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    これがサイバーパン粉の真髄。

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    無邪気なサイバーパン粉。

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最近の記事

「オッペンハイマー」鑑賞後メモ

 映画という形態にどれだけ多くの情報量を搭載できるのか、という限界にクリストファー・ノーランは挑んでみたのだろうかと思ってしまうほど、とにかく次々にあらゆるものが視覚と聴覚、そして全身を刺激し続けてくるような印象を受けた。アクション映画ではないが、過去のどの作品よりもハイテンポで物語が進行し、尚且つ各登場人物、特に主人公であるオッペンハイマー(キリアン・マーフィー)の台詞の量も膨大であり、さらにそれに加えて劇伴や細やかなサウンドエフェクトがひっきりなしに鳴っているので、見てい

    • 「カード・カウンター」鑑賞後メモ

       「同じことの繰り返しだ。どこかへ向かっている気が全くしない」と話すカーク(タイ・シェリダン)に対して、「ああ。ひたすら回ってるんだ。納得いくまでな」と返す主人公のウィリアム・テル(オスカー・アイザック)らふたりの劇中におけるこのやり取りに今作が語ろうとしていることが端的にまとめられているように思えた。ブラックジャックや拷問というモチーフを通して語られるのは、人間があらゆる物事において「負けた」と感じる心の動き、そしてそれを引き起こす根本の感情とは「納得が出来ない」という単純

      • 「デューン 砂の惑星PART 2」鑑賞後メモ

         IMAXの巨大なスクリーンにとてつもなく巨大なものが現れたり動いている様子が映し出され、さらに緻密に構築されたサウンドデザインの音響や劇伴が全身を貫いていく心地よさ。「デューン」自体は非常に情報量の多いSF小説ではあるものの、ドゥニ・ヴィルヌーヴによるそれは映画鑑賞の快楽性を押し出す方向性に振り切っている。個人的には少し拍子抜けするくらいに物語自体はシンプルに見えるようにまとめられているのは、やはり、とにかく全身で映画を浴びることの喜び、そしてそこにこそ「楽園」が生じうるこ

        • RAFRAGE / Kamui

           サイバーパンクという過剰さからこぼれ落ちる、ささやかで繊細なKamuiの人間性。というものが「YC2.5」というアルバムから垣間見えるものだとすれば、「RAFRAGE」から立ち昇るのは、現実という殺伐とした世界をベースにしながらも、そこから肥大し始めるひとつの巨大な虚像=強い怒り=RAGEとしてのKamuiなのかもしれない。一曲目のタイトルにも冠されているPlayboi Cartiに対しての印象をKamuiは「曖昧な存在」と自身のYouTubeでの動画において述べていたし、

        「オッペンハイマー」鑑賞後メモ

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        記事

          「ほつれる」鑑賞後メモ

           「冷たさ」についての映画。現代の東京を主な舞台としているが、カメラが切り取る主人公らの暮らすマンションの一室や街の景色、自動車やロマンスカーの鉄とガラスの質感はヒンヤリと冷たさだけを帯びていて、まるでSF映画を見ているような心地がする。全編を通してほぼ全ての人間が「本当に言いたいこと」をストレートに話す瞬間がなく、婉曲的で柔らかさだけを突き詰めた(しかしそれにより遠ざけられる本音は無言のうちに鋭さを増す)会話が積み重ねられていく脚本は見事だと思った。温泉という、誰もが安らぎ

          「ほつれる」鑑賞後メモ

          BAD HOP THE FINAL

           久々にとてつもなくポジティブなヴァイブスに溢れたものを目撃した。特にガチなヒップホップヘッズというわけでもないタイミングから今までインターネットの端っこからひっそりと見守っていた、2010年代以降の日本語ラップシーンを牽引していた存在、BAD HOPによる目の前でのアンセムのつるべ打ちには興奮して頭がクラクラし始めると同時に、ドーム中が、そして俺の横にいる青年がとにかくずっと全力でシンガロングしまくっているその空間は多幸感に満ち溢れていた。演者もすごいけれど、オーディエンス

          BAD HOP THE FINAL

          「瞳をとじて」鑑賞後メモ

           「古い記憶と出会いなおすための装置としての映画」についての物語であるように思えた。現在の視点(観客席)から過去を見つめ直す眼差しと、スクリーンの内部に収められた過去から未来の世界に向けられた眼差しとが重なり合う瞬間の高揚、スリル。言葉よりも早く瞬間的に何かが伝わっていく、あるいは伝わっていないことが理解されてしまうほどにその解像度は鮮明だ。物語の後半における老人ホームの食堂での視線のやり取り、そして主人公らが海兵時代に習得した紐を結ぶ仕草を通した無言のコミュニケーションを行

          「瞳をとじて」鑑賞後メモ

          「夜明けのすべて」鑑賞後メモ

           さながらプラネタリウムのような映画だと思った。観客が目撃するのは「周期」についての物語であり、世界のあらゆる場所にバラバラに存在する、ひとやものがそれぞれ内包する周期が交錯し合う様子が常に映し出されているように感じられた。藤沢さん(上白石萌音)は月に一度のPMS(月経前症候群)を、山添くん(松村北斗)はパニック障害というコントロールを効かせる事が非常に難しい身体的ないし精神的な周期を抱えながら日々を過ごしている。  今作では日常生活において不意に訪れるそれらの症状を治す、

