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私が「私文」を選んだ理由#2

こちらのnoteは「私が『私文』を選んだ理由#1」の続きとなっておりますので、そちらから読んでいただくことをお勧めします。

前回のnoteではひたすらに私文の強みについて語りました。


おさらいすると、

①科目数が少ないから心に余裕をもって勉強できる。

②英語、国語、社会のどれかがずば抜けてできる人は無双できる可能性がある。

③知識さえ詰めまくればなんやかんや耐える可能性が高い。

でしたね。


さて、これを踏まえて、私の実体験に基づく「私文を選んだ理由」をお話ししましょう。


私が「私文」で無双するまで

まず大前提として、私は勉強がとてもできる、というわけではありません。

通っていた高校は進学校だったので、世間一般でみれば「できる子」だったのかもしれませんが、校内順位は中の下、といったところ。

ぱっとしない、といった感じでした。

高校二年生になると、だんだん進路のことを考え始めます。私は一年生のころは高校受験で燃え尽きてしまっていたので進路について真剣に考えていませんでした。

文系でそこそこのところにいければいいかなー、くらいで。

二年生になって周りが考え始めると、私もつられてぼんやり考え始めました。私の得意科目、苦手科目、どんな学部に行きたいか。

学校や塾で配られるいろいろな資料を見ながら、私は思いました。

「私って国語だけはめちゃ得意だよな…」

実際、昔から国語だけは常にトップの成績でしたし、一年生のときに受けたセンター同日模試では当時通っていた塾の順位で初めての一位に輝きました。

もうこれは完全にセンスです。センスと勘だけで解いていました。

そこで、これを生かさない手はない、と思い、英語を強化すれば早慶狙えるかも…なんて考えながら、私文の道に進むことを決めました。(理科が苦手すぎて勉強したくなかったというのもありますが…)


時は経ち、三年生の春。

社会を日本史に決め、国語英語日本史を必死にやっているときに気が付きました。

「私、英語死ぬほどできない」

当時の勉強時間は国:英:日=1:5:4くらいでした。

日本史に時間を割くのは当然(そうしないと範囲が終わらないので)として、国語と英語の割合がおかしいくらいひたすらに英語をやっていたにも関わらず、いっこうに成績は伸びませんでした。

それはもう焦りました。

英語ができない傷を国語をやることで癒すという奇妙な勉強の形にまでなりました。

その時私は知ったのです。傾斜配点という制度を。

塾のチューターさんに聞いて知った制度でしたが、私にはぴったりだと思い、受けたかった文学部系の学部の傾斜を調べまくりました。

そうしたら、なんとびっくり、

英語がそれほど重要でない学校もあるではありませんか。

英語はどの学部でも必要ですから、一番比重がかかるのが普通です。

しかし、文学部で見てみると、英語よりも国語の配点が高い、または英語と国語の配点が一緒、という学校も存在するのです。

そこで私は思いました。


「英語ができて国語ができない人なんてたくさんいる。国語で無双すればワンチャンあるかもしれない…!」


そこからはもうひたすらに「自分の得意をいかに伸ばすか」という戦いでした。

国語に関しては誰よりも勉強していたと思います。軽んじられがちな漢字や語彙の勉強もかなりしました。最終的には早稲田の過去問で正答率8割以上をキープできるまでになりました。

もちろん英語をほおっておくことはできません。ある程度はできている必要がありました。

私の志望校は早稲田だったので、「早稲田志望者の平均の下のほう」くらいにはなろうとして、実際それくらいだったと思います。

そのくらいのレベルになると、MARCHの英語の問題は案外するする読めてしまうものです。慣れですね。

日本史も怖すぎる先生にしごかれていたおかげで、学校で受けた最後の模試では校内2位にまでなり、センター試験は満点でした。

そこまでくればもうあまり落ちる気はしませんでした。

英語で多少失敗しても、私には国語と日本史がある。

この確信は、不安定な受験期の大きな心の支えとなりました。

最終結果としては、受験したところはほとんど合格。

早稲田大学に進学することとなりました。

典型的な「自分の得意で無双できた」私文だったと言えるでしょう。


さて、私の話をだらだら書いてきたわけですが、まとめると、

受験は「自分の得意をいかに押し付けるか」という戦いで、私文型はそれが最もやりやすい形だった。

ということです。


もちろんこの話は完全に私の主観なので、合う人もいれば合わない人もいるでしょう。

なんてことないように書いていますが、受験勉強はかなりつらいものでした。できるはずの国語が落ち込んだときなんか自習室で泣きそうになったりもしました。

私がやった一点突破は、見方を変えれば諸刃の剣だ。ということも併せて書いておきます。

あなたに合った勉強法、受験法はあなた自身で見つけるしかありません。

つらいことも多いと思いますが、その経験はかならずこれから先の人生の糧になります。


ぜひ、あがいて、もがいて、そして楽しんで。

大学受験と向き合っていってください。


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