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ショートショート#4『テクノさん』


 テクノさんはよく、新宿二丁目に現れる。

 今の時代に見合わないポケットラジカセをぶら下げ、ヘッドフォンを耳にかけてルンルン歩いている。
 ヘッドフォンから流れているのはテクノポップで、それはテクノさんが誤ってラジカセ本体からコードを抜いてしまったときに大音量でメカニックな曲がかかった時に知ったのだ。

 それからというもの、テクノさんは道行く人から「テクノさん」と呼ばれるようになった。

 テクノさんはカセットのA面を終えるとボタンをカシャッと押して、B面を流す。B面ももちろん、テクノポップだった。

 ある時、僕が行き着けのバーに立ち寄ると店先には珍しくママチャリが置いてあった。
 先客かなと、バーの扉を開けると馴染みのR&Bミュージックがかかっている。

「あら、アッキー、いらっしゃい。」
 マスターが僕を見るなりそう言った。
 マスターの向かいに座る、カウンター席には一人の客がいた。僕はその姿に見覚えがあった。
 その人は、テクノさんだった。

「マスター、店先の自転車はマスターの?」

「あっきー、久しぶりじゃないのー!自転車?いえ、私のじゃないわ!ねぇ、テッチャン、今日テッチャン、自転車できたのよね?いけない子ね、お酒飲むのに。」

 そうマスターがテクノさんに声を掛けた。カウンターテーブルを人差し指でコツコツと呼びながら。

 すると、テクノさんはマスターと僕を見て、にかっと笑った。

「おお!」
 
 テクノさんは案外、人と意思疏通できる人なのか。

「はじめまして、ここではアッキーって呼ばれてます。隣いいですか。」

 恐る恐る尋ねると、テクノさんはコクリと頷いて手のひらを隣の席に向けて差し出した。
「どうぞ。」という意味らしい。

「そういえば、テッチャン最近、自転車を手に入れたって言ってたわよね。その愛車で来たってわけね!」
 
 テクノさんが飲んでいるのは電気ブランだった。黄金色に輝くアルコール度数40度のリキュール、テクノさんは僕がこのバーにいる間にストレート5杯を飲み干し、6杯目に差し掛かるところだった。
「テッチャン、そろそろじゃない?」

 マスターがそう言うと店内の壁時計に眼をやり、テクノさんはバーを飛び出した。僕は何事かと眼をしばたいた。

「テッチャンねぇ、発明家なのよね。電気工学に詳しいのよ。本当にすごいのよ。」

 マスターがそう言った。

 テクノさんはここで電気ブランを注入して、店にかかる「R&Bミュージック」と「テクノさんの中に流れるテクノポップ」、相反する魂をぶつけ、さらに電気ブランを体内で掛け合わせて電流を作るのだそうだ。
 それを自分のラジカセの電源にしてテクノに酔いしれるらしかった。

「そう、でもね、今のテッチャンは違うのよ!」

 自分のことのようにマスターは自信満々で続けた。
 前までは、ラジカセの出力くらいの電力しか生成できなかったらしいが、今度はそこに自転車のモーターを利用して電力アップに成功したのだ。

 お陰で今はラジカセからCDプレーヤーに進化したらしい。

「彼のエネルギーが切れたらまたうちに来るわ。その時はどんな乗り物で来るのかしらね。いつか、この2丁目もテクノポップブームが再来するかもしれないわ、私それが待ち遠しいのよ。ここだけの話、上の階のみっちゃんも下の階のよりおのところも隣の店だって、それを心待にしてるって話よ。」

 マスターは跳び跳ねながらそう言った。

「じゃあ僕も電気ブラン頼もうかな。」
「あら、あんたじゃ無理よ?」

鼻で笑いながらマスターは言うので僕はムッとしながら「そんなのわかってるよ!飲んでみたいだけじゃないか!」と言った。

「一杯だけね!電気ブランは、テッチャン専用なんだから。」


 あのバーに行った次の日、僕は仕事だった。
 最近健康を意識して、仕事には自転車で向かうことにしていた。自転車は自宅真下の駐輪場に停めてあるのだが、駐輪場に下りたとき、あるはずの自転車が忽然と消えていた。
 
 確か、テクノさんが乗ってきていた自転車のフレームの色が似ていた気がした。

                  続く

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