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アイデンティティ

ここ数か月、私とは何かを考えることがあった。
その折にこんなツイートをした。

「性別も名字も制度も何もかも消えちゃえばいいのにな」

こんなしょうもないツイートだったのだが、
とある見知らぬ方から
「アイデンティティはどうなる」
と返信があった。

なるほどと思う反面、気持ち悪さも感じた。
あぁこれが今私が縛られているものなんだ、と。

私のアイデンティティってなんだろう。

女であることだろうか。
この名字であることだろうか。
得意な事だろうか。
見た目だろうか。

goo辞書の定義によれば

自己が環境や時間の変化にかかわらず、連続する同一のものであること。

女性は老いとともに女性ホルモン分泌が減り「男性化」すると言われている。
結婚やその他の事情で名字は変わりうる。
時間とともに得意なことも見た目も変わるだろう。

何をもってあの人は私のアイデンティティがそこに依拠すると考えたのだろうか。

たしかに初対面の人なら判断するところはそこかもしれない。
ただそれだけを見て「私」だと思われるのはなんだか違うように感じる。

もっとも、ではこれがアイデンティティだと言えるものもないのだが。


「自分らしさ」「アイデンティティ」「個性」
正直どれもよくわからない。

ただ、性別だの名字だのといった
私を型取るそれらは
決して私自身ではないこと

それがわかっているといいな。

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