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最強の手 / #秋ピリカ応募

『ぐぅちゃん、今月最後の土日は休みだったよね。ホムパやるから帰っておいで』

母さんの手紙はいつも『ぐぅちゃん』で始まる。俺の名前、具久ともひさの1文字目を音読みして『ぐぅちゃん』。28歳、社会人男子としては非常に恥ずかしい。

母さんの手紙の一枚目は要件だけが書かれている。メールでもいいんじゃないかと思うほど短い。母さんとはスマホでメールのやり取りもしているので、手紙でなくてもいいと思うのだが、なぜか家族を招集するときだけはいつも手紙だ。

それにしてもホムパなんて今どきの言葉、どこで覚えたんだろ。聞こえはいいが、メニューはおでんに違いない。

そして、手紙の二枚目はいつも俺に向けてのメッセージ。

『考古学の研究に打ち込むのもいいけど親孝行も頼むぞ、息子よ。土偶以外の彼女と結婚して早く孫の顔を見せておくれ』

父さんは俺が高校生のころ事故で亡くなった。母さんはパートの時間を増やして俺と妹を育ててくれた。大学を卒業して同期の連中が有名企業に就職していくなか、研究室に残りたいと言った俺を応援してくれた母さんには本当に感謝している。

そんな母さんにやっと親孝行ができそうだ。最近、土偶ではない彼女と付き合い始めたのでこの機会にうちに誘ってみよう。俺だってグッジョブしてるんだぜと母さんに自慢しよう。

手紙の三枚目には必ず母の近況が書かれている。

『母の近況。千由紀からもらったチョキが楽しくて毎日いっぱい写真を撮っているよ。スマホの写真も便利だけど、やっぱり写真は手に取って眺めるのがいいね』

このことは千由紀から「お兄ちゃん、どの機種がいいか選んで」と相談されたので知っている。使いこなせるか心配していたが安心した。

千由紀が母さんにプレゼントしたのはインスタントカメラのチェキ。なのに、母さんはそれをチョキと言って譲らない。「カメラを向けるとチョキしたくなるでしょ。だからチョキでいいの」って。そのポーズはピースなんだけどな。

ま、いっか。

『じゃ、楽しみに待ってるよ。みんなでチョキ撮ろうね! 母より』

手紙に同封されていたチェキの写真は母の笑顔のドアップだ。頬にピースのポーズ。なかなか可愛らしい……と言えなくもない。とっても楽しそうだ。

『ホムパ、了解。帰るよ』

メールで返事をする。おでん、いっぱい食うぞ! 彼女を見て驚く母さんの顔が早く見たい。千由紀も彼氏を連れてきたりして……。

じゃんけんの紙(パー)、石(グー)、ハサミ(チョキ)には優劣がない。
だけど、うちのじゃんけんは違う。母さんの手紙(パー)は、俺(ぐぅ)や千由紀(ちょき)をやさしく包み込む最強の手だ。

そんな母に育てられた俺たち兄妹は本当に幸せ者だ。母さん、これからも元気で長生きしてくれよ。もっと笑顔をプレゼントしたいから。

(了)

(1140文字)

お読みいただき、ありがとうございました


本作はフィクションです。秋ピリカグランプリ応募作品となります。

ピリカさん、すてきな企画をありがとうございます。


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