          「夜明けのすべて」鑑賞後メモ

          Taylor Swift / THE ERAS TOUR

           昨夜、2月8日木曜日のテイラー来日公演2日目、東京ドームでのライブを友人と共に観に行った。  ライブを見終わってからはずっと脳内で”Cruel Summer”が流れ続けている。今はまだ冬だし、なんならこれから花粉症シーズンだったりで、マッドな恋愛模様が個人的に展開されているわけでもないのだけれど。まあ、でもテイラーの書く歌詞はけっこう好きだな、とライブの前日くらいに思い出したようにYouTubeで和訳つき動画を見続けている内に感じていたりなんかして、要はミーハーな自分も普

          Taylor Swift / THE ERAS TOUR

          「みなに幸あれ」鑑賞後メモ

           この世界に生きていることが幸せなのか不幸なのか、もはやわからなくなりそうになる。それこそが「みなに幸あれ」の「ミソ」なのではないだろうか。まあ、いざ死にそうになったらなったでなんとか生き延びようとするのが人間であるはずだ。ただ、だからと言ってその結果生み出されたシステムが清廉潔白な純然たる価値観に乗っ取って構築されているかどうかというのはまた別問題になってくる。かつてどのような価値観が重宝され、または見捨てられてきたのか、その歴史が凝縮され時を経て発酵し始め、そうするとやは

          「みなに幸あれ」鑑賞後メモ

          私の日は遠い #17

           心が揺れ動き続けて定まらないような状態はとても疲れるなとシズオは思った。人の心なんてわからないものであるということはあまりにも分かりきったことだろうけれど、現実にはあまりにもそういったことが多すぎて心がすぐに許容範囲を追い抜かれてしまう。ただ取り止めのないような日々を過ごしているだけなのに、それでへとへとになることはしばしばある。スッと、自分が一番思っていることを伝えたり、分かりやすい言葉で胸の中を切り取ることができたらな、と彼はよく思う。  好きな人に対しての気持ちの持

          私の日は遠い #17

          「エクソシスト 信じる者」鑑賞後メモ

           アメリカという国を構成している根幹的な思想として存在するキリスト教的なマインドを解体していくことを今作は試みているというか、より平たく言えばアメリカに暮らす白人中年男性による自己批判的なトーンが本編を覆っている。それぞれの人物造形が図式的すぎるきらいはあるものの言及している事柄自体は非常にシリアスで根深い問題だ。  主人公のヴィクター(レスリー・オドム・Jr.)は過去の経験により宗教に対しては懐疑的な感覚を抱いている黒人男性であり、とはいうものの基本的には理知的な柔軟性を

          「エクソシスト 信じる者」鑑賞後メモ

          「ほかげ」鑑賞後メモ

           言語化するのが難しい深い領域にまで触れるリーチの長さをこの作品は持っている。その領域とはなにか。「暴力が生まれるところ」や「光と闇のあわい」というような表現をするのがわかりやすいだろうかと思う。塚本晋也の新作「ほかげ」は、こういった事柄に対して言及していくことで戦争という概念やそれに伴う構図などが、(特に「戦後」の世界で暮らしている)人間の行動や思想の原理を語る上で避けては通れないものであるのではないかという事実を明るみにすることを試みているように思えた。  東京大空襲後

          「ほかげ」鑑賞後メモ

          「首」鑑賞後メモ

           ポリティカル・コレクトネス以降のあらゆる価値観の相対化や変動によってこの世界の文化におけるとある側面の問題は改善され、別の部分は大して変化せず、また場合によっては悪化している事柄も数多くあるのだろう。しかし、そもそも、そういった事柄がどうなっていこうとこの世界に対する根本的な印象は変わらない。シュールで、滑稽で、なにも意味がない。北野武の新作「首」は現代のポップカルチャー全般を覆うそういったPC的なムードに対しての非常に乾いた返答であるように思えた(しかし、男らしさやマッチ

          「首」鑑賞後メモ

          「ゴジラ-1.0」鑑賞後メモ

           ゴジラが出現する直前の予兆を表すものとして深海魚の死骸が海に浮かび上がってくるという演出があるのだけれど、その死骸が色合いや形状的に男性器や精子を思わせるものになっているところに少し驚いた。これによって今作におけるゴジラが、男性性やマッチョ性を無に帰す存在であることが端的に示されている。実際、最序盤の大戸島におけるゴジラとの接触において主人公の敷島浩一(神木隆之介)は戦闘機に搭載された爆弾を「発射」することが出来ないままその場を生き延びるのに対して、ゴジラへの恐怖を堪えきれ

          「ゴジラ-1.0」鑑賞後メモ

          「キリエのうた」鑑賞後メモ

           岩井俊二の映画は観たことがなかったのだけれど、少なくとも「キリエのうた」においてこのひとは「揺れ動き」についての話をしたいのだなと感じた。現在と過去を交互に行き来するかのような編集と手持ちで揺れ動きが多いカメラの撮影や人物の表情にグッと寄るショットの多用などは体感としてわかりやすい部分ではあるし、物語のプロットにおいてもアイナ・ジ・エンド演じる主人公のキリエ/路花の存在に着目してみると、発声に難を抱える日常生活と自在にメロディと言葉を繰り出せるストリートライブの時間との間で

          「キリエのうた」鑑賞後メモ