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サイバーパン粉の真髄

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これがサイバーパン粉の真髄。
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記事一覧

「ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ」鑑賞後メモ

 「真実」なんてどうでもいい、そんなものが存在しているような居心地の悪い場所にはクソほど興味がない。作品の冒頭から終わりまで、常にそう嘲笑い続けているような作品だと思った。裁判所の場面でカメラマンを銃で撃ち殺し、裁判官をハンマーで殴り殺すアーサー/ジョーカー(ホアキン・フェニックス)の姿が象徴的なように、冷静な分析や「真実」を追求するような人間や構造を徹底的に叩きのめそうとするスタンスが全編に渡っ

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「哀れなるものたち」鑑賞後メモ

 主人公のベラ(エマ・ストーン)もそうなのだけれど、彼女やウィレム・デュフォー扮するゴッドウィンというキャラクターが暮らしているあの館に何匹ものキメラ的な生き物が登場するのはどういうことなのだろうかとしばらく考えてみた。個人的な結論としては、2つの全く異なる性質を持つ生き物がどのようにして組み合わされば新たな生き物として活動していけるのかということに対してゴッドウィンは深い関心を持っていたのだろう

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「シビル・ウォー アメリカ最後の日」鑑賞後メモ

 ショット(撃つ/撮る)というアクションの恐ろしさ、そして同時にそれに対しての強い執着を抱え続ける人間という生き物の業の深さ、禍々しさについての映画だ。

 「撃つ」ことについて描いているシークエンスとして真っ先に思い出されるのは、やはりジェシー・プレモンスが登場する中盤あたりの場面ではないだろうか。地面に(具体的な用途はわからなかったが)粉を撒いているときの手つき、それから主人公のリー(キルステ

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「憐れみの3章」鑑賞後メモ

 今作は3本それぞれ独立した内容を持つ物語で構成されていて、いずれもシュールかつインモラルなトーンで主体性が剥奪された人物たちの物語が展開されていく。使用されるモチーフにも共通しているものがあり、3本とも同じ役者が続けて出ていることで永遠に出口の見つからないループに嵌っていくかのような気味悪さにも繋がっていく。

 1本目の「R.M.Fの死」では主人公が自分の足で移動する瞬間はほとんど省かれており

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「Cloud」鑑賞後メモ

 今年に入ってから劇場公開された黒沢清作品は「蛇の道」と短編作品である「Chime」、それから本日公開された「Cloud」の3本なのだけれど、それらの内容を比較しながら観ると、まずわかりやすく浮上してくるのは母性と父性の二項対立の構図であるように思えた。「蛇の道」の主人公である柴咲コウの役柄と「Cloud」における奥平大兼のそれを通して、その両極について少し書いてみる。

 喪失による深い悲しみと

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「ぼくのお日さま」鑑賞後メモ

 言葉になりきらない、やわらかで曖昧な輪郭だけを伴った気持ちのスパイラルがすぐそこまで迫ってくる。それは作品冒頭で初雪に見とれ心を奪われている主人公のタクヤの姿が体現しており、その後も繰り返しさくらや荒川らの視線を通して描かれていく。表情でスピンを続けるさくらの姿に見惚れるタクヤ、そしてそんな彼の姿を見つめる荒川、そしてさらに無言でスピンを続けながらも気持ちが荒川へと向いているさくらといったように

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「エイリアン:ロムルス」鑑賞後メモ

 思いのほか色々なことが起きて、若い主人公たちが想像以上に大変な目に遭うというアホみたいにシンプルな驚きがそこにはある。予告編をチラッと見た程度で観に行ったので序盤の方などはかなりテキトーな気持ちで観ていたし、ルックなどもフレッシュさには若干欠けて地味だなというようなことを思ったりもしていた。しかし、30分くらい観ていくと序盤で提示されていた各要素が絶妙に噛み合いながら物語にいくつものレイヤーを生

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「ナミビアの砂漠」鑑賞後メモ

 恐竜のようなフォームで街を歩いてはあらゆるものを飲み込み、そして吐き出す。脱毛サロンのスタッフとして客の毛を抜いては、その後で「結局生えてくるけどね」と呟いてみせる。死ぬまで終わらない生活のサイクルと、そこからの逸脱を試みるが故の破壊行為。カナ(河合優実)の視点を通して描かれる現代の都市生活においては、あらゆる物事が同時にものすごい速度で並走し続けているのだということが作品冒頭の喫茶店でのやり取

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「NN4444」鑑賞後メモ

 「面白い映画」とは何だろうか、というあまりにも巨大すぎる疑問について考えてみた。そして、きっとそれには音楽でいうところの豊かなハーモニーが宿っているのではないかと思った。映像と音声、さらにはそれらを構成する細かな要素、撮影や照明、役者、演技、脚本、演出、音声の録音、ミキシングなど、それらのものが作品のテーマやトーンなどに沿って一点に寄り集まり鮮やかに噛み合う瞬間、倍音を含んで膨らみや奥行き、重層

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「Chime」鑑賞後メモ

 ひとつの出来事を軸に物語が展開していくような構造ではなく、突発的な事件が次々に発生していくプロットであるのは、こと現代における「恐怖」という概念がもはや原型がどのようなものであったかが全くわからないほどに様々な感情が圧縮された集合体のようなものであるということを喚起させるためだろうか。だからこそ、主人公である松岡(吉岡睦雄)が目にした「恐怖そのもの」を示すものであろう物体が画面に映し出されること

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「メイ・ディセンバー ゆれる真実」鑑賞後メモ

 本編が始まって間もないタイミング、本作の中心人物であるグレイシー(ジュリアン・ムーア)が自宅のキッチンにて冷蔵庫を開けた瞬間にスッと不穏なSEが差し込まれたと思いきや彼女が「ホットドッグが無いわ」というセリフを口にする。この演出の物語上における唐突さ、意味のわからなさに最初は面食らって思わず笑ってしまった。けれど、最後まで鑑賞した後で再びこの瞬間を振り返ると、この作品の軸になっているテーマがここ

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「フェラーリ」鑑賞後メモ

 40歳のアダム・ドライバーがわざわざ老けメイクを施されてまで、1957年当時に60代後半であったエンツォ・フェラーリを演じているのは何故なのだろう、というところが最初に気になった。実際の理由はわからないのだけれど、そういったビジュアル的に違和感を醸すような演出によって、エンツォの心が人生における若き日のある時点でピークを迎えたと同時に、そこで時間が止まったままでいるような状態がより際立つような効

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「ソルトバーン」鑑賞後メモ

 遅ればせながら鑑賞。ドスっと胸に突き刺さる一撃。今作の時代設定は2006年となっているため、主人公のオリヴァー(バリー・コーガン)らはミレニアル世代の若者ということになるが、そんな彼らのほとんどが破滅していく様子を観るのは、ギリギリ同じ世代に組み込まれる年齢である自分としてはショッキングなところもあった。フィリックス(ジェイコブ・エローディ)の屋敷における登場人物らのキャラや関係性の構図がジェネ

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「蛇の道」鑑賞後メモ

 洗練されたサスペンス・スリラー映画でありながら、程よい塩梅でユーモアも挟まれる手際の良さ。質のいい刃物がほんの少しの力だけで体内に侵入してくるかのように、作品のトーンは決して重くなりすぎないのにも関わらず鑑賞後にはドープな余韻が忘れがたく残る。外→監禁用の建物→病院→外→再び監禁用の建物、といったような流れでミニマルな場面の展開がなされていく非常にシンプルな構成でありながら、ひとりずつ増えていく

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