蜻蛉。
そっと、蜻蛉のいない方の腕をどかしてみる。蜻蛉は相変わらず私のことなんて気にしていないかのように、足の位置を気の向くまでずらして悩んでいた。
蜻蛉には申し訳なかったが、私も本が読みたいのだ。彼の羽をそっと掴んでみると、初めて私が人間だったのを理解したようで、バタバタと暴れ出した。羽がもげてはいけないので、羽を揃えて持ちかえ、近くの背丈のある虎杖の葉に乗せてやると、こんな所なうんざりだとでもいうように、彼はヒュウと数メートルほど飛んでいった。
私はそれをひとしきり見つめた後、もの寂しさを覚えながら本を開いたのだった。

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