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サイバーパン粉の真髄

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これがサイバーパン粉の真髄。
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記事一覧

「悪は存在しない」鑑賞後メモ

 地面の上を引きずられている死体の目線のような、森の中から曇り空を見上げ続ける長回しのショットが続く冒頭の数分間、濃密なカタストロフの予感がすでに充満していた。間延びしているようでいて、時間は経過し続ける、それを証明するように石橋英子によるドローン的なアプローチの劇伴が鳴り響き続ける。序盤の、芸能事務所の担当者らによるグランピング場の開発計画に関する説明会のシークエンスに至るまでの10数分間はセリ

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「異人たち」鑑賞後メモ

 人肌の温もりをたしかに感じた。実際に触れたとか、そういう物理的な意味合いではないのだけれど、現実と非現実の混じり合う空間においてそれを実感する2時間だった。作品冒頭、朝日が昇り始める瞬間を一方的に見つめている感覚に陥りかけた瞬間にふっとそこにオーバーラップし始めるアダム(アンドリュー・スコット)のシルエット。静かに日常にフェードインし始める、自分を見つめ返す視線との交わり。実際、ここにこの作品の

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「オッペンハイマー」鑑賞後メモ

 映画という形態にどれだけ多くの情報量を搭載できるのか、という限界にクリストファー・ノーランは挑んでみたのだろうかと思ってしまうほど、とにかく次々にあらゆるものが視覚と聴覚、そして全身を刺激し続けてくるような印象を受けた。アクション映画ではないが、過去のどの作品よりもハイテンポで物語が進行し、尚且つ各登場人物、特に主人公であるオッペンハイマー(キリアン・マーフィー)の台詞の量も膨大であり、さらにそ

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「カード・カウンター」鑑賞後メモ

 「同じことの繰り返しだ。どこかへ向かっている気が全くしない」と話すカーク(タイ・シェリダン)に対して、「ああ。ひたすら回ってるんだ。納得いくまでな」と返す主人公のウィリアム・テル(オスカー・アイザック)らふたりの劇中におけるこのやり取りに今作が語ろうとしていることが端的にまとめられているように思えた。ブラックジャックや拷問というモチーフを通して語られるのは、人間があらゆる物事において「負けた」と

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「デューン 砂の惑星PART 2」鑑賞後メモ

 IMAXの巨大なスクリーンにとてつもなく巨大なものが現れたり動いている様子が映し出され、さらに緻密に構築されたサウンドデザインの音響や劇伴が全身を貫いていく心地よさ。「デューン」自体は非常に情報量の多いSF小説ではあるものの、ドゥニ・ヴィルヌーヴによるそれは映画鑑賞の快楽性を押し出す方向性に振り切っている。個人的には少し拍子抜けするくらいに物語自体はシンプルに見えるようにまとめられているのは、や

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RAFRAGE / Kamui

 サイバーパンクという過剰さからこぼれ落ちる、ささやかで繊細なKamuiの人間性。というものが「YC2.5」というアルバムから垣間見えるものだとすれば、「RAFRAGE」から立ち昇るのは、現実という殺伐とした世界をベースにしながらも、そこから肥大し始めるひとつの巨大な虚像=強い怒り=RAGEとしてのKamuiなのかもしれない。一曲目のタイトルにも冠されているPlayboi Cartiに対しての印象

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「ほつれる」鑑賞後メモ

 「冷たさ」についての映画。現代の東京を主な舞台としているが、カメラが切り取る主人公らの暮らすマンションの一室や街の景色、自動車やロマンスカーの鉄とガラスの質感はヒンヤリと冷たさだけを帯びていて、まるでSF映画を見ているような心地がする。全編を通してほぼ全ての人間が「本当に言いたいこと」をストレートに話す瞬間がなく、婉曲的で柔らかさだけを突き詰めた(しかしそれにより遠ざけられる本音は無言のうちに鋭

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「瞳をとじて」鑑賞後メモ

 「古い記憶と出会いなおすための装置としての映画」についての物語であるように思えた。現在の視点(観客席)から過去を見つめ直す眼差しと、スクリーンの内部に収められた過去から未来の世界に向けられた眼差しとが重なり合う瞬間の高揚、スリル。言葉よりも早く瞬間的に何かが伝わっていく、あるいは伝わっていないことが理解されてしまうほどにその解像度は鮮明だ。物語の後半における老人ホームの食堂での視線のやり取り、そ

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「夜明けのすべて」鑑賞後メモ

 さながらプラネタリウムのような映画だと思った。観客が目撃するのは「周期」についての物語であり、世界のあらゆる場所にバラバラに存在する、ひとやものがそれぞれ内包する周期が交錯し合う様子が常に映し出されているように感じられた。藤沢さん(上白石萌音)は月に一度のPMS(月経前症候群)を、山添くん(松村北斗)はパニック障害というコントロールを効かせる事が非常に難しい身体的ないし精神的な周期を抱えながら日

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「みなに幸あれ」鑑賞後メモ

 この世界に生きていることが幸せなのか不幸なのか、もはやわからなくなりそうになる。それこそが「みなに幸あれ」の「ミソ」なのではないだろうか。まあ、いざ死にそうになったらなったでなんとか生き延びようとするのが人間であるはずだ。ただ、だからと言ってその結果生み出されたシステムが清廉潔白な純然たる価値観に乗っ取って構築されているかどうかというのはまた別問題になってくる。かつてどのような価値観が重宝され、

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「エクソシスト 信じる者」鑑賞後メモ

 アメリカという国を構成している根幹的な思想として存在するキリスト教的なマインドを解体していくことを今作は試みているというか、より平たく言えばアメリカに暮らす白人中年男性による自己批判的なトーンが本編を覆っている。それぞれの人物造形が図式的すぎるきらいはあるものの言及している事柄自体は非常にシリアスで根深い問題だ。

 主人公のヴィクター(レスリー・オドム・Jr.)は過去の経験により宗教に対しては

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「ほかげ」鑑賞後メモ

 言語化するのが難しい深い領域にまで触れるリーチの長さをこの作品は持っている。その領域とはなにか。「暴力が生まれるところ」や「光と闇のあわい」というような表現をするのがわかりやすいだろうかと思う。塚本晋也の新作「ほかげ」は、こういった事柄に対して言及していくことで戦争という概念やそれに伴う構図などが、(特に「戦後」の世界で暮らしている)人間の行動や思想の原理を語る上で避けては通れないものであるので

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「首」鑑賞後メモ

 ポリティカル・コレクトネス以降のあらゆる価値観の相対化や変動によってこの世界の文化におけるとある側面の問題は改善され、別の部分は大して変化せず、また場合によっては悪化している事柄も数多くあるのだろう。しかし、そもそも、そういった事柄がどうなっていこうとこの世界に対する根本的な印象は変わらない。シュールで、滑稽で、なにも意味がない。北野武の新作「首」は現代のポップカルチャー全般を覆うそういったPC

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「ゴジラ-1.0」鑑賞後メモ

 ゴジラが出現する直前の予兆を表すものとして深海魚の死骸が海に浮かび上がってくるという演出があるのだけれど、その死骸が色合いや形状的に男性器や精子を思わせるものになっているところに少し驚いた。これによって今作におけるゴジラが、男性性やマッチョ性を無に帰す存在であることが端的に示されている。実際、最序盤の大戸島におけるゴジラとの接触において主人公の敷島浩一(神木隆之介)は戦闘機に搭載された爆弾を「発

